どうぞお捨てになって!

桜井ことり

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20話

王都の北側にそびえ立つ、かつては王立の狩猟場であった広大な敷地。

そこには今、白亜の石材を惜しみなく使った、機能美を極めた巨大な建築群が立ち並んでいた。

「ヴァレンティーヌ至上学道」――。

門柱に刻まれたその名は、数千年の間、この国を縛り続けてきた「血筋」という名の神話に、公然と反旗を翻すものであった。

「……お嬢様、本日の入学試験、最終合格者の名簿でございます。平民が六割、没落貴族が三割、残りが現役貴族の子弟となっております」

セバスチャンが差し出した名簿を、スカーレットは馬車の中で一瞥した。

「あら、意外と貴族の方々も残りましたのね。泥を啜ってでも生き残ろうとする執念、それだけは評価して差し上げなくては」

スカーレットは馬車を降り、真新しい校舎を見上げた。

そこには、豪華な装飾も、先祖を讃える英雄像もない。あるのは、知識を詰め込むための書庫と、真理を追求するための実験室だけだ。

「……領主様、いや、学園長。本当にいいのか? こいつら、昨日まで俺たちのことを家畜だと思ってた連中だぜ」

門衛として立つイヴァンが、不機嫌そうに顎をしゃくった。

彼の視線の先には、使い古された教科書を抱えた平民の少年と、肩身を狭そうに歩く貴族の少年が、同じ門を潜ろうとしている光景があった。

「イヴァン、勘違いなさらないで。わたくしは慈悲で彼らを混ぜているわけではありませんわ」

スカーレットは、冷たい風に翻るマントを抑え、冷徹な微笑を浮かべた。

「無能な貴族は、有能な平民の肥料になるのが一番の社会貢献ですもの。……ここでは、家系図は尻を拭く紙ほどの価値もございませんのよ」

彼女の歩みは、教会の廊下を歩く聖女のような厳かさと、獲物を追い詰める猟師のような鋭さを併せ持っていた。

校舎の大講堂には、身分を剥ぎ取られた若者たちが、一様に緊張した面持ちで座っていた。

スカーレットが教壇に立つと、会場は水を打ったような静寂に包まれた。

「皆様、おめでとう。……そして、どうぞお捨てになって。その、家柄という名の、使い古された看板を」

彼女の声は、高らかに響く鐘の音のように、若者たちの鼓膜を震わせた。

「わたくしが求めているのは、あなたたちの父が誰であるかではなく、あなたたちの頭脳が何を産み出せるか、ただ一点のみです」

最前列に座っていた、かつての有力侯爵家の三男が、屈辱に顔を歪ませて立ち上がった。

「……スカーレット様! いくらなんでも横暴です! 私たち高貴な血を引く者が、このような靴墨の臭いがする平民と共に学ぶなど……!」

「お黙りなさい。……あなたのその『高貴な血』とやらで、隣国の不況を止められますの? 魔導鉱石の出力計算ができますの?」

スカーレットの瞳が、青白い燐光を放った。

「できないのであれば、あなたの血は、そこらの野良犬のそれとなんら変わりはありませんわ。……イヴァン、この方を門の外へ。……わたくしの学園には、自分の無能を血筋で隠そうとするゴミは必要ありませんの」

「おうよ、合点だ!」

イヴァンが荒々しく男の首根っこを掴み、講堂から引きずり出した。

残された生徒たちの間に、戦慄と、それ以上に激しい「野心」の火が灯るのを、スカーレットは見逃さなかった。

「……人間のエゴイズムというものは、時に最強のエンジンになりますわ。他者を踏み台にし、より高みへ登ろうとするその渇望こそが、わたくしの作る新しい国の歯車となりますの」

彼女は、講堂の窓から見える、再開発の進む王都を見つめた。

「エリオット様。……これで、この国の『未来』も、わたくしの手のひらの上で転がることになりますわね」

影から現れたエリオットが、スカーレットの横顔を見つめ、苦笑した。

「……教育という名の洗脳、か。お前は本当に、敵に回したくない女だな」

「あら、洗脳だなんて。わたくしはただ、彼らに『自由』を与えているだけですわ。……自分の力で、運命を切り拓くという、残酷なまでの自由をね」

スカーレットの唇が、三日月のように美しく、そして残酷に歪んだ。

地下牢で腐りゆくアラスターたちは、もはや彼女の記憶の片隅にも残っていない。

彼女が作っているのは、過去の残骸の上に築かれた、徹底的な実力主義の楽園であった。

「どうぞ、お捨てになって。……わたくしを『復讐に燃える女』だと思っていた、その矮小な想像力さえも」

春の陽光が、白亜の校舎を照らし出していた。

それは、古い時代の墓標であり、同時に、一人の「悪役令嬢」が統治する、冷徹で合理的な新世界の産声でもあった。
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