婚約破棄されて私が幸せの悪役令嬢でごめんなさい

桜井ことり

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アリウスに突然突き放されたエラは、パニックに陥っていた。
今まで、何をしても、どれだけ我儘を言っても、泣き落とせばアリウスは必ず自分を許し、甘やかしてくれた。
それが、エラの力の源泉だった。
しかし、その魔法が、初めて通じなかった。

「なんなのよ、一体……!全部、あの女のせいよ!」

エラは、ブライアン侯爵邸の自室で、ヒステリックに叫んでいた。
リンユウが王家御用達になった。そのニュースが、アリウスを変えてしまったのだ。

数日間、アリウスはエラを完全に無視した。
屋敷で顔を合わせても冷たい視線を向けるだけで、口も利いてくれない。
焦ったエラは、これまで何度も成功してきた「健気な被害者」を演じようと、アリウスの部屋を訪れた。

「アリウス様……。わたくし、何か、あなた様を怒らせるようなことをしてしまいましたでしょうか……?もしそうでしたら、謝りますから……。だから、どうか、前のように優しくしてくださいまし……」

目に涙をいっぱいに溜め、か弱い声で訴える。
以前のアリウスなら、この姿を見ればすぐに「君は悪くない」と抱きしめてくれたはずだった。
しかし、今の彼は違った。

「謝る?何について謝るんだ?」

アリウスは、本を読んでいた視線を上げずに、冷たく問い返した。

「え……?それは……」

「君は、自分が何をしたか、本当に分かっていないのか?それとも、分かっていて、しらばっくれているのか?」

その声は、氷のように冷たかった。
エラは、背筋に悪寒が走るのを感じた。

「リンユウの店の噂を流したのは、君だろう」

「……っ!」

「違うか?」

静かな、しかし有無を言わせぬ詰問。
エラは、言葉に詰まった。

「そ、それは……アリウス様のためを思って……。リンユウ様さえいなければ、わたくしたち、もっと祝福されると……」

「俺のためだと?」

アリウスは、読んでいた本を、パタン、と大きな音を立てて閉じた。
そして、ゆっくりと立ち上がると、エラの前に仁王立ちになった。
その目は、かつてないほど軽蔑の色を浮かべていた。

「君のくだらない嫉妬と自己満足のために、ブライアン家の名にどれだけ泥を塗ったか、分かっているのか?エルミロード大公家を敵に回しかけたのだぞ!」

「ひっ……!」

「そもそも、君がリンユウから受けたという『いじめ』とやらも、全て君の作り話だったのではないか?俺を自分のものにするための、卑劣な芝居だったのではないか?」

図星だった。
全て、アリウスをリンユウから引き離し、自分が侯爵夫人の座に就くための、計算された演技だった。
しかし、それを認めるわけにはいかない。

「ち、違いますわ!本当に、リンユウ様は、わたくしに酷いことを……!」

「嘘をつけ!」

アリウスの怒声が、部屋に響き渡った。

「君のその嘘には、もううんざりだ!君がやっていることは、ただの我儘と浪費、そして他人への嫉妬だけではないか!どこが『清らかで心優しい』ものか!」

これまでアリウスが信じてきた、エラの人物像が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
追い詰められたエラは、ついに隠していた本性を剥き出しにした。

「なによ!じゃあ、リンユウ様の方が良かったとでも言うの!?そうよ、わたくしは計算高くて、嘘つきよ!でも、それにまんまと騙されて、公衆の面前で婚約破棄までした、愚かな男はどこの誰かしら!?」

開き直ったエラの言葉に、アリウスは一瞬、言葉を失う。

「あなたも同罪でしょう!今更、被害者ぶらないでちょうだい!わたくしを侯爵夫人にしてくださるって、約束したじゃない!」

金切り声を上げるその姿は、かつての可憐な少女の面影など、どこにもなかった。
ただ、欲望に忠実な、醜い女がいるだけだった。

「……出ていけ」

アリウスは、震える声で言った。

「え?」

「俺の部屋から、出ていけと言っているんだ!二度と、俺の前にその醜い顔を見せるな!」

その目は、本気だった。
エラは、ようやく自分が、取り返しのつかない失敗をしたことに気づいた。
だが、もう遅い。
一度剥がれ落ちた化けの皮は、もう二度と元には戻らない。
アリウスの心は、完全にエラから離れてしまった。
二人の偽りの関係は、互いへの憎悪と軽蔑だけを残して、終わりを告げようとしていた。
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