1 / 11
2009年 パート1
しおりを挟む
男は隆の顔をじろじろとなめ回すように見ていた。隆はできるだけ目線をそらそうとするが、男が髪の毛をぐいっとひっぱって自分の目を見せようとする。腕は縛られているから抵抗はできない。目を閉じると男が怒り狂ったように「僕の目が見れないのかー!!」と見た目とはあまりにも不釣り合いな子どもっぽい声を出して顔を殴った。
緑色の冷えた床に血が飛んだ。床にはすでに隆の血が散乱していた。さっきまで鼻血を出していたのだ。隆は床から伝わる冷たさに怒りを覚えた。どうして床が冷たいんだ。僕がこんなになっているのに、どうして床が冷たいんだ。すでに隆は冷静さを欠いていた。もう彼らに拘束されてから二時間は経つ。ここはどこなのだろうか、と隆は思った。それほど自分の住んでいる家から離れていることはないはずだ。21時すぎに近所の公園に行って、そこでいきなり3人組の男達に拉致されたのだ。雨上がりの夜の公園にはほとんど人はいない。大胆な犯行だった。いきなり顔を殴ってきた。よろけたところで腹に蹴りを入れられ、そのままもう一度顔を殴られた。隆は何が起きたのかさっぱりわからなかった。何の説明もないまま、ここの倉庫に車で運ばれた。理由はわからない。誰かに恨みを買った記憶はないし、悪い連中と関わったこともない。
車の中にいたのは数分のはずだった。殴られて感覚が麻痺していたからあまり正確な時間とは言えないが、少なくともそれほど遠くに運ばれたことはないはずだ。ここの倉庫は普通の民家の裏庭にある車が四台ほど入る大きさの建物だった。大きな棚にはスキー道具やバーベキュー道具がある。その他にも大工が使うような器具と腐敗した木材が大量に並べられている。どうやらこの倉庫はもともとは何かの木製品を作る場所だったようだ。それが仕事で使われていたのか、それともただの趣味で使われていたのかはわからないが、最近はただの荷物置き場として使われているようだった。
きっとここの家はこの3人組の中の誰かの持ち家だろう。車から降ろされたとき、家の明かりは付いていたし、当たり前のように駐車場にとめていたからだ。他人の家だったらまずそんなことはできないだろう。まず見つかることを恐れるし、見知らぬ車がとめられていたらすぐに不審がられる。もしかしたらこの犯行グループの他のメンバーが住んでいるのかもしれない。駐車場には隆が乗せられた車の他にもう二台車があった。片方には初心者マークがついていて、もう一台の車はへこんでいた。
「宮野さん、どうしましょう? こいつ、僕の顔を見ませんよ? きっと僕の顔をなんて不細工なやつなんだと馬鹿にしてるんです。どうしましょう? もっとたくさん殴ったほうがいいでしょうか?」
男の視線は窓際の椅子に深く座っている男に捧げられていた。宮野と呼ばれた男はめんどくさそうに、大きなため息を吐き、それからじっくりと隆の顔を眺めた。一瞬だけ口元を歪め、ふっと小さく笑った。
「そいつは儀式のための生け贄だ。殺すんじゃないぞ。殺さない程度に殴れ。いや、喋れなかったら儀式のときに不都合かもしれない。喋れる程度に殴れ」
儀式? 生け贄? 殺す? 何のことだ、と隆は思った。俺はこのままここで殺されるのか? こんなわけのわからない連中に? 俺はまだ21歳だぞ? 死ぬような年齢じゃない。まだ人生の3分の1すら過ぎてない。わけがわからない。俺はいったい何をしてるんだ? 俺はどうしてここにいるんだ? 俺はこれからどうなるんだ?
「わかりました!!」
男はやはり見た目からは信じられないくらいの幼い声をだした。見た目だけなら軽く40は越えているだろう。しかし声が不自然なほどに幼いから逆にもっと老けて見える。
「さーて、これからたっぷり殴ってやるからなあ。楽しめよお」
男はそう言うとじっくりと味わうように隆の顔を一発殴った。口から血が飛ぶ。顔が腫れる。視界が霞む。もうほとんど感覚はなくなっていた。
「気持ちいい!!!!」
男は自分の腰を前後に振って体をぐるりとひねった。まるで人をなぶるのが気持ちよすぎて耐えられないように。
「うーん、殺すのがもったいないなあ。このままサンドバックにしたいよお」
「気持ち悪い声出すなよ、おっさん」
隆は無意識に声を出していた。この男達に喋りかけるのは初めてのことだ。喋る暇がなかったし、話を聞かれることもなかった。
男はいきなり血相を変えた。恍惚とした表情は一瞬でなくなり、顔中の筋肉が怒りで震えていた。目が大きく開かれ、口をぱくぱくとさせ、眉がぴくぴくと動いている。
「いま、なんて言った?」
「気持ち悪い、と言ったんだよ。聞こえなかったのか? おっさん」
隆はいつも通りの声を出すことができた。どうやら声帯は無傷のようだ。しかし、この暗闇に包まれた倉庫の中では、隆の言葉は異質なものとして響いた。
男は鼻息を荒くした。
「僕の、どこが気持ち悪いんだ?」
「全部だろ。鏡、見たことある? 顔のパーツはぐちゃぐちゃだし、髪の毛は散らかってるし、団子のように太ってる。おまけにチビだ。声も気持ち悪いし、なにより体臭が臭い。おっさん、彼女とかできたことある?」
男はぎゅっと拳を握りしめた。怒りで表情がぐちゃぐちゃになり、もはや怒っているのか悲しんでいるのかすらわからない。
少しの時間が過ぎた。そのあいだ男はずっと床を睨んでいた。目はぐらぐらと揺れ、体は小刻みに震えている。それからゆっくりと顔を上げ、隆に視線を合わせた。
「むぎゅうううーーーー!!!!」
男は叫ぶと両手で隆の顔を殴り始めた。一発があたるごとに口に血が溜まり、もう一発目で溜まった血が飛び出た。
「僕は気持ち悪くなんてないい!! 女はみんな見る目がないだけだあ!! むぎゅーーーー!!!! 殺してやるうう!! 僕を気持ち悪いという人間は、みんな殺してやるうう!!」
殴る手は止まらない。むしろペースはどんどん早まっていた。男は見た目のわりに力があった。まったく運動はできそうにないが、人を殴るのには慣れているようだった。
「そこらへんにしておけ拓也。さっきも言ったが、そいつは生け贄だ。もしそいつが使い物にならなかったら、代わりにお前を殺すことになる」
宮野はのんびりとした口調で言った。まるで小さな子どもをあやすように。
「でもでも、こいつ、僕のことを気持ち悪いって、僕のことを気持ち悪いって」
「いいから、離してやれ。お前はもう今日は帰れ。あとは俺が見とく。敦に明日の早朝に遅れずくるように連絡を入れておけ」
拓也と呼ばれた男は怒りで震えていたが、しかし、少しすると静かに隆から離れた。どうやら宮野という男にはさからえないようだった。
「わかったよ。今日はもう帰るよ。敦くんにも連絡しとく」
そう言うと拓也は静かに倉庫から出て行った。
緑色の冷えた床に血が飛んだ。床にはすでに隆の血が散乱していた。さっきまで鼻血を出していたのだ。隆は床から伝わる冷たさに怒りを覚えた。どうして床が冷たいんだ。僕がこんなになっているのに、どうして床が冷たいんだ。すでに隆は冷静さを欠いていた。もう彼らに拘束されてから二時間は経つ。ここはどこなのだろうか、と隆は思った。それほど自分の住んでいる家から離れていることはないはずだ。21時すぎに近所の公園に行って、そこでいきなり3人組の男達に拉致されたのだ。雨上がりの夜の公園にはほとんど人はいない。大胆な犯行だった。いきなり顔を殴ってきた。よろけたところで腹に蹴りを入れられ、そのままもう一度顔を殴られた。隆は何が起きたのかさっぱりわからなかった。何の説明もないまま、ここの倉庫に車で運ばれた。理由はわからない。誰かに恨みを買った記憶はないし、悪い連中と関わったこともない。
車の中にいたのは数分のはずだった。殴られて感覚が麻痺していたからあまり正確な時間とは言えないが、少なくともそれほど遠くに運ばれたことはないはずだ。ここの倉庫は普通の民家の裏庭にある車が四台ほど入る大きさの建物だった。大きな棚にはスキー道具やバーベキュー道具がある。その他にも大工が使うような器具と腐敗した木材が大量に並べられている。どうやらこの倉庫はもともとは何かの木製品を作る場所だったようだ。それが仕事で使われていたのか、それともただの趣味で使われていたのかはわからないが、最近はただの荷物置き場として使われているようだった。
きっとここの家はこの3人組の中の誰かの持ち家だろう。車から降ろされたとき、家の明かりは付いていたし、当たり前のように駐車場にとめていたからだ。他人の家だったらまずそんなことはできないだろう。まず見つかることを恐れるし、見知らぬ車がとめられていたらすぐに不審がられる。もしかしたらこの犯行グループの他のメンバーが住んでいるのかもしれない。駐車場には隆が乗せられた車の他にもう二台車があった。片方には初心者マークがついていて、もう一台の車はへこんでいた。
「宮野さん、どうしましょう? こいつ、僕の顔を見ませんよ? きっと僕の顔をなんて不細工なやつなんだと馬鹿にしてるんです。どうしましょう? もっとたくさん殴ったほうがいいでしょうか?」
男の視線は窓際の椅子に深く座っている男に捧げられていた。宮野と呼ばれた男はめんどくさそうに、大きなため息を吐き、それからじっくりと隆の顔を眺めた。一瞬だけ口元を歪め、ふっと小さく笑った。
「そいつは儀式のための生け贄だ。殺すんじゃないぞ。殺さない程度に殴れ。いや、喋れなかったら儀式のときに不都合かもしれない。喋れる程度に殴れ」
儀式? 生け贄? 殺す? 何のことだ、と隆は思った。俺はこのままここで殺されるのか? こんなわけのわからない連中に? 俺はまだ21歳だぞ? 死ぬような年齢じゃない。まだ人生の3分の1すら過ぎてない。わけがわからない。俺はいったい何をしてるんだ? 俺はどうしてここにいるんだ? 俺はこれからどうなるんだ?
「わかりました!!」
男はやはり見た目からは信じられないくらいの幼い声をだした。見た目だけなら軽く40は越えているだろう。しかし声が不自然なほどに幼いから逆にもっと老けて見える。
「さーて、これからたっぷり殴ってやるからなあ。楽しめよお」
男はそう言うとじっくりと味わうように隆の顔を一発殴った。口から血が飛ぶ。顔が腫れる。視界が霞む。もうほとんど感覚はなくなっていた。
「気持ちいい!!!!」
男は自分の腰を前後に振って体をぐるりとひねった。まるで人をなぶるのが気持ちよすぎて耐えられないように。
「うーん、殺すのがもったいないなあ。このままサンドバックにしたいよお」
「気持ち悪い声出すなよ、おっさん」
隆は無意識に声を出していた。この男達に喋りかけるのは初めてのことだ。喋る暇がなかったし、話を聞かれることもなかった。
男はいきなり血相を変えた。恍惚とした表情は一瞬でなくなり、顔中の筋肉が怒りで震えていた。目が大きく開かれ、口をぱくぱくとさせ、眉がぴくぴくと動いている。
「いま、なんて言った?」
「気持ち悪い、と言ったんだよ。聞こえなかったのか? おっさん」
隆はいつも通りの声を出すことができた。どうやら声帯は無傷のようだ。しかし、この暗闇に包まれた倉庫の中では、隆の言葉は異質なものとして響いた。
男は鼻息を荒くした。
「僕の、どこが気持ち悪いんだ?」
「全部だろ。鏡、見たことある? 顔のパーツはぐちゃぐちゃだし、髪の毛は散らかってるし、団子のように太ってる。おまけにチビだ。声も気持ち悪いし、なにより体臭が臭い。おっさん、彼女とかできたことある?」
男はぎゅっと拳を握りしめた。怒りで表情がぐちゃぐちゃになり、もはや怒っているのか悲しんでいるのかすらわからない。
少しの時間が過ぎた。そのあいだ男はずっと床を睨んでいた。目はぐらぐらと揺れ、体は小刻みに震えている。それからゆっくりと顔を上げ、隆に視線を合わせた。
「むぎゅうううーーーー!!!!」
男は叫ぶと両手で隆の顔を殴り始めた。一発があたるごとに口に血が溜まり、もう一発目で溜まった血が飛び出た。
「僕は気持ち悪くなんてないい!! 女はみんな見る目がないだけだあ!! むぎゅーーーー!!!! 殺してやるうう!! 僕を気持ち悪いという人間は、みんな殺してやるうう!!」
殴る手は止まらない。むしろペースはどんどん早まっていた。男は見た目のわりに力があった。まったく運動はできそうにないが、人を殴るのには慣れているようだった。
「そこらへんにしておけ拓也。さっきも言ったが、そいつは生け贄だ。もしそいつが使い物にならなかったら、代わりにお前を殺すことになる」
宮野はのんびりとした口調で言った。まるで小さな子どもをあやすように。
「でもでも、こいつ、僕のことを気持ち悪いって、僕のことを気持ち悪いって」
「いいから、離してやれ。お前はもう今日は帰れ。あとは俺が見とく。敦に明日の早朝に遅れずくるように連絡を入れておけ」
拓也と呼ばれた男は怒りで震えていたが、しかし、少しすると静かに隆から離れた。どうやら宮野という男にはさからえないようだった。
「わかったよ。今日はもう帰るよ。敦くんにも連絡しとく」
そう言うと拓也は静かに倉庫から出て行った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる