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「……殿下、執務を開始してから四十五分が経過しました。そろそろ一度起立し、腸腰筋(ちょうようきん)を伸ばすべきです」
王太子の執務室。
山積みになった書類を前にペンを走らせるアリステア殿下に対し、私は背後に立って厳格な「健康管理タイム」を告げた。
「あと少しなんだ、ロア。これが終われば君と一緒にお茶が飲める」
「ダメです。その『あと少し』が椎間板(ついかんばん)への負担を蓄積させるのです。ほら、肩が内側に入っていますよ。このままでは巻き肩からくる偏頭痛を誘発します」
私は殿下の背中に手を添え、グイと胸を張らせた。
殿下の手が止まる。
彼はペンを置くと、ゆっくりと椅子にもたれかかり、私を見上げてニヤリと笑った。
「そんなに私の体が心配かい?」
「当然です。殿下の健康は国家の資産ですから。あ、今、腰を浮かしましたね。やはり腰椎(ようつい)に違和感が?」
「ああ、少しばかりね。……だが、立ってストレッチをするよりも、もっと効率的な解消法があるんだが」
「効率的? なんです。ぶら下がり健康法ですか? それとも最新の牽引(けんいん)魔法?」
「いや。……ここに来なさい」
殿下はそう言うと、自分の膝の上をポンポンと叩いた。
私は首を傾げ、いつもの「取り立て屋のような険しい表情」でその膝を凝視した。
「殿下、冗談は体調が良い時だけにしてください。私がそこに座れば、殿下の大腿骨(だいたいこつ)に過度な負荷がかかります。私の体重を舐めないでください。骨密度を測定したことはありませんが、標準よりは重いはずです」
「いいから。これは王太子の命令……いや、患者としての切実な願いだ」
そう言われては断れない。
私は「失礼します、医療的措置として……」と呟き、恐る恐る殿下の膝の上に腰を下ろした。
(……!? この安定感、そして反発力……!)
「どうだい、ロア。座り心地は」
「……驚きました。非常に優れたクッション性です。殿下の大腿四頭筋(だいたいしとうきん)、相当鍛えていらっしゃいますね。この硬さと弾力、人間工学に基づいた高級オフィスチェアにも引けを取りません」
私は真面目に殿下の脚の筋肉を評価した。
殿下は満足そうに鼻を鳴らすと、私の腰に両腕を回し、すっぽりと抱きかかえるような形になった。
「殿下? これでは私の腰椎が殿下の胸板に密着して、可動域が制限されるのですが」
「これでいいんだ。君の体温を感じると、不思議と脳内のストレスホルモンが減少して、作業効率が上がる気がする。……ほら、次の書類を読んでくれ」
殿下は私の肩越しに手を伸ばし、再びペンを取った。
私は殿下の膝の上という「特等席」で、彼の健康状態を至近距離で監視することになった。
(殿下の体温、三六・八度……。やや高めですが、集中状態にあるなら許容範囲内。呼吸は安定。……ただ、心拍数が先ほどから一定のリズムでドクドクと伝わってきますね。これは、集中によるものかしら?)
私が殿下の胸の鼓動を背中で数えていると、不意に殿下が私の耳元で囁いた。
「……ロア、そんなに動かないでくれ。私の忍耐力が、筋肉の限界を超える前に」
「忍耐力? もしや、尿意を我慢していらっしゃるのですか!? それは膀胱炎の原因になります! 今すぐお手洗いへ!」
「……違う。君は本当に……健康以外の情報が脳に届かない仕組みになっているのか?」
殿下は深い溜息をつくと、私の首筋に顔を埋めて、深く息を吸い込んだ。
「いい香りがする。……薬草の匂いと、君自身の……なんとも言えない、安心する匂いだ」
「それは、今朝使った『ドクダミとヨモギの配合ミスト』の香りですね。殺菌効果に優れています」
「……ロア。少しだけ、黙って私に抱かれていてくれないか」
「……三分間だけですよ。それ以上は、殿下の足が痺れますから」
結局、その日以来、執務中の私の「定位置」は殿下の膝の上に決定した。
部屋に出入りするテオドール様たちが、顔を真っ赤にして「失礼しました!」と即座に扉を閉める光景が日常茶飯事となったが。
私は「皆さん、目の保養も大切ですが、瞬きを忘れるとドライアイになりますよ」と、冷静にアドバイスを送り続けるのであった。
王太子の執務室。
山積みになった書類を前にペンを走らせるアリステア殿下に対し、私は背後に立って厳格な「健康管理タイム」を告げた。
「あと少しなんだ、ロア。これが終われば君と一緒にお茶が飲める」
「ダメです。その『あと少し』が椎間板(ついかんばん)への負担を蓄積させるのです。ほら、肩が内側に入っていますよ。このままでは巻き肩からくる偏頭痛を誘発します」
私は殿下の背中に手を添え、グイと胸を張らせた。
殿下の手が止まる。
彼はペンを置くと、ゆっくりと椅子にもたれかかり、私を見上げてニヤリと笑った。
「そんなに私の体が心配かい?」
「当然です。殿下の健康は国家の資産ですから。あ、今、腰を浮かしましたね。やはり腰椎(ようつい)に違和感が?」
「ああ、少しばかりね。……だが、立ってストレッチをするよりも、もっと効率的な解消法があるんだが」
「効率的? なんです。ぶら下がり健康法ですか? それとも最新の牽引(けんいん)魔法?」
「いや。……ここに来なさい」
殿下はそう言うと、自分の膝の上をポンポンと叩いた。
私は首を傾げ、いつもの「取り立て屋のような険しい表情」でその膝を凝視した。
「殿下、冗談は体調が良い時だけにしてください。私がそこに座れば、殿下の大腿骨(だいたいこつ)に過度な負荷がかかります。私の体重を舐めないでください。骨密度を測定したことはありませんが、標準よりは重いはずです」
「いいから。これは王太子の命令……いや、患者としての切実な願いだ」
そう言われては断れない。
私は「失礼します、医療的措置として……」と呟き、恐る恐る殿下の膝の上に腰を下ろした。
(……!? この安定感、そして反発力……!)
「どうだい、ロア。座り心地は」
「……驚きました。非常に優れたクッション性です。殿下の大腿四頭筋(だいたいしとうきん)、相当鍛えていらっしゃいますね。この硬さと弾力、人間工学に基づいた高級オフィスチェアにも引けを取りません」
私は真面目に殿下の脚の筋肉を評価した。
殿下は満足そうに鼻を鳴らすと、私の腰に両腕を回し、すっぽりと抱きかかえるような形になった。
「殿下? これでは私の腰椎が殿下の胸板に密着して、可動域が制限されるのですが」
「これでいいんだ。君の体温を感じると、不思議と脳内のストレスホルモンが減少して、作業効率が上がる気がする。……ほら、次の書類を読んでくれ」
殿下は私の肩越しに手を伸ばし、再びペンを取った。
私は殿下の膝の上という「特等席」で、彼の健康状態を至近距離で監視することになった。
(殿下の体温、三六・八度……。やや高めですが、集中状態にあるなら許容範囲内。呼吸は安定。……ただ、心拍数が先ほどから一定のリズムでドクドクと伝わってきますね。これは、集中によるものかしら?)
私が殿下の胸の鼓動を背中で数えていると、不意に殿下が私の耳元で囁いた。
「……ロア、そんなに動かないでくれ。私の忍耐力が、筋肉の限界を超える前に」
「忍耐力? もしや、尿意を我慢していらっしゃるのですか!? それは膀胱炎の原因になります! 今すぐお手洗いへ!」
「……違う。君は本当に……健康以外の情報が脳に届かない仕組みになっているのか?」
殿下は深い溜息をつくと、私の首筋に顔を埋めて、深く息を吸い込んだ。
「いい香りがする。……薬草の匂いと、君自身の……なんとも言えない、安心する匂いだ」
「それは、今朝使った『ドクダミとヨモギの配合ミスト』の香りですね。殺菌効果に優れています」
「……ロア。少しだけ、黙って私に抱かれていてくれないか」
「……三分間だけですよ。それ以上は、殿下の足が痺れますから」
結局、その日以来、執務中の私の「定位置」は殿下の膝の上に決定した。
部屋に出入りするテオドール様たちが、顔を真っ赤にして「失礼しました!」と即座に扉を閉める光景が日常茶飯事となったが。
私は「皆さん、目の保養も大切ですが、瞬きを忘れるとドライアイになりますよ」と、冷静にアドバイスを送り続けるのであった。
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