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16話
王宮の回廊には、長年、香木と沈黙が染み付いていた。
しかし今、その静寂を土足で踏みにじるような、力強く、野卑な足音が響き渡っている。
「……おい、この金ピカの像は何だ? これ一つ売れば、北の連中が一年は腹一杯食えるぜ」
「触るな、イヴァン。それは我が国の『伝統』という名の、ただの場所塞ぎですわ」
スカーレットは、豪華な刺繍が施された絨毯の上を、まるで自室のように軽やかに歩いていた。
彼女の背後には、泥を落としたばかりの革鎧を纏ったイヴァンと、鋭い目つきをした北方の男たちが十数人、列を成している。
「お、お嬢様……! 本気で、この者たちを王宮の警護に当てるおつもりですか!?」
震えながら声を上げたのは、儀礼省の役人である。彼は、自らの繊細な感性が汚されたかのように、鼻先を白いハンカチで押さえていた。
「あら、不満かしら? 儀礼省の方。あなたのその、香水で麻痺した鼻より、彼らの『獲物の臭いを嗅ぎ分ける鼻』の方が、今のこの国には必要ですの」
スカーレットは立ち止まり、扇を役人の顎に添えて、その顔を無理やり上向かせた。
「あなたがたが『伝統』と称して守ってきたものは、結局のところ、ただの錆びついた歯車でしかありませんわ。回ることもできず、ただそこに留まって、新しい風を拒むだけのね」
「そ、それは……! 我ら貴族には、血筋というものが……!」
「血筋? ふふ。それを言うなら、彼らの方がよほど純粋ですわ。生きるために戦い、奪い、そして守る。その原始的な生命の血こそ、停滞したこの王宮が最も欲している毒ではありませんこと?」
スカーレットは役人を突き放すと、イヴァンに向き直った。
「イヴァン。今日からあなたを、王宮近衛騎士団の『特別顧問』に任命しますわ。まずはその、無駄に厚い胸板で、隠れ潜んでいる鼠どもを追い出しなさい」
「……合点だ、領主様。いや、『女王陛下』と呼ぶべきかな?」
「およしなさい。わたくし、王冠という重い帽子には興味がありませんの」
スカーレットの瞳には、支配欲ではなく、不要なものを徹底的に排除しようとする、掃除人のような冷徹な意志が宿っていた。
人間の社会というものは、放置すれば、必然的に無能な寄生虫が繁殖する巨大な巣窟へと変わる。
彼女はその巣を、根底から焼き払おうとしていたのだ。
「お嬢様、財務省からの報告が。旧貴族たちの隠し財産、すべて北方商会の管理下に置きました」
セバスチャンが、分厚い書類の束を持って現れた。
「ご苦労様。……さて、皆様。これからは『血の色』ではなく『金の色』で、自らの価値を証明していただきますわよ」
スカーレットは、広間に集められた、いまや特権を剥ぎ取られた貴族たちを見下ろした。
「どうぞ、お捨てになって。その、家系図という名の、古びた羊皮紙を。……明日からわたくしの前で口を開けるのは、成果を上げた者か、死を覚悟した者、そのどちらかだけですわ」
貴族たちの顔が、屈辱と恐怖で青白く染まっていく。
その光景は、スカーレットにとって、どんな喜劇よりも愉快なエンターテインメントであった。
「エリオット様。……これで、この国の『心臓』は完全にわたくしの手に落ちましたわね」
影から現れたエリオットが、北方の男たちの野性的な姿を見て、満足そうに頷いた。
「ああ。古い皮袋に新しい酒を注ぐ。……いや、お前の場合は、酒の代わりに劇薬を注いでいるようなものだな」
「毒は、使い方次第で薬になりますもの。……さて、次は地下牢の『ゴミ』の最終処理を考えなくては」
スカーレットの唇に、三日月のような、残酷で美しい笑みが戻った。
外では、北方の寒波が王都を包み込んでいたが、王宮の中は、新しい時代への熱狂と、古い秩序の断末魔で、異様な熱気を帯び始めていた。
人間のエゴイズムという、腐りかけた土壌から、スカーレットは今、鋼鉄の花を咲かせようとしていたのである。
しかし今、その静寂を土足で踏みにじるような、力強く、野卑な足音が響き渡っている。
「……おい、この金ピカの像は何だ? これ一つ売れば、北の連中が一年は腹一杯食えるぜ」
「触るな、イヴァン。それは我が国の『伝統』という名の、ただの場所塞ぎですわ」
スカーレットは、豪華な刺繍が施された絨毯の上を、まるで自室のように軽やかに歩いていた。
彼女の背後には、泥を落としたばかりの革鎧を纏ったイヴァンと、鋭い目つきをした北方の男たちが十数人、列を成している。
「お、お嬢様……! 本気で、この者たちを王宮の警護に当てるおつもりですか!?」
震えながら声を上げたのは、儀礼省の役人である。彼は、自らの繊細な感性が汚されたかのように、鼻先を白いハンカチで押さえていた。
「あら、不満かしら? 儀礼省の方。あなたのその、香水で麻痺した鼻より、彼らの『獲物の臭いを嗅ぎ分ける鼻』の方が、今のこの国には必要ですの」
スカーレットは立ち止まり、扇を役人の顎に添えて、その顔を無理やり上向かせた。
「あなたがたが『伝統』と称して守ってきたものは、結局のところ、ただの錆びついた歯車でしかありませんわ。回ることもできず、ただそこに留まって、新しい風を拒むだけのね」
「そ、それは……! 我ら貴族には、血筋というものが……!」
「血筋? ふふ。それを言うなら、彼らの方がよほど純粋ですわ。生きるために戦い、奪い、そして守る。その原始的な生命の血こそ、停滞したこの王宮が最も欲している毒ではありませんこと?」
スカーレットは役人を突き放すと、イヴァンに向き直った。
「イヴァン。今日からあなたを、王宮近衛騎士団の『特別顧問』に任命しますわ。まずはその、無駄に厚い胸板で、隠れ潜んでいる鼠どもを追い出しなさい」
「……合点だ、領主様。いや、『女王陛下』と呼ぶべきかな?」
「およしなさい。わたくし、王冠という重い帽子には興味がありませんの」
スカーレットの瞳には、支配欲ではなく、不要なものを徹底的に排除しようとする、掃除人のような冷徹な意志が宿っていた。
人間の社会というものは、放置すれば、必然的に無能な寄生虫が繁殖する巨大な巣窟へと変わる。
彼女はその巣を、根底から焼き払おうとしていたのだ。
「お嬢様、財務省からの報告が。旧貴族たちの隠し財産、すべて北方商会の管理下に置きました」
セバスチャンが、分厚い書類の束を持って現れた。
「ご苦労様。……さて、皆様。これからは『血の色』ではなく『金の色』で、自らの価値を証明していただきますわよ」
スカーレットは、広間に集められた、いまや特権を剥ぎ取られた貴族たちを見下ろした。
「どうぞ、お捨てになって。その、家系図という名の、古びた羊皮紙を。……明日からわたくしの前で口を開けるのは、成果を上げた者か、死を覚悟した者、そのどちらかだけですわ」
貴族たちの顔が、屈辱と恐怖で青白く染まっていく。
その光景は、スカーレットにとって、どんな喜劇よりも愉快なエンターテインメントであった。
「エリオット様。……これで、この国の『心臓』は完全にわたくしの手に落ちましたわね」
影から現れたエリオットが、北方の男たちの野性的な姿を見て、満足そうに頷いた。
「ああ。古い皮袋に新しい酒を注ぐ。……いや、お前の場合は、酒の代わりに劇薬を注いでいるようなものだな」
「毒は、使い方次第で薬になりますもの。……さて、次は地下牢の『ゴミ』の最終処理を考えなくては」
スカーレットの唇に、三日月のような、残酷で美しい笑みが戻った。
外では、北方の寒波が王都を包み込んでいたが、王宮の中は、新しい時代への熱狂と、古い秩序の断末魔で、異様な熱気を帯び始めていた。
人間のエゴイズムという、腐りかけた土壌から、スカーレットは今、鋼鉄の花を咲かせようとしていたのである。
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