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14話
王都の朝は、まるで罪人の首を括るための白い縄のように、冷たく、白々と明けた。
王宮の正面玄関には、隣国の紋章を掲げた一台の黒塗りの馬車が、不気味な沈黙を湛えて停まっていた。
その中から引きずり出されたのは、猿轡(さるぐつわ)を噛まされ、誇りを剥ぎ取られた「毒蜘蛛」——アラスターが放った暗殺者であった。
「……王太子殿下、並びに国王陛下。隣国特使エリオットの名において、公式な抗議を申し入れますわ」
馬車に同乗していたのは、スカーレットの代理人として全権を委任されたセバスチャンであった。
彼の老練な声は、静まり返った謁見の間に、死刑宣告の鐘の音のように鳴り響いた。
国王は、差し出された封筒を一瞥しただけで、その場に崩れ落ちんばかりの衝撃に襲われた。
そこには、紛れもないアラスターの署名と、王家の裏紋章が鮮血のような赤い蝋で刻まれていたからである。
「……アラスター。貴様、これは……これは何だ」
国王の声は、もはや怒りを超え、深い絶望の淵から漏れ出す呻きに近かった。
「……ち、父上……! それは、それは偽造です! スカーレットが、あの悪魔のような女が私を陥れるために……!」
アラスターは、這いつくばったまま叫んだが、その瞳は泳ぎ、額からは粘りつくような脂汗が滴っていた。
人間の嘘というものは、窮地に陥れば陥るほど、その剥き出しの卑屈さを露呈させるものである。
その時、一際高く、悲鳴のような声が響き渡った。
「ああ、なんて恐ろしいこと……! アラスター様、あなた、わたくしに嘘をついていたのですね!」
振り返った人々の視線の先にいたのは、リリィであった。
彼女は、驚愕に目を見開き、震える指先でアラスターを指差していた。
「リリィ……? 何を、何を言っているんだ。お前も一緒に計画を……!」
「黙ってください! わたくし、何も知りませんでしたわ! 殿下が『スカーレット様に贈り物を送る』とおっしゃるから、微笑ましく思っていたのに……。まさか、暗殺者を送っていたなんて!」
リリィは、顔を覆って泣き崩れた。しかし、その指の隙間から覗く瞳は、獲物を捨てる時期を見極めた爬虫類のように冷徹であった。
人間のエゴイズムというものは、時に愛という名の着ぐるみを一瞬で脱ぎ捨て、その下の醜悪な保身の牙を剥く。
「……おのれ、リリィ! 貴様、私を裏切るのか!」
「裏切るも何も、わたくしはただの被害者ですわ! 殿下の独占欲と、歪んだ正義感に利用されていただけでございます!」
リリィは、国王に向かって深々と頭を下げた。
「陛下! わたくしは今まで、殿下の不審な行動を何度も目にして参りました。その都度、諫めてはきましたが……。どうぞ、わたくしをお調べになってください。殿下の罪を、すべてお話しいたしますわ!」
それは、泥舟から真っ先に飛び降りた鼠の姿であった。
アラスターは、あまりの衝撃に言葉を失い、ただ口をパクパクと開閉させることしかできなかった。
昨日まで「真実の愛」を誓い合っていたはずの女が、今、自分を死地へと追いやるための最初の一蹴りを見舞ったのである。
「……滑稽だな。実に、滑稽だ」
謁見の間の隅に控えていたセバスチャンが、誰にも聞こえぬほどの低い声で呟いた。
「お嬢様の仰った通りだ。……ゴミは、自らの重みで崩れ落ちる。わざわざ手を汚す必要もなかった」
国王は、震える手で衛兵たちに合図を送った。
「……アラスター・ド・ラ・ヴァリエール。貴様を、国家反逆、および公爵令嬢暗殺未遂の容疑で拘束する。……リリィ、貴様もだ。証言があるとはいえ、無関係とは言わせん」
「そんな……! わたくしは協力者ですわよ!? 陛下!」
リリィの悲鳴が響き渡る中、二人は左右から衛兵に抱えられ、冷たい石床を摺りながら連行されていった。
その背中は、かつての王太子と未来の王妃のそれではなく、ただの「使い古された屑」のそれであった。
北方の領主館では、スカーレットが温かな紅茶を淹れ直していた。
「……お嬢様。王都から報せが。アラスター殿下とリリィ様、揃って地下牢へ送られたとのことです」
「あら、意外と早かったですわね。もう少し粘るかと思いましたのに」
スカーレットは、窓の外で止み始めた雪を見つめ、静かに目を細めた。
「泥にまみれた百合が、生き残るために泥を喰らう……。リリィ様らしい、見事な幕引きですわ」
彼女は、カップをソーサーに戻すと、エリオットに向かって微笑んだ。
「さて。これで邪魔者はいなくなりましたわ。……次は、わたくしたちの『商売』を、王都全体へ拡大しましょうか」
スカーレットの瞳には、復讐を終えた達成感などなかった。
ただ、自らの手で作り上げる新しい世界の地図が、眩いばかりの輝きを持って広がっていたのである。
人間の心というものは、時にこの紅茶の茶葉のように、煮出され、絞り取られて初めて、その真実の味を出す。
そして、その味は、スカーレットにとって、何よりも甘美な勝利の味がした。
「どうぞ、お捨てになって。……過去の栄光も、偽りの愛も。……これから始まるのは、わたくしが支配する、冷徹で美しい冬の時代ですわ」
王宮の正面玄関には、隣国の紋章を掲げた一台の黒塗りの馬車が、不気味な沈黙を湛えて停まっていた。
その中から引きずり出されたのは、猿轡(さるぐつわ)を噛まされ、誇りを剥ぎ取られた「毒蜘蛛」——アラスターが放った暗殺者であった。
「……王太子殿下、並びに国王陛下。隣国特使エリオットの名において、公式な抗議を申し入れますわ」
馬車に同乗していたのは、スカーレットの代理人として全権を委任されたセバスチャンであった。
彼の老練な声は、静まり返った謁見の間に、死刑宣告の鐘の音のように鳴り響いた。
国王は、差し出された封筒を一瞥しただけで、その場に崩れ落ちんばかりの衝撃に襲われた。
そこには、紛れもないアラスターの署名と、王家の裏紋章が鮮血のような赤い蝋で刻まれていたからである。
「……アラスター。貴様、これは……これは何だ」
国王の声は、もはや怒りを超え、深い絶望の淵から漏れ出す呻きに近かった。
「……ち、父上……! それは、それは偽造です! スカーレットが、あの悪魔のような女が私を陥れるために……!」
アラスターは、這いつくばったまま叫んだが、その瞳は泳ぎ、額からは粘りつくような脂汗が滴っていた。
人間の嘘というものは、窮地に陥れば陥るほど、その剥き出しの卑屈さを露呈させるものである。
その時、一際高く、悲鳴のような声が響き渡った。
「ああ、なんて恐ろしいこと……! アラスター様、あなた、わたくしに嘘をついていたのですね!」
振り返った人々の視線の先にいたのは、リリィであった。
彼女は、驚愕に目を見開き、震える指先でアラスターを指差していた。
「リリィ……? 何を、何を言っているんだ。お前も一緒に計画を……!」
「黙ってください! わたくし、何も知りませんでしたわ! 殿下が『スカーレット様に贈り物を送る』とおっしゃるから、微笑ましく思っていたのに……。まさか、暗殺者を送っていたなんて!」
リリィは、顔を覆って泣き崩れた。しかし、その指の隙間から覗く瞳は、獲物を捨てる時期を見極めた爬虫類のように冷徹であった。
人間のエゴイズムというものは、時に愛という名の着ぐるみを一瞬で脱ぎ捨て、その下の醜悪な保身の牙を剥く。
「……おのれ、リリィ! 貴様、私を裏切るのか!」
「裏切るも何も、わたくしはただの被害者ですわ! 殿下の独占欲と、歪んだ正義感に利用されていただけでございます!」
リリィは、国王に向かって深々と頭を下げた。
「陛下! わたくしは今まで、殿下の不審な行動を何度も目にして参りました。その都度、諫めてはきましたが……。どうぞ、わたくしをお調べになってください。殿下の罪を、すべてお話しいたしますわ!」
それは、泥舟から真っ先に飛び降りた鼠の姿であった。
アラスターは、あまりの衝撃に言葉を失い、ただ口をパクパクと開閉させることしかできなかった。
昨日まで「真実の愛」を誓い合っていたはずの女が、今、自分を死地へと追いやるための最初の一蹴りを見舞ったのである。
「……滑稽だな。実に、滑稽だ」
謁見の間の隅に控えていたセバスチャンが、誰にも聞こえぬほどの低い声で呟いた。
「お嬢様の仰った通りだ。……ゴミは、自らの重みで崩れ落ちる。わざわざ手を汚す必要もなかった」
国王は、震える手で衛兵たちに合図を送った。
「……アラスター・ド・ラ・ヴァリエール。貴様を、国家反逆、および公爵令嬢暗殺未遂の容疑で拘束する。……リリィ、貴様もだ。証言があるとはいえ、無関係とは言わせん」
「そんな……! わたくしは協力者ですわよ!? 陛下!」
リリィの悲鳴が響き渡る中、二人は左右から衛兵に抱えられ、冷たい石床を摺りながら連行されていった。
その背中は、かつての王太子と未来の王妃のそれではなく、ただの「使い古された屑」のそれであった。
北方の領主館では、スカーレットが温かな紅茶を淹れ直していた。
「……お嬢様。王都から報せが。アラスター殿下とリリィ様、揃って地下牢へ送られたとのことです」
「あら、意外と早かったですわね。もう少し粘るかと思いましたのに」
スカーレットは、窓の外で止み始めた雪を見つめ、静かに目を細めた。
「泥にまみれた百合が、生き残るために泥を喰らう……。リリィ様らしい、見事な幕引きですわ」
彼女は、カップをソーサーに戻すと、エリオットに向かって微笑んだ。
「さて。これで邪魔者はいなくなりましたわ。……次は、わたくしたちの『商売』を、王都全体へ拡大しましょうか」
スカーレットの瞳には、復讐を終えた達成感などなかった。
ただ、自らの手で作り上げる新しい世界の地図が、眩いばかりの輝きを持って広がっていたのである。
人間の心というものは、時にこの紅茶の茶葉のように、煮出され、絞り取られて初めて、その真実の味を出す。
そして、その味は、スカーレットにとって、何よりも甘美な勝利の味がした。
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