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しおりを挟む国王陛下が、自らの心と戦っている間、私は、玉座の脇に立つ、王妃様の元へと、静かに歩み寄った。
彼女の美しい顔は、涙の跡で濡れ、その瞳は、深い苦悩の色に沈んでいた。
私が近づく気配に気づくと、彼女は、私から視線をそらすように、俯いてしまった。
「お母様……」
私が、そっと呼びかけると、彼女の肩が、小さく震えた。
「……その呼び方は、やめてちょうだい、セレナードさん」
絞り出すような、か細い声だった。
「今のわたくしには……もう、あなたのことを、娘と呼ぶ資格はないのかもしれないわ……」
その声は、自責の念に満ちていた。
彼女は、礼拝堂で一人、祈りを捧げていた。
我が子を信じたい気持ちと、私への信頼。
その板挟みになり、どうすればいいのか分からず、ただ神に救いを求めていたのだ。
「ルシアンは……わたくしが、命に代えても守りたい、かわいい息子なのです。あの子が、道を間違えるはずがない……そう、信じたいの。でも……」
彼女は、顔を上げた。
その瞳には、涙が溢れそうになっていた。
「あなたのことも、信じたい。あなたが、この城にもたらしてくれた、温かい光は、決して偽物ではなかったと、わたくしの心が叫んでいる。わたくしは……一体、どうすればいいの……?」
悲痛な告白だった。
私は、そんな彼女を、決して非難しようとは思わなかった。
むしろ、その母としての苦悩に、心の底から共感していた。
私は、彼女の冷たくなった手を、両手でそっと包み込んだ。
「お気持ち、痛いほどお察しいたします、お母様」
「……え……?」
「我が子を信じたい、と願うのは、母親として、当然のことでございますわ。そのお気持ちは、何一つ、間違ってなどおりません」
私の優しい言葉に、王妃様は、驚いたように私を見つめた。
私が、自分を責めるとでも思っていたのだろう。
私は、彼女の瞳をまっすぐに見つめ返すと、静かに、しかし、はっきりと続けた。
「ですが、お母様。本当にお子様を愛しているのなら、その子が、道を間違えそうになった時、たとえ嫌われようとも、その手を引いて、正しい道へと導いてあげるのが、親の本当の務めではないでしょうか」
「……!」
王妃様の瞳が、大きく見開かれる。
「今のルシアン殿下は、留学先での孤独や、誰にも認められないという苦しみの中で、心を深く傷つけ、道を誤っておられます。彼のあの力は、彼の心の叫びなのです」
「……あの子の、心の叫び……」
「ええ。だからこそ、私達は、彼のその過ちから、目を背けてはならないのです。彼を罰するためではありません。彼を、心の底から、愛しているからこそ、です」
私の言葉が、一点の光となって、王妃様の心の闇を、貫いた。
息子を盲目的に信じることだけが、愛ではない。
その過ちを、真正面から受け止め、共に乗り越えようとすることこそが、真の愛なのだ、と。
彼女は、そのことに、ようやく気づいたのだ。
「……そう、だったのね……」
王妃様の瞳から、迷いの色が消え、澄んだ涙が、静かに流れ落ちた。
「そうだったわ……。わたくし、母親として、一番大切なことを見失っていたのね……」
彼女は、私の手を、強く、強く握り返した。
「ありがとう、セレナード……。あなたのおかげで、わたくし、母親として、本当に目を覚ますことができたわ。さあ、行きましょう。あの子を、私達のかわいい息子を、助けに」
その顔には、もう、苦悩の色はなかった。
ただ、我が子を救おうとする、強く、そして慈愛に満ちた、母の顔が、そこにはあった。
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