婚約破棄?まあ!御冗談がお上手なんですね!

桜井ことり

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「何度言ったら分かるのだ!アテルイ・アークライト!貴様との婚約は、正式に、完全に、破棄されたのだ!」

王太子アルフォンスの金切り声が、再び『暁の間』に響き渡った。
その言葉が、まるで魔法の呪文であったかのように、凍り付いていた会場の時間を溶かし始める。

最初に動いたのは、王太子派閥の対極に位置する、壮年の侯爵だった。彼は、まるで獲物を見つけた獅子のように獰猛な光を瞳に宿し、一歩前へ進み出た。

「……今、婚約破棄と、確かにおっしゃいましたな?王太子殿下」

その声には、念を押すような強い響きがあった。

「そうだ!婚約破棄だ!何か文句でもあるのか、バルフォア侯爵!」

アルフォンスは、自分に反抗的な貴族の筆頭からの問いかけに、苛立ちを隠さずに答える。
しかし、侯爵が返した言葉は、アルフォンスの予想を遥かに超えるものだった。

「いいえ、文句などございません。むしろ、感謝したいくらいでございます。――では、アテルイ嬢と、この私が婚約しても良い、とのことですかな?」

「なっ……!?」

アルフォンスが言葉を失う。
それだけではなかった。バルフォア侯爵の言葉を皮切りに、堰を切ったように他の貴族たちが次々と声を上げたのだ。

「お待ちください、侯爵!アテルイ様ほどの淑女を、貴方のような年寄りに任せてはおけませんな!」
「その通り!アテルイ様の隣に立つべきは、我が騎士団の誉れ、このグレイフォード伯爵である!」
「財力で言えば、我がオズワルド子爵家が一番です!アテルイ様、どうか私に清き一票を!」

あっという間に、会場はアテルイへの公開プロポーズの場へと変貌していた。
先ほどまでアルフォンスの権威を恐れて沈黙していた貴族たちが、今は我先にとアテルイの元へ殺到しようとしている。

彼らは、この夜会で改めて気づかされたのだ。
アテルイ・アークライトという女性が、いかに胆力に優れ、気高く、そして何より魅力的な存在であるかということを。
そして、そんな至宝を自ら手放した王太子が、いかに愚かであるかということを。

「あ、まあ……婚約は破棄したのだから、彼女が誰と婚約しようが俺の知ったことではないが……?」

アルフォンスは、目の前の光景が信じられず、呆然と呟くことしかできない。
愛するリリアーナを隣に立たせ、アテルイを断罪するはずだった彼のシナリオは、完全に崩壊していた。

貴族たちにぐるりと取り囲まれたアテルイは、しかし、少しも慌ててはいなかった。
彼女はきょとんとした顔で周囲を見回し、その薔薇色の唇を開いた。

「あら?皆様、わたくしとお友達になりたいのかしら?」

その、致命的なまでにズレた一言に、熱狂していた貴族たちの動きがピタリと止まる。

「お、お友達……?」
「いや、我々はそうではなく、その、結婚を……」

戸惑う貴族たちを前に、アテルイは嬉しそうに微笑んだ。

「まあ、嬉しいですわ!こんなにたくさんの方々と一度にお友達になれるなんて。わたくし、感激です」

そして、彼女はとんでもないことを言い放つ。

「分かりましたわ。皆様のその熱い想い、受け止めました。全員のお友達となって差し上げます」

全員、と。
その言葉に、求婚していた貴族たちはもちろん、遠巻きに見ていた者たちまでが絶句した。
この令嬢は、一体何を言っているのだろうか。

その時、アテルイの背後に控えていた侍女のイゾルテが、そっと彼女の耳元に口を寄せた。

「御言葉ですが、お嬢様」

その声は、他の誰にも聞こえないほど小さい。

「彼らは、お友達になりたいなどとは一言も仰っておりません。つまるところ、『アテルイ様と夜も昼も分かたず、睦み合い、淫らな関係になりたい』と、そう仰っているのです」

イゾルテは、完璧な淑女の笑みを浮かべたまま、とんでもない捏造を主に吹き込んだ。
この状況を、もっと面白くかき混ぜるために。

イゾルテの言葉を聞いたアテルイは、大きな瞳を一度、ぱちりと瞬かせた。
そして、ぽん、と手を打つ。

「まあ、そういうことでしたの。それならそうと、早く教えてくださればよろしいのに。皆様、回りくどいのですね」

彼女はそう言うと、求婚者たちに向き直り、うふふ、と妖艶に微笑んでみせた。
その仕草は、彼女の無垢な雰囲気と、扇情的なドレスの効果も相まって、破壊的なまでの魅力を放っていた。

「まあ!皆様、そんなにわたくしのことがお好きなのね。ですが、全員なんかを一度にお相手したら、わたくしは……ふふ、どうなってしまうのかしら」

アテルイは自分の顎にそっと指を添え、小悪魔のように首を傾げる。

「……まあ、その時になったら考えましょうか」

その言葉は、肯定とも否定とも取れない、絶妙なものだった。
だが、熱に浮かされた貴族たちには、十分すぎるほど甘美な響きに聞こえた。
彼らのボルテージは、最高潮に達する。

(ああ……やっぱりこのお方、最高に面白いし、最高にダメな人だわ……)

イゾルテは、自分の主人の天然ぶりに、もはや感動すら覚えながら、静かに控えているのだった。
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