天才量子魔術師の事件簿

名無之権兵衛

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第5話「つくづくバカなヤツだ」

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 探偵は椅子の背もたれに寄りかかった。

「本題に入る前に現代魔術について再確認しておこう。
 魔術には六つの型があるのは知ってるよね。強化、放出、変化、操作、創造、そして特殊。

 じゃあタケル、強化型がどんな魔術か説明してごらん」

「自分を強化する魔術だろ? 筋力が上がったり、俊敏になったり。自分の身につけているものの強度をあげたりすることもできる」

 サミュはフフッと笑った。

「間違ってないけどそれでは中学生レベルだ」
「中学生!?」

「もっと原理的に説明するなら、強化型魔術は『体内もしくは物質内に存在するの動きを活発化ないしは固定化させる魔術』のことを指す」

 モナドニウム。

 すべての魔術を発動するために媒介される根源単位。

 体内、木々、空気に至るまであらゆるところに存在し、人類はこれを操ることで魔術を行使することができるという。魔術師の間で言われる「魔力」とは、この「モナドニウム」の体内保有量のことを指すのだ。

「そういえば、高校の先生がそんなことを言ってたっけ……」
「つまり、強化型魔術を使えば体内の温度を上げることができるし、炎の熱に耐えうる皮膚を錬成することだってできる」

 私は眉をひそめた。

「けど、強化型では炎を出すことはできないだろ?」
「そりゃそうだ。だって犯人はんだから」

 私は彼が何を言ってるのか理解できなかった。

「魔術で炎を出してない……?」
「『二硫化炭素』という物質を聞いたことは?」

 首を横に振る。

「木炭と硫黄の蒸気を集めた液体で、少々おもしろい特性があるんだ。それは……



 ってところ」

 

 私は目をパチクリさせた。先ほどまで頭の中で踊っていたアルコールが迷惑客のように追い出される感覚がした。

「もしかして……」

 探偵はニヤニヤしている。

「ここからは僕の想像も入るけどね、犯人はなんらかの方法で二硫化炭素を手に入れ、事件現場となる公園を訪れた。お偉いさんがいつもおなじ時間にその公園に現れることを知っていたんだろう。犯行直前にビール瓶に入っていた二硫化炭素を体に浴びた。

 あとは彼の得意分野さ。強化型魔術で皮膚に耐火性を付与して、体内の温度を上昇させる。体内の温度が九十度になれば体に付着した二硫化炭素は発火するから全身炎まみれの男の完成だ。

 証拠となる瓶は植え込みに隠したんだろう。まさかおなじ場所にタバコがポイ捨てされるとは知らずにね。……いや、もしかすると証拠隠滅のためにわざと発火させたのかもしれないけど、それは僕の与り知らぬところだ」

 私はズキズキと痛む頭を押さえながら絞り出すように言った。

「確かに筋は通っているが……証拠はあるのか? 物的証拠がないと殺人未遂として裁判にかけることは……」

 言いかけて我に返った。つい部下とおなじ調子で聞いてしまったが、彼が答えられるはずがない。彼は部外者で、いまさっき事件の概要を知ったばかりなのだ。

「いや、すまない。君に聞くことじゃなかったな」
「そうだね。僕は警察官じゃない。君から聞いた話に妄想も混ぜて線を引いただけだ。でも、決定的な証拠なら一つだけあると思うよ」

 私は目を丸くした。

「冗談だろ?」
「冗談なものか。犯人の衣服は残ってるよね?」

「あ、あぁ。上着はほとんど燃えてしまったが、ズボンは残ってるぞ」

「なら上々……彼の服をよく調べてみるといい。普通の火災なら検出されることのない硫黄化合物が検出されると思うから。
 僕も大学で二硫化炭素の実験をした後に服の袖に黄色い固形物がついていてね。きっとおなじ物質が見つかるはずだ」



   * * *



 その後、犯人と被害者の衣服から硫黄化合物が検出された。公園内で発生した不審火の燃焼残渣からも同様の化合物が見つかった。

 犯人サラディンを問い詰めるとあっさり白状した。

 方法は概ねサミュが考えた通りで、犯行の動機は私の予想通りだった。

 彼はイスラーンの戦いの生き残りだった。難民としてシモン皇国に逃れたものの、そこで待っていたのは迫害。

 イスラーン人は赤みがかかった髪に褐色の肌、そして琥珀色の瞳が特徴的だ。紛争終結当初は身体的特徴が原因で企業が採用を取りやめたり、道端を歩いているだけで通りすがりの人から蹴られるなど差別が平然と横行していた。

 残飯を漁る日々。そんな中、仲睦まじいクラスヘラケウルス一家を見かけたという。

 自分は絶大な苦しみの中でもがいているのに、彼らは笑みを浮かべている————。それが許せなくなったそうだ。



 つくづくバカなヤツだな、と私は思う。



 シモン皇国では昨年、人種平等法が成立した。人種による差別や迫害を禁じたものだ。この法律の成立には多くの人権活動家が関わっている。

 怒りを覚えたとき、どうして彼らと一緒に行動しなかったのだろう。どれだけ苦境に立たされていようと、手を差し伸べてくれる人はどこかにいる。それを無視して他人を傷つけるなんて、法律を犯すなんて、許されていいわけがない。

「なんて、勝者こちら側の言い分か」

 事件は幕を閉じたが、謎は残っている。二硫化炭素の入手経路だ。

 しかし、犯人からそれを聞き出すことはついに叶わなかった。
 サラディン・スカーは尋問中に突然暴れだし、〝封印指定〟になったからだ。


————
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 それではまた、別の物語で。
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