裏切りの騎士は悪役令嬢を溺愛していた

桜井ことり

文字の大きさ
17 / 30

17

しおりを挟む
ローレンスの肩から流れる鮮血が、アテナの手を熱く濡らした。

その熱を感じた瞬間、アテナの脳内で何かが静かに、けれど決定的に弾けた。
今まで抑えていた「公爵令嬢」としての矜持が、激しい憤りとなって全身を駆け巡る。

「……ローレンス、私を下ろしなさい」

「アテナ? 何を……。まだ敵が残っています、危険だ」

「いいから、下ろしなさい」

拒絶を許さない冷徹な声。
ローレンスは戸惑いながらも、アテナの気圧されるような迫力に押され、彼女をそっと地面に立たせた。

アテナはドレスの裾を汚すことも厭わず、一歩、また一歩と、自分たちを包囲する騎士たちの前へ進み出た。
その瞳は、王都で「氷の悪役令嬢」と恐れられていた時よりも鋭く、凍てつくような光を放っている。

「……下がりなさい。不敬者が」

凛とした声が森の空気を震わせた。
槍を構えていた騎士たちが、思わず息を呑み、後ずさりする。

「な、何を言っている! 貴様は国外追放された罪人だ! 大人しく捕縛されろ!」

隊長格の男が虚勢を張るが、その声は微かに震えていた。
アテナは冷笑を浮かべ、扇を持つかのように優雅に手を掲げた。

「罪人? 誰が決めたのかしら。証拠を捏造し、私欲のために私を陥れた、あの愚かな王太子? ……笑わせないで。公爵家の正当な血筋である私を裁く権利など、あの男にはないわ」

「黙れ! これ以上の侮辱は――」

「侮辱されているのは私の方よ! ……見てなさい。私の『唯一の騎士』に傷を負わせたこと、その命を以て後悔させてあげる」

アテナの周囲に、魔力の奔流が渦巻いた。
彼女は武の才能こそないが、公爵令嬢として受けた英才教育により、高密度の魔力操作を体得している。

「畏れを知りなさい。貴方たちが今、刃を向けているのは……いずれこの国を、あるいは世界の理を塗り替える者よ」

アテナが指先を弾くと、大気が爆ぜるような衝撃波が騎士たちを襲った。
物理的な破壊ではない。精神を直接叩き潰すような、圧倒的な「格」の差による威圧だ。

「……っ!? なんだ、このプレッシャーは……!」

騎士たちが次々と膝をつき、武器を落としていく。
その光景を背後で見守っていたローレンスは、負傷した肩の痛みも忘れ、陶酔しきった瞳でアテナの背中を見つめていた。

「ああ……。なんと美しく、気高い……」

ローレンスはふらふらと歩み寄り、アテナの背後に跪いた。
血に染まった手で彼女のドレスの端を掴み、熱烈な信者のように首を垂れる。

「アテナ。貴女のその怒り、その傲慢さこそが私の救いだ。……もっと、もっと世界を跪かせてください。私はそのための剣となり、盾となり、貴女の敵をすべて地獄へ送り届けましょう」

「ローレンス。……貴方の手当が先よ。私の騎士を、これ以上無様に傷ついたままにさせないで」

アテナは振り返り、彼に手を差し伸べた。
怒りに燃える瞳の中には、彼への深い慈愛が同居している。

「……仰せのままに、我が女神」

ローレンスは彼女の手をとり、恍惚とした表情でその指先に口づけを落とした。
追い詰められていたはずの二人の立場は、この瞬間、完全に逆転した。

「さあ、行きましょう。……エドワード、リリア。貴方たちが守りたかったその小さな『王座』を、根底から腐らせてあげるわ」

追っ手たちが恐怖に震える中、二人は悠然と闇の中へと消えていった。
それは「悪役令嬢」が、真に世界を支配する「女王」へと覚醒した瞬間でもあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

妹のために愛の無い結婚をすることになりました

バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」 愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。 婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。 私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。 落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。 思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

妾に恋をした

はなまる
恋愛
 ミーシャは22歳の子爵令嬢。でも結婚歴がある。夫との結婚生活は半年。おまけに相手は子持ちの再婚。  そして前妻を愛するあまり不能だった。実家に出戻って来たミーシャは再婚も考えたが何しろ子爵領は超貧乏、それに弟と妹の学費もかさむ。ある日妾の応募を目にしてこれだと思ってしまう。  早速面接に行って経験者だと思われて採用決定。  実際は純潔の乙女なのだがそこは何とかなるだろうと。  だが実際のお相手ネイトは妻とうまくいっておらずその日のうちに純潔を散らされる。ネイトはそれを知って狼狽える。そしてミーシャに好意を寄せてしまい話はおかしな方向に動き始める。  ミーシャは無事ミッションを成せるのか?  それとも玉砕されて追い出されるのか?  ネイトの恋心はどうなってしまうのか?  カオスなガストン侯爵家は一体どうなるのか?  

王女を好きだと思ったら

夏笆(なつは)
恋愛
 「王子より王子らしい」と言われる公爵家嫡男、エヴァリスト・デュルフェを婚約者にもつバルゲリー伯爵家長女のピエレット。  デビュタントの折に突撃するようにダンスを申し込まれ、望まれて婚約をしたピエレットだが、ある日ふと気づく。 「エヴァリスト様って、ルシール王女殿下のお話ししかなさらないのでは?」   エヴァリストとルシールはいとこ同士であり、幼い頃より親交があることはピエレットも知っている。  だがしかし度を越している、と、大事にしているぬいぐるみのぴぃちゃんに語りかけるピエレット。 「でもね、ぴぃちゃん。私、エヴァリスト様に恋をしてしまったの。だから、頑張るわね」  ピエレットは、そう言って、胸の前で小さく拳を握り、決意を込めた。  ルシール王女殿下の好きな場所、好きな物、好みの装い。  と多くの場所へピエレットを連れて行き、食べさせ、贈ってくれるエヴァリスト。 「あのね、ぴぃちゃん!エヴァリスト様がね・・・・・!」  そして、ピエレットは今日も、エヴァリストが贈ってくれた特注のぬいぐるみ、孔雀のぴぃちゃんを相手にエヴァリストへの想いを語る。 小説家になろうにも、掲載しています。  

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

処理中です...