ずっと引きこもってた悪役令嬢が出てきた

桜井ことり

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家族との間に、温かい絆が芽生え始めてから、私の毎日は穏やかな喜びに満ちていた。

日課となっている庭の散策も、今ではただ歩くだけでなく、庭師に教わりながら、花の手入れを手伝うようになっていた。

その日も、私は簡素なエプロンをつけ、お気に入りの薔薇のアーチの根本に、じょうろで優しく水をやっていた。

「綺麗に咲いてくれて、ありがとう。あなたたちを見ていると、わたくしも頑張ろうと思えるの」

花にそうっと語りかけていた、その時だった。

屋敷の正面玄関の方が、急に騒がしくなった。

執事やメイドたちが、慌ただしく行き交う声が聞こえる。

「お客様かしら?」

私は小さく首を傾げたが、自分には関係のないことだろうと、再び花の手入れに集中した。

その騒ぎの原因が、国王陛下その人だとも知らずに。

国王レオポルド陛下は、非公式の国内視察の帰り、懇意にしているリンクス公爵家に、休憩のために立ち寄られたのだった。

「おお、これは陛下! 何のご連絡もなく、いかがなさいましたか!」

出迎えた父、アルベルトは、突然の国王の来訪に、驚きと緊張で顔をこわばらせていた。

「うむ、公爵。近くまで来たのでな。少し茶でも飲ませてもらおうかと思ってな」

レオポルド陛下は、豪放磊落にそう笑うと、父の案内で屋敷の中へと歩を進めた。

客間へ向かう途中、陛下はふと、ガラス窓の向こうに広がる見事な庭園に目を留めた。

「相変わらず、見事な庭だな、公爵。手入れが行き届いている」

「は、ははっ! ありがとうございます!」

「ん……?」

その時、陛下の視線が、庭の一角で留まった。

薔薇のアーチのそばで、エプロン姿の若い娘が、一心に花に水をやっている。

その姿は、貴族の令嬢というより、まるで森の妖精のように、自然に溶け込んでいた。

そして、花を見つめるその横顔は、慈愛に満ち、清らかな雰囲気を漂わせている。

(あれが、噂の……)

レオポルド陛下は、近頃、社交界でまことしやかに囁かれている噂を思い出していた。

『引きこもっていたリンクス公爵家の悪役令嬢が、聖女になって出てきた』

馬鹿げた噂だと、聞き流していた。

だが、目の前にいるあの令嬢の姿は、噂を信じさせるだけの、不思議な説得力を持っていた。

長年、腹黒い貴族たちの権力争いや、嘘と欺瞞に満ちた政治の世界に身を置いてきた陛下にとって、あの令嬢の姿は、あまりにも清廉で、新鮮に映ったのだ。

「公爵、少し庭を歩かせてもらってもよいか」

「は? はあ、もちろんでございますが……」

父の戸惑いをよそに、陛下は自ら庭園へと続く扉を開け、まっすぐに私の方へと歩いてこられた。

全く気づいていなかった私は、背後からかけられた声に、驚いて振り返った。

「見事な薔薇だな。君が、手入れをしているのかね?」

そこに立っていたのは、見覚えのある壮年の男性。

肖像画で何度も拝見した、この国の王、レオポルド陛下その人だった。

「こ、国王陛下!?」

私は慌ててエプロンを外し、スカートの裾をつまんで、深くカーテシーをした。

「申し訳ありません! このようなみすぼらしい姿で、お目にかかってしまい……!」

「はっはっは、よいよい。気にするな。それより、名を名乗ってみよ」

「は、はい。セレナード・リンクスと申します」

「うむ、セレナード嬢か」

陛下は、私の顔をじっと見つめた。

その鋭い瞳は、人の心の奥底まで見透かすようだ。

私は、少しも怯むことなく、その視線をまっすぐに受け止めた。

私の物怖じしない態度に、陛下は満足そうに頷く。

「噂通りの、澄んだ瞳をしておるな」

「噂、でございますか?」

「うむ。面白い噂を耳にしておってな」

陛下は意味ありげに笑うと、こう続けられた。

「セレナード嬢。今度、城で茶会を開く。君を招待しよう。君の話を、もっとじっくりと聞いてみたくなった」

「……え?」

予期せぬ申し出に、私は目を丸くした。

遠くで成り行きを見守っていた父が、声にならない悲鳴を上げているのが見えた。

国王陛下直々のお誘い。

それは、私の運命が、また大きく動き出す前触れだった。
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