20 / 30
20話
王都の北側にそびえ立つ、かつては王立の狩猟場であった広大な敷地。
そこには今、白亜の石材を惜しみなく使った、機能美を極めた巨大な建築群が立ち並んでいた。
「ヴァレンティーヌ至上学道」――。
門柱に刻まれたその名は、数千年の間、この国を縛り続けてきた「血筋」という名の神話に、公然と反旗を翻すものであった。
「……お嬢様、本日の入学試験、最終合格者の名簿でございます。平民が六割、没落貴族が三割、残りが現役貴族の子弟となっております」
セバスチャンが差し出した名簿を、スカーレットは馬車の中で一瞥した。
「あら、意外と貴族の方々も残りましたのね。泥を啜ってでも生き残ろうとする執念、それだけは評価して差し上げなくては」
スカーレットは馬車を降り、真新しい校舎を見上げた。
そこには、豪華な装飾も、先祖を讃える英雄像もない。あるのは、知識を詰め込むための書庫と、真理を追求するための実験室だけだ。
「……領主様、いや、学園長。本当にいいのか? こいつら、昨日まで俺たちのことを家畜だと思ってた連中だぜ」
門衛として立つイヴァンが、不機嫌そうに顎をしゃくった。
彼の視線の先には、使い古された教科書を抱えた平民の少年と、肩身を狭そうに歩く貴族の少年が、同じ門を潜ろうとしている光景があった。
「イヴァン、勘違いなさらないで。わたくしは慈悲で彼らを混ぜているわけではありませんわ」
スカーレットは、冷たい風に翻るマントを抑え、冷徹な微笑を浮かべた。
「無能な貴族は、有能な平民の肥料になるのが一番の社会貢献ですもの。……ここでは、家系図は尻を拭く紙ほどの価値もございませんのよ」
彼女の歩みは、教会の廊下を歩く聖女のような厳かさと、獲物を追い詰める猟師のような鋭さを併せ持っていた。
校舎の大講堂には、身分を剥ぎ取られた若者たちが、一様に緊張した面持ちで座っていた。
スカーレットが教壇に立つと、会場は水を打ったような静寂に包まれた。
「皆様、おめでとう。……そして、どうぞお捨てになって。その、家柄という名の、使い古された看板を」
彼女の声は、高らかに響く鐘の音のように、若者たちの鼓膜を震わせた。
「わたくしが求めているのは、あなたたちの父が誰であるかではなく、あなたたちの頭脳が何を産み出せるか、ただ一点のみです」
最前列に座っていた、かつての有力侯爵家の三男が、屈辱に顔を歪ませて立ち上がった。
「……スカーレット様! いくらなんでも横暴です! 私たち高貴な血を引く者が、このような靴墨の臭いがする平民と共に学ぶなど……!」
「お黙りなさい。……あなたのその『高貴な血』とやらで、隣国の不況を止められますの? 魔導鉱石の出力計算ができますの?」
スカーレットの瞳が、青白い燐光を放った。
「できないのであれば、あなたの血は、そこらの野良犬のそれとなんら変わりはありませんわ。……イヴァン、この方を門の外へ。……わたくしの学園には、自分の無能を血筋で隠そうとするゴミは必要ありませんの」
「おうよ、合点だ!」
イヴァンが荒々しく男の首根っこを掴み、講堂から引きずり出した。
残された生徒たちの間に、戦慄と、それ以上に激しい「野心」の火が灯るのを、スカーレットは見逃さなかった。
「……人間のエゴイズムというものは、時に最強のエンジンになりますわ。他者を踏み台にし、より高みへ登ろうとするその渇望こそが、わたくしの作る新しい国の歯車となりますの」
彼女は、講堂の窓から見える、再開発の進む王都を見つめた。
「エリオット様。……これで、この国の『未来』も、わたくしの手のひらの上で転がることになりますわね」
影から現れたエリオットが、スカーレットの横顔を見つめ、苦笑した。
「……教育という名の洗脳、か。お前は本当に、敵に回したくない女だな」
「あら、洗脳だなんて。わたくしはただ、彼らに『自由』を与えているだけですわ。……自分の力で、運命を切り拓くという、残酷なまでの自由をね」
スカーレットの唇が、三日月のように美しく、そして残酷に歪んだ。
地下牢で腐りゆくアラスターたちは、もはや彼女の記憶の片隅にも残っていない。
彼女が作っているのは、過去の残骸の上に築かれた、徹底的な実力主義の楽園であった。
「どうぞ、お捨てになって。……わたくしを『復讐に燃える女』だと思っていた、その矮小な想像力さえも」
春の陽光が、白亜の校舎を照らし出していた。
それは、古い時代の墓標であり、同時に、一人の「悪役令嬢」が統治する、冷徹で合理的な新世界の産声でもあった。
そこには今、白亜の石材を惜しみなく使った、機能美を極めた巨大な建築群が立ち並んでいた。
「ヴァレンティーヌ至上学道」――。
門柱に刻まれたその名は、数千年の間、この国を縛り続けてきた「血筋」という名の神話に、公然と反旗を翻すものであった。
「……お嬢様、本日の入学試験、最終合格者の名簿でございます。平民が六割、没落貴族が三割、残りが現役貴族の子弟となっております」
セバスチャンが差し出した名簿を、スカーレットは馬車の中で一瞥した。
「あら、意外と貴族の方々も残りましたのね。泥を啜ってでも生き残ろうとする執念、それだけは評価して差し上げなくては」
スカーレットは馬車を降り、真新しい校舎を見上げた。
そこには、豪華な装飾も、先祖を讃える英雄像もない。あるのは、知識を詰め込むための書庫と、真理を追求するための実験室だけだ。
「……領主様、いや、学園長。本当にいいのか? こいつら、昨日まで俺たちのことを家畜だと思ってた連中だぜ」
門衛として立つイヴァンが、不機嫌そうに顎をしゃくった。
彼の視線の先には、使い古された教科書を抱えた平民の少年と、肩身を狭そうに歩く貴族の少年が、同じ門を潜ろうとしている光景があった。
「イヴァン、勘違いなさらないで。わたくしは慈悲で彼らを混ぜているわけではありませんわ」
スカーレットは、冷たい風に翻るマントを抑え、冷徹な微笑を浮かべた。
「無能な貴族は、有能な平民の肥料になるのが一番の社会貢献ですもの。……ここでは、家系図は尻を拭く紙ほどの価値もございませんのよ」
彼女の歩みは、教会の廊下を歩く聖女のような厳かさと、獲物を追い詰める猟師のような鋭さを併せ持っていた。
校舎の大講堂には、身分を剥ぎ取られた若者たちが、一様に緊張した面持ちで座っていた。
スカーレットが教壇に立つと、会場は水を打ったような静寂に包まれた。
「皆様、おめでとう。……そして、どうぞお捨てになって。その、家柄という名の、使い古された看板を」
彼女の声は、高らかに響く鐘の音のように、若者たちの鼓膜を震わせた。
「わたくしが求めているのは、あなたたちの父が誰であるかではなく、あなたたちの頭脳が何を産み出せるか、ただ一点のみです」
最前列に座っていた、かつての有力侯爵家の三男が、屈辱に顔を歪ませて立ち上がった。
「……スカーレット様! いくらなんでも横暴です! 私たち高貴な血を引く者が、このような靴墨の臭いがする平民と共に学ぶなど……!」
「お黙りなさい。……あなたのその『高貴な血』とやらで、隣国の不況を止められますの? 魔導鉱石の出力計算ができますの?」
スカーレットの瞳が、青白い燐光を放った。
「できないのであれば、あなたの血は、そこらの野良犬のそれとなんら変わりはありませんわ。……イヴァン、この方を門の外へ。……わたくしの学園には、自分の無能を血筋で隠そうとするゴミは必要ありませんの」
「おうよ、合点だ!」
イヴァンが荒々しく男の首根っこを掴み、講堂から引きずり出した。
残された生徒たちの間に、戦慄と、それ以上に激しい「野心」の火が灯るのを、スカーレットは見逃さなかった。
「……人間のエゴイズムというものは、時に最強のエンジンになりますわ。他者を踏み台にし、より高みへ登ろうとするその渇望こそが、わたくしの作る新しい国の歯車となりますの」
彼女は、講堂の窓から見える、再開発の進む王都を見つめた。
「エリオット様。……これで、この国の『未来』も、わたくしの手のひらの上で転がることになりますわね」
影から現れたエリオットが、スカーレットの横顔を見つめ、苦笑した。
「……教育という名の洗脳、か。お前は本当に、敵に回したくない女だな」
「あら、洗脳だなんて。わたくしはただ、彼らに『自由』を与えているだけですわ。……自分の力で、運命を切り拓くという、残酷なまでの自由をね」
スカーレットの唇が、三日月のように美しく、そして残酷に歪んだ。
地下牢で腐りゆくアラスターたちは、もはや彼女の記憶の片隅にも残っていない。
彼女が作っているのは、過去の残骸の上に築かれた、徹底的な実力主義の楽園であった。
「どうぞ、お捨てになって。……わたくしを『復讐に燃える女』だと思っていた、その矮小な想像力さえも」
春の陽光が、白亜の校舎を照らし出していた。
それは、古い時代の墓標であり、同時に、一人の「悪役令嬢」が統治する、冷徹で合理的な新世界の産声でもあった。
あなたにおすすめの小説
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
夢を現実にしないための正しいマニュアル
しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。
現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事?
処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。
婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。