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玉座の間を支配する、重苦しい沈黙。
ルシアン殿下の精神攻撃によって、私の心は、3年前の、あの暗く、冷たい部屋へと引き戻されていた。
絶望と、自己嫌悪の渦。
私は、その場に膝をつき、ただ震えることしかできなかった。
『お前は、弱くて、醜い、ただの悪役令嬢だ』
頭の中に響く、彼の声。
その通りだ、と心が叫ぶ。
私は、もう、立ち上がれない。
そう、諦めかけた、その時。
心の奥底から、小さな、しかし、確かな光が灯った。
それは、3年間、自分自身と向き合い続け、ようやく見つけ出した、新しい私の魂の光だった。
私は、ゆっくりと、顔を上げた。
瞳からは、涙がとめどなく溢れている。
でも、その奥にある光は、決して消えてはいなかった。
私は、震える唇で、呟いた。
「……いいえ、違います」
そのか細い声に、勝利を確信していたルシアン殿下の、冷たい笑みが、ぴたりと止まった。
「……何だと?」
私は、膝をついたまま、彼をまっすぐに見据えた。
「いいえ……あるいは、その通り、なのかもしれません」
私は、彼の精神攻撃が見せた、過去の醜い自分を、否定しなかった。
「ええ、その通りですわ。わたくしは、弱くて、嫉妬深くて、誰かを傷つけることしかできなかった、愚かで、醜い人間でした」
その言葉に、その場にいた誰もが、息をのむ。
「ですが」
私は、言葉を続けた。
「わたくしは、その自分から、決して目を逸らしませんでした。3年間、たった一人で、その弱さと、醜さと、徹底的に向き合ってきました。その全てが、今のわたくしを形作る、かけがえのない一部なのです」
自己受容。
それこそが、私が3年間かけて手に入れた、本当の強さだった。
ルシアン殿下の闇の力は、人の心の弱さや、隠したい過去を暴き、増幅させる力。
だが、その闇を、自ら受け入れている人間には、その力は効かない。
「な……ぜだ……。なぜ、お前の心は、折れない……!」
ルシアン殿下が、初めて、焦りの色を見せた。
私は、ゆっくりと立ち上がると、今度は、私の方から、彼の心の闇へと、足を踏み入れた。
「ルシアン殿下。あなたのその力は……あなたの、心の叫びなのですね」
「……黙れ!」
「遠い異国の地で、ずっと、お一人で……。誰も、あなたの本当の苦しみを、分かってはくれなかった。誰にも、認められず、ただ、寂しかったのですね……」
私の言葉は、彼の心の、一番柔らかな場所に、触れた。
優秀な兄への、劣等感。
誰にも理解されない、孤独。
その苦しみが、彼を歪ませ、こんなにも強力な、しかし、悲しい力を、生み出してしまったのだ。
「黙れ! お前なんかに、俺の何が分かる!」
ルシアン殿下の体から、さらに強力な闇のオーラが吹き荒れる。
しかし、それは、彼の怒りというより、彼の動揺の表れだった。
私は、その闇の嵐に向かって、一歩、また一歩と、歩み寄った。
「分かりますわ」
その声は、絶対的な確信に満ちていた。
「わたくしも、ずっと、独りでしたから。あなたのその痛み、その孤独、わたくしが、全て、受け止めます」
私は、ついに、玉座に座る彼の目の前まで、たどり着いた。
そして、恐怖を乗り越え、その冷たい手に、そっと、自分の手を重ねた。
「……っ!」
彼が、息をのむ。
私は、そのまま、彼の体を、優しく、抱きしめた。
憎しみでも、怒りでもない。
ただ、彼の孤独に、寄り添うように。
その瞬間、私の体から、温かい、柔らかな光が溢れ出した。
その光が、彼の荒れ狂う闇の力を、静かに、優しく、浄化していく。
「あ……ああ……」
ルシアン殿下の体から、どす黒いオーラが、霧のように消えていく。
そして、後に残ったのは、傷つき、疲れ果てた、ただ一人の青年の、か弱い魂だけだった。
「……僕、は……」
彼は、私の腕の中で、子供のように、声を上げて泣き始めた。
長年、彼を縛り付けていた、孤独という名の呪いが、完全に解けた瞬間だった。
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