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街の隠れ家に着くと、私はすぐにマリーに救急箱を持ってこさせた。
「マリー、あなたは外で見張りを。誰も近づけないでちょうだい」
「かしこまりました」
マリーを下がらせ、私はカイと二人きりになった。
「さて、と。動かないでくださいまし。傷を見ますわ」
私はカイの隣に座り、彼の腕の傷を確かめるために、破れたシャツの袖をさらに裂いた。
傷は、幸い骨には達していなかったが、かなり深い。血がなかなか止まらない。
「…あなた、本当に馬鹿ですわ。わたくしのような者のために、命を張る価値などございませんのに」
私は、震える手で傷口を消毒しながら言った。
「価値があるかどうかは、俺が決めることだ」
カイは、壁に寄りかかりながら、静かに答えた。その声には、いつものような軽薄さはない。
「…それに、あんたは『昔、知ってる奴』に似てるんでな。あいつにも、同じように無茶ばかりされて、肝を冷やしたもんさ」
「その方のことが、よほど大切だったのですわね」
「…ああ。まあな」
手際よく消毒を終え、新しい包帯を巻いていく。その時、彼の腕の内側にある、痣のようなものに気づいた。
それは、ただの痣ではなかった。翼を持つ獅子をかたどった、精巧な紋様。
「この紋章は…」
私は、思わず息を呑んだ。王太子妃教育で、各国の王家の紋章は全て頭に叩き込まれている。この紋章を知らないはずがない。
翼を持つ獅子。それは、隣国シルヴァーナ王家にのみ、許された紋章。
「あなた、まさか…」
私は、ゆっくりと顔を上げた。カイは、私の視線に気づくと、観念したように、ふっと笑った。
「…バレちまったか。あんたには、隠し事はできねえな」
彼は、壁から身を起こすと、私の前に片膝をついた。それは、騎士が主に捧げる、最上級の礼。
「我が名は、カイ・フォン・シルヴァーナ。シルヴァーナ王国が第二王子。身分を偽っていたこと、お許しいただきたい、リリアンヌ嬢」
「シルヴァーナ王国の…王子様…」
頭が、真っ白になった。カイがただの旅人でないことはわかっていた。しかし、まさか、隣国の王子だったとは。
「なぜ、そのような方が、この国に…? そして、なぜわたくしに…?」
「父王に、アルフレッド王子の視察を命じられてな。だが、そんなことより、俺には別の目的があった」
カイは、私の目をまっすぐに見つめた。
「俺は、あんたに会いに来たんだ、リリアンヌ」
「わたくしに…? ですが、わたくしは、あなた様とは初対面のはず…」
「いや、違う。俺たちは、ずっと昔に一度だけ会っている」
カイは、懐かしそうに目を細めた。
「十年前、父に連れられてこの国を訪れた時、庭園で迷子になって泣いていた、小さな女の子がいた。それが、あんただ」
「…十年、前…」
記憶の扉が、ゆっくりと開かれる。確かに、そんなことがあった。厳格な父に叱られるのが怖くて、一人で泣いていた幼い私。そこに、見知らぬ少年がやってきて…。
『大丈夫? 俺が一緒に、お城の人を探してやるよ』
「まさか、あの時の…黒髪の…」
「覚えていてくれたか。俺は、ずっとあんたのことが忘れられなかった。あの時、気丈に涙を堪えていた、強くて、寂しそうな瞳をな」
カイ…シルヴァーナ王国の第二王子が、あの時の少年。
全てのピースが、カチリとはまった気がした。
私の心臓が、これまで感じたことのないくらい、大きく、そして早く鼓動していた。
「マリー、あなたは外で見張りを。誰も近づけないでちょうだい」
「かしこまりました」
マリーを下がらせ、私はカイと二人きりになった。
「さて、と。動かないでくださいまし。傷を見ますわ」
私はカイの隣に座り、彼の腕の傷を確かめるために、破れたシャツの袖をさらに裂いた。
傷は、幸い骨には達していなかったが、かなり深い。血がなかなか止まらない。
「…あなた、本当に馬鹿ですわ。わたくしのような者のために、命を張る価値などございませんのに」
私は、震える手で傷口を消毒しながら言った。
「価値があるかどうかは、俺が決めることだ」
カイは、壁に寄りかかりながら、静かに答えた。その声には、いつものような軽薄さはない。
「…それに、あんたは『昔、知ってる奴』に似てるんでな。あいつにも、同じように無茶ばかりされて、肝を冷やしたもんさ」
「その方のことが、よほど大切だったのですわね」
「…ああ。まあな」
手際よく消毒を終え、新しい包帯を巻いていく。その時、彼の腕の内側にある、痣のようなものに気づいた。
それは、ただの痣ではなかった。翼を持つ獅子をかたどった、精巧な紋様。
「この紋章は…」
私は、思わず息を呑んだ。王太子妃教育で、各国の王家の紋章は全て頭に叩き込まれている。この紋章を知らないはずがない。
翼を持つ獅子。それは、隣国シルヴァーナ王家にのみ、許された紋章。
「あなた、まさか…」
私は、ゆっくりと顔を上げた。カイは、私の視線に気づくと、観念したように、ふっと笑った。
「…バレちまったか。あんたには、隠し事はできねえな」
彼は、壁から身を起こすと、私の前に片膝をついた。それは、騎士が主に捧げる、最上級の礼。
「我が名は、カイ・フォン・シルヴァーナ。シルヴァーナ王国が第二王子。身分を偽っていたこと、お許しいただきたい、リリアンヌ嬢」
「シルヴァーナ王国の…王子様…」
頭が、真っ白になった。カイがただの旅人でないことはわかっていた。しかし、まさか、隣国の王子だったとは。
「なぜ、そのような方が、この国に…? そして、なぜわたくしに…?」
「父王に、アルフレッド王子の視察を命じられてな。だが、そんなことより、俺には別の目的があった」
カイは、私の目をまっすぐに見つめた。
「俺は、あんたに会いに来たんだ、リリアンヌ」
「わたくしに…? ですが、わたくしは、あなた様とは初対面のはず…」
「いや、違う。俺たちは、ずっと昔に一度だけ会っている」
カイは、懐かしそうに目を細めた。
「十年前、父に連れられてこの国を訪れた時、庭園で迷子になって泣いていた、小さな女の子がいた。それが、あんただ」
「…十年、前…」
記憶の扉が、ゆっくりと開かれる。確かに、そんなことがあった。厳格な父に叱られるのが怖くて、一人で泣いていた幼い私。そこに、見知らぬ少年がやってきて…。
『大丈夫? 俺が一緒に、お城の人を探してやるよ』
「まさか、あの時の…黒髪の…」
「覚えていてくれたか。俺は、ずっとあんたのことが忘れられなかった。あの時、気丈に涙を堪えていた、強くて、寂しそうな瞳をな」
カイ…シルヴァーナ王国の第二王子が、あの時の少年。
全てのピースが、カチリとはまった気がした。
私の心臓が、これまで感じたことのないくらい、大きく、そして早く鼓動していた。
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