その辺にある悪意

江波広樹

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2009年 パート2

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「こういった状況で煽るようなことは言わない方がいいだろう」

 宮野はいつの間にか取りだしていた煙草にライターで火を点けながら言った。今までに何万回と繰り返してきたであろうその動作はあまりにもスムーズだった。隆は彼の方に意識を集中していたはずなのに、煙草が口にくわえられるまでその存在に気づかなかった。彼の動作の一つ一つは常に無駄のない洗練されたもののように感じた。

「もちろん、どちらにせよお前はここで死ぬわけだが、無駄に痛みを味わいたくはないだろう。楽に死ぬことは人類共通の夢だ」

 彼はゆっくりと煙草を口からはずし、めんどくさそうに目の高さまで持っていた。どうして自分はこんな不味い物を口に入れているのだろう、と不思議に思っているようだった。ほとんど吸っていない煙草を足下に落とし、最低限の力で潰した。とにかく無駄な労力を使うことを避けているようだった。

「何の目的で俺を?」

 隆はできるだけ声が反射しないように注意しながら喋った。

「お前が知る必要はない。お前はただここでじっとして明日の儀式を待てばいい。そこでお前は死ぬ。それだけだ」

「それだけ?」

「心配するな。それまでの最低限の食料と水は出すし、トイレにも行かせる。儀式までに死んでもらっては困るからな」

 宮野は心底めんどうだといった表情だった。

 隆は彼の表情から自分が本当にここで殺されるのだということを察した。自分はここで特に理由もなく殺される。彼らは儀式と言っているが、自分からすればただの殺人だ。今までニュースの中だけの話だったあの殺人事件が、これから自分の体をつかって再現されることになる。

 どうして自分なのだろうか? 他にも人間はいくらでもいる。儀式に使うにしても、さっきの二人の会話を聞く限りでは誰でもいいようだった。ではなぜ自分が? きっと理由はないのだろう。交通事故と同じだ。たまたま、そこに、俺が、いただけ。世界はそういう風にできている。たまたま生まれ、たまたま殺される。

 宮野は腕時計に目をやり、小さくため息を吐いた。

「俺はこれから明日の朝までお前と一緒にいなくてはならない。そういう決まりだ。世の中にはいくつかの守らなくちゃならない決まりがある。そうだろう? お前を殺すのはその決まりの中には入っていないが、お前を朝まで監視するのはその決まりに入っている」

「儀式なんてやっても意味はないと思うけどね」

 宮野は不思議そうに隆を見た。それから少し口を曲げ、ゆっくりと小さく笑った。

「もちろん意味はない。その儀式にも、お前が殺されるのも。しかし、この世界は常に意味のないことを求めている。求めることに意味があるのであって、生じた事象には意味はない。求めることにも意味はないかもしれないが、それはまあ、どっちでもいい」

 人が死ぬにはあまりにも不釣り合いな条件だ、と隆は思った。

「そうだ、すっかり忘れるところだった」と宮野は言った。「お前に聞いておきたいことがある」

「聞いておきたいこと?」

「そうだ、聞いていおきたいことだ。お前は明日の今頃、俺の手によって殺されているわけだが」

 そこまで言うと、少し彼は間をあけた。間をあけるのが礼儀だとでもいうように。

「どうやって殺されたい? いや、正確にいうなら、どれで殺されたい?」

 宮野はそう言うと、棚からノコギリと日本刀と灯油を取りだした。

「どれでも好きな物を選んでいい。このノコギリは木材を切る用のだ。日本刀は俺が子どもの時に店から盗んだ物。灯油は一昨日に買った」

 隆はその三つを交互に見比べた。ノコギリは全体的に錆びていて、これで人を殺すとなるとずいぶん時間がかかると思った。時間がかかればそのぶん苦しむ。日本刀はまだ新品のように綺麗だったが、素人が使ったらやはり時間がかかるように思われた。灯油で燃やされるのはただただ恐い、と思った。純粋な恐怖だ。火というものは人間が最も恐れるものだと隆は感じた。人間が生きたまま火葬されるところを想像し、やはりこれも死ぬのに時間がかかるのではないかと思った。

 ノコギリで首を切られるところを想像する。血はどのように出るのだろうか。じわじわ流れ出るのか、それとも映画やアニメのように勢いよく吹き出るのか。日本刀ではどのように殺されるのか。同じように首を切られるのか、それとも体に突き刺してくるのか。やはり血はどのように出るのかわからなかった。きっとその時にならなきゃわからないだろう。隆はまだ自分が死ぬの場面を想像することができなかった。

「日本刀がいい」

 隆はほとんど無意識にそう言っていた。理由はわからない。どれも同じように苦しむなら、日本刀がいちばん綺麗だと思ったのかもしれない。

「いいだろう。日本刀で殺してやる。使ったことはないが、まあ、殺せないことはないだろう」

 宮野はそう言いながら刀を鞘から抜き出した。ライトに反射して波紋がギラリと光った。綺麗だ、と隆は思った。

「明日の朝まではまだ時間がある。8時間ほどね。それまで俺は本を読んだりしで時間を潰す。寝てはいけない決まりだ。俺は本を読んでいるところを邪魔されるのが心底嫌いだ。邪魔されるとそいつを殺したくなる。だからお前はとにかく息を殺して静かになる必要がある。わかるだろう?」

 宮野は立ち上がり、ゆっくりと隆に近づいた。それから隆の襟を掴み、引きずるように倉庫の端に連れてった。

「視界に他人が入ると集中できないからね」

 彼はそう言うと椅子に戻り、横に置いてあったバッグからレイモンド・チャンドラーの『ロング・グッド・バイ』を取りだした。

 隆はポケットに携帯が入っていることに気がついた。
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