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あのお茶会から数日後。
レオポルド陛下は、意を決して、王妃エレオノーラの私室を訪れていた。
何の前触れもない、何年ぶりかの夫の訪問に、刺繍をしていた王妃は驚いて顔を上げた。
「陛下……。どうかなさいましたの? 何か、急な御用で?」
その声は、礼儀正しいが、どこか壁を感じさせる響きだった。
いつもなら、そこで用件だけを告げて立ち去るはずの夫が、その日は違った。
レオポルド陛下は、何も言わずに王妃の前まで歩み寄ると、セレナードに言われた通り、ただじっと、妻の顔を見つめた。
「……陛下?」
戸惑う王妃の、美しい翠の瞳。
その瞳の奥に、長年見過ごしてきた、深い悲しみと寂しさの色が宿っているのを、陛下は初めてはっきりと見て取った。
「……すまなかった、エレオノーラ」
絞り出すような、国王の声。
王妃は、息をのんだ。
夫から、謝罪の言葉など、何十年も聞いたことがなかったからだ。
「わしは……今まで、お前のことを、何も見ていなかった。王という立場にかまけて、お前の心を、ずっとないがしろにしてきた」
陛下は、不器用に王妃の手に、自分の大きな手を重ねた。
「いつも、この国を、そしてわしを支えてくれて、ありがとう。心から、感謝している」
王妃の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。
「そして……エレオノーラ。わしは、今も昔も、変わらず君を愛している」
その言葉が、二人の間にあった、分厚い氷の壁を、一瞬で溶かした。
王妃の瞳から、大粒の涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。
「……陛下っ……!」
「わたくしも……わたくしも、ずっと、寂しゅうございました……! あなたに、ただ、見ていただきたかった……!」
王妃もまた、夫の孤独と重圧を理解していた。
だからこそ、何も言えずに、ただ耐えていたのだ。
二人は、どちらからともなく抱きしめ合った。
まるで、出会った頃の若い恋人たちのように。
長年のすれ違いが、ようやく終わりを告げた瞬間だった。
この国を揺るがしかねなかった、国王夫妻の離婚の危機は、こうして静かに回避された。
そして、その週末。
リンクス公爵家は、前代未聞の事態に、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。
国王陛下と王妃殿下が、お二人揃って、非公式に屋敷を訪問されたのだ。
「せ、セレナード! いったい、どういうことなのだ!」
父が、真っ青な顔で私の部屋に駆け込んでくる。
応接間に通された国王夫妻の前に、私は静かに進み出た。
お二人のお顔は、以前とは比べ物にならないほど、晴れやかで、幸せそうに見えた。
「セレナード嬢」
国王陛下が、穏やかな声で私を呼んだ。
「君には、礼を言わねばならん。君のおかげで、わしと妃は、失いかけていたものを取り戻すことができた」
隣で、王妃殿下が優しく微笑んでいる。
「本当に、ありがとう、セレナード嬢。あなたは、この国の宝ですわ」
王妃は、そっと私の手を取った。
その手は、驚くほど温かかった。
「どうか、これからも、私たちの力になってはくれないかしら。友として、あなたの知恵を貸してほしいのです」
国王と王妃、その両陛下からの、直々の懇願。
そして、揺るぎない感謝と信頼の言葉。
私は、深く、深く頭を下げた。
「もったいないお言葉にございます。わたくしにできることがあれば、喜んで」
この一件により、引きこもりの悪役令嬢だった私の名は、良くも悪くも、王国の誰もが知るところとなった。
そして、王家からの絶大な信頼を得た私を、もはや誰も、ただの公爵令嬢として扱うことはできなくなっていた。
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