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「……朝ですわ。リュカ様、いい加減にその、岩のように重い腕をどけてくださいな。私、このままではベッドと一体化して化石になってしまいますわ」
眩しい朝陽が差し込む寝室。私は、私の腰を万力のような力で抱きしめている主人の腕を叩きました。
初夜を終えた翌朝、爽やかな目覚めを期待していたのですが……現実は、独占欲の塊に物理的に拘束されるという、至極いつも通りの展開です。
「……ダメだ。カリア、お前は昨夜、俺の腕から三回も逃げようとした。これは重大な規律違反だ」
「逃げようとしたのではなく、寝返りを打とうとしただけですわよ! ずっと同じ姿勢では、身体の節々が悲鳴を上げますわ」
リュカ様は微塵も腕を緩めることなく、私の首筋に顔を埋めて深く呼吸をしました。
「言い訳は聞かん。罰として、今日は昼までこのまま『抱擁の刑』に処す」
「……。……。……公爵様。その刑、あなたにとってもご褒美にしかなっていませんわよね?」
私が溜息をつくと、扉の向こうからコンコンと、正確無比なリズムのノック音が聞こえてきました。
「閣下、カリア様。おはようございます。……お熱いところ失礼しますが、新婚初日の朝食を運んでまいりました。扉を開けてもよろしいでしょうか、それとも昨夜のように『絶対零度の結界』で封印されていますか?」
ハンスさんの涼しげな声。私は救いを得た思いで叫びました。
「ハンスさん! 結界は解けていますわ! 今すぐ入って、この猛獣に餌を与えて大人しくさせてくださいな!」
ガチャリと鍵が開く音がして(昨夜、リュカ様がかけたはずの鍵をハンスさんが合鍵で開けたようです)、ワゴンを引いたハンスさんが入ってきました。
「失礼します。……おや、閣下。まだカリア様を離していないのですか。昨夜、使用人たちに配った耳栓が『性能不足だった』と苦情が出ておりますよ」
「……うるさい、ハンス。次はもっと遮音性の高い魔法銀の耳栓を特注しろ」
「検討しておきます。……さあ、カリア様。滋養強壮に優れた、特製の薬膳スープです。これを飲まないと、閣下の無尽蔵の体力に付き合えませんからね」
「ハンスさん、さらりと恐ろしいことを仰らないで……」
私はリュカ様の腕の中で、なんとか上半身だけを起こしてスープを口にしました。
「……美味しい。でもリュカ様、食べにくいのでせめて片手だけでも離していただけないかしら?」
「断る。お前が俺の体温を忘れないように、常に接触していなければならないと法(俺)で決まった」
「……。……。……自分勝手な法規を乱立させないでくださいな。……あ、そうだわ。ハンスさん、昨日の披露宴の後の後始末はどうなりましたの?」
私が尋ねると、ハンスさんは手帳をめくりながら淡々と答えました。
「国王陛下からは『公爵の犬のような執着心には呆れたが、カリア殿に免じて許す』との伝言をいただいております。ただし、代わりにカリア様に、来週の王宮晩餐会で経済顧問としてのスピーチをお願いしたいとのことです」
「……えっ? 私がスピーチを?」
「いいえ。俺が断った」
リュカ様がいきなり私の耳を甘噛みしながら、不機嫌そうに割り込んできました。
「カリアが人前で知性を披露すれば、また彼女を狙う害虫が増える。……お前は俺の前だけで、その賢い頭を働かせていればいい」
「……。……。……リュカ様。私、あなたの『所有物』ではありませんのよ?」
「いいえ、所有物以上の存在だ。……俺の心臓の鼓動を司る、唯一の支配者だよ」
リュカ様の瞳に宿る、逃げ場のない情熱。
不倫令嬢として捨てられたはずの私が、今やこの国の最高権力者の一人を、文字通り「狂わせる」存在になってしまったようです。
「……分かりましたわ。お仕置き、謹んでお受けします。……ただし、昼食は私が選んだメニューにしてくださいましね?」
「ああ。お前が望むなら、この国の食材をすべてお前の皿に並べてやる」
「……。……。……やっぱり重いですわ、この愛!」
私は呆れながらも、彼の胸にそっと顔を埋めました。
私の逃亡劇は終わり、これからは「逃げられない溺愛の日々」という、新しい戦いが始まるようです。
眩しい朝陽が差し込む寝室。私は、私の腰を万力のような力で抱きしめている主人の腕を叩きました。
初夜を終えた翌朝、爽やかな目覚めを期待していたのですが……現実は、独占欲の塊に物理的に拘束されるという、至極いつも通りの展開です。
「……ダメだ。カリア、お前は昨夜、俺の腕から三回も逃げようとした。これは重大な規律違反だ」
「逃げようとしたのではなく、寝返りを打とうとしただけですわよ! ずっと同じ姿勢では、身体の節々が悲鳴を上げますわ」
リュカ様は微塵も腕を緩めることなく、私の首筋に顔を埋めて深く呼吸をしました。
「言い訳は聞かん。罰として、今日は昼までこのまま『抱擁の刑』に処す」
「……。……。……公爵様。その刑、あなたにとってもご褒美にしかなっていませんわよね?」
私が溜息をつくと、扉の向こうからコンコンと、正確無比なリズムのノック音が聞こえてきました。
「閣下、カリア様。おはようございます。……お熱いところ失礼しますが、新婚初日の朝食を運んでまいりました。扉を開けてもよろしいでしょうか、それとも昨夜のように『絶対零度の結界』で封印されていますか?」
ハンスさんの涼しげな声。私は救いを得た思いで叫びました。
「ハンスさん! 結界は解けていますわ! 今すぐ入って、この猛獣に餌を与えて大人しくさせてくださいな!」
ガチャリと鍵が開く音がして(昨夜、リュカ様がかけたはずの鍵をハンスさんが合鍵で開けたようです)、ワゴンを引いたハンスさんが入ってきました。
「失礼します。……おや、閣下。まだカリア様を離していないのですか。昨夜、使用人たちに配った耳栓が『性能不足だった』と苦情が出ておりますよ」
「……うるさい、ハンス。次はもっと遮音性の高い魔法銀の耳栓を特注しろ」
「検討しておきます。……さあ、カリア様。滋養強壮に優れた、特製の薬膳スープです。これを飲まないと、閣下の無尽蔵の体力に付き合えませんからね」
「ハンスさん、さらりと恐ろしいことを仰らないで……」
私はリュカ様の腕の中で、なんとか上半身だけを起こしてスープを口にしました。
「……美味しい。でもリュカ様、食べにくいのでせめて片手だけでも離していただけないかしら?」
「断る。お前が俺の体温を忘れないように、常に接触していなければならないと法(俺)で決まった」
「……。……。……自分勝手な法規を乱立させないでくださいな。……あ、そうだわ。ハンスさん、昨日の披露宴の後の後始末はどうなりましたの?」
私が尋ねると、ハンスさんは手帳をめくりながら淡々と答えました。
「国王陛下からは『公爵の犬のような執着心には呆れたが、カリア殿に免じて許す』との伝言をいただいております。ただし、代わりにカリア様に、来週の王宮晩餐会で経済顧問としてのスピーチをお願いしたいとのことです」
「……えっ? 私がスピーチを?」
「いいえ。俺が断った」
リュカ様がいきなり私の耳を甘噛みしながら、不機嫌そうに割り込んできました。
「カリアが人前で知性を披露すれば、また彼女を狙う害虫が増える。……お前は俺の前だけで、その賢い頭を働かせていればいい」
「……。……。……リュカ様。私、あなたの『所有物』ではありませんのよ?」
「いいえ、所有物以上の存在だ。……俺の心臓の鼓動を司る、唯一の支配者だよ」
リュカ様の瞳に宿る、逃げ場のない情熱。
不倫令嬢として捨てられたはずの私が、今やこの国の最高権力者の一人を、文字通り「狂わせる」存在になってしまったようです。
「……分かりましたわ。お仕置き、謹んでお受けします。……ただし、昼食は私が選んだメニューにしてくださいましね?」
「ああ。お前が望むなら、この国の食材をすべてお前の皿に並べてやる」
「……。……。……やっぱり重いですわ、この愛!」
私は呆れながらも、彼の胸にそっと顔を埋めました。
私の逃亡劇は終わり、これからは「逃げられない溺愛の日々」という、新しい戦いが始まるようです。
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