婚約破棄された無能は王太子に拾われる

桜井ことり

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「……ロア、今夜は一段と冷える。私の胸板で暖を取ることを許可しよう」

「殿下、それは暖を取るというより、殿下の心音をBGMにして私の眠りを妨げる行為です。……それより、感じませんか? この不自然な気圧の低下を」

王宮の私室。

私は窓の外、闇に沈む森の境界線を見つめていた。

「悪役顔」の鋭い視覚は、暗闇に蠢く「不健康な魔力」を逃さない。

「……出なさい。そこに隠れて、カビの生えたような負のオーラを撒き散らしているのは誰ですか? 衛生的に許しがたい不法侵入ですよ」

私が冷たく言い放つと、影から数人の黒装束が現れた。

彼らは隣国の残党であり、ロアの「聖女の力」を危惧した闇の魔導師たちだった。

「ククク……聖女ロア。貴様の浄化の力は邪魔だ。その命、我が主様に捧げ……」

「……黙れ」

男が言葉を終える前に、部屋の空気が凍りついた。

私の背後に立っていたアリステア殿下が、一歩前へ出る。

その瞳は、もはや人間のものではなく、深淵から這い出た魔王のような黄金の光を放っていた。

「私のロアに対し、『捧げる』だと? ……その腐った舌を、二度と動かせないようにしてやろう」

「なっ、王太子!? ひっ……このプレッシャーは……っ!」

「ロアは、私の指先一つ触れることも許されない至宝だ。……塵になれ」

殿下が軽く指を鳴らした。

次の瞬間、魔法の詠唱すら聞こえないほどの高速で、黒装束たちの足元から巨大な光の柱が噴き上がった。

悲鳴すら上げる間もなく、彼らは原子レベルで分解され、部屋には塵一つ残らなかった。

「……あら。殿下、今の魔法、少し火力が強すぎではありませんか? 空気が乾燥して、私の喉に悪影響を及ぼしますわ」

私は、跡形もなく消えた刺客たちの場所に歩み寄り、パタパタと手を振って空気を入れ替えた。

「済まない、ロア。君を狙う不届きな存在を感じると、どうしても加減という言葉を忘れてしまう」

アリステア殿下は、先ほどまでの冷酷な表情を嘘のように消し、私の腰を引き寄せて首筋に鼻先を寄せた。

「……怖かったかい?」

「いいえ。それよりも、彼らのあの青白い顔色……。きっと、地下の湿った場所で不規則な生活を送っていたのでしょうね。……倒す前に、せめて一枚でも湿布を貼ってあげたかったです」

「……君は、自分を殺しに来た相手にさえ湿布を気にするのか」

殿下は呆れたように笑うと、私の髪に指を通した。

「いいかい、ロア。君に害をなす者は、病原菌と同じだ。私がすべて、一匹残らず駆除してあげる。……君はただ、私の腕の中で健康に、美しく笑っていればいい」

「……殿下。今の台詞、少しばかり重症の独占欲を感じます。……今夜は特別に、殿下の情緒を安定させるための『耳たぶマッサージ』を長めに行って差し上げますわ」

「……ああ、喜んで受けよう」

暗殺の危機さえも、殿下の溺愛とロアの健康指導の前では、単なる「就寝前のちょっとしたハプニング」に過ぎないのだった。
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