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第10話 騎士団長の亡霊
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灰に煙る戦場を離れ、三人は北方の丘を目指して歩いていた。
そこには廃城へつながる古い軍道が通っている。
夕陽は雲に遮られ、辺りは早くも薄闇に沈みかけていた。
足元には灰の湖が広がり、風が吹くたびその表面がわずかに波打つ。
灰の中には倒れた剣や盾が埋まり、金属音のような微かな鳴りがくぐもって聞こえた。
ナトが顔をしかめて振り向く。
「なあ、聞こえるか? この音……人の声みたいだ。」
リラは耳を澄ました。
確かに、灰の下から何かが囁くような音がする。
それは祈りに似ていた。
「この灰の湖は、かつて近衛たちが沈んだ場所だと聞いた。魂がまだ残っているのね。」
カイルは目を閉じた。
「俺の隊も、ここで散った。湖の底には、俺を守った部下たちの骸がある。」
リラが静かに壺を抱え、胸にあてた。
「眠りを妨げるものがまだあるなら、祈りを捧げましょう。」
そう言って歩み寄ろうとしたそのとき、地面がかすかに震えた。
灰の波が広がり、風がいきなり止む。
空気が凍りつくような寒気を帯び、次の瞬間には強烈な光が走った。
灰の湖の中央から、ひと筋の光柱が立ち上がる。
それは形を変え、やがて人の姿を取った。
鎧に身を包んだ男。
風にたなびくマントには、王国騎士団の黄金の紋章。
「……騎士団長、レオン……?」カイルの声が震えていた。
男は無言で剣を構え、灰の地を踏みしめて一歩前へ出る。
その瞳は生者の色を失い、淡い銀光に染まっている。
「待ってください!」リラが声を上げる。
だが騎士団長――レオンの亡霊は止まらず、剣を振り下ろした。
轟音が走り、灰が吹き上がる。
カイルが間一髪で受け止める。
金属がぶつかり合い、火花のように灰の粒が散った。
「団長……俺だ、カイル・グレイアだ! あなたの部下だった!」
しかしその叫びも届かない。
レオンは怒りと怨念を帯びたまま、次々と斬撃を放つ。
その動きは生前と変わらぬ速さと重みを持っていた。
ナトが後方へ下がりながら叫んだ。
「リラ、どうするんだ! 祈りじゃ止まらない!」
リラは歯を食いしばり、祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「願わくば、灰に縛られし魂よ。彼の声を思い出して――!」
光がリラの手から放たれ、湖面を渡ってレオンの鎧へ届く。
だがその瞬間、彼の身体が激しく光を弾き、逆に祈りの光が爆ぜた。
リラが後方へ吹き飛ばされ、ナトが支える。
レオンの口がわずかに動く。
それは低く、かすれた声。
「……裏切り者……王を……守れなかった……罰を……」
その言葉にカイルの胸が軋んだ。
「団長、それは違う! 俺たちは……!」
叫びの途中で、亡霊の剣が振り上げられた。
その瞬間、灰の湖の奥底が光り、風が再び激しく吹いた。
そこから浮かび上がってきたのは、かつての王国旗。
黄金の紋章が微かに輝き、レオンの動きを止める。
リラの体を包む光も共鳴するように高まった。
「ほら、あなたの誓いを思い出して! その剣は守るためのものでしょう!」
リラの声が響く。
灰の光の中で、レオンの動きが僅かに鈍った。
彼の瞳がわずかに揺らぎ、そこに微かな色が戻り始める。
「……カイル……お前か……?」
「ええ、団長。俺です。あの時撤退を進言したのに、俺は王命を選んだ……全て俺の責任だ。」
カイルの声は苦しげだった。
「だから、俺がこの国を終わらせに行く。あの時守れなかったあなたたちを――今度こそ安らかに眠らせるために。」
レオンの手がわずかに震え、剣を支えきれずに落とす。
落ちた剣が灰に触れると、音もなく光に溶けた。
風がやんで、亡霊の鎧が崩れ始める。
「カイル……行け……王を……止めろ……それが本当の『盾』の使命だ。」
その声を最後に、レオンの姿は灰に溶けて消えた。
湖に静寂が戻り、灰の面が穏やかな波を描いた。
リラは膝をつき、壺を胸に当てて祈る。
「あなたの魂が、光の方へ向かいますように。」
ナトが呆然と呟いた。
「消えた……まるで夢みたいだ。」
カイルは剣の柄を握りしめたまま膝をつく。
「団長の魂は、まだ王を案じていた。あの人にとって王はすべてだった。」
リラが小さく頷いた。
「それなら、あなたが彼の誓いを継いで。最後の盾として。」
カイルは立ち上がり、遠くにそびえる黒い廃城の尖塔を見た。
その上空を覆う雲が渦を巻いている。
光と闇が混ざるような空の色だった。
「団長……あなたの言葉、確かに受け取った。俺はもう剣ではなく、光として王と向き合う。」
風が吹き、灰の湖に一輪だけ花が浮かんだ。
蒼い花弁が穏やかに揺れ、やがて光を反射して消えていく。
リラが微笑んだ。
「団長もようやく眠れたのね。」
ナトが拳を握る。
「なら、次は王の番だ。」
「そうだ。」カイルは頷く。
「灰の王を眠らせ、この国の祈りを終わらせる。それが俺たちにできる唯一の贖いだ。」
三人は再び歩き始めた。
灰の風が背を押し、遠くから鐘の音のような低い響きが聞こえる。
それはまるで、王の眠る城が三人を呼んでいるようだった。
カイルは空を仰ぎ、わずかに覗く青の欠片を見つめた。
灰の国に差すその光が、胸の奥で確かな導きとなって燃えていた。
(続く)
そこには廃城へつながる古い軍道が通っている。
夕陽は雲に遮られ、辺りは早くも薄闇に沈みかけていた。
足元には灰の湖が広がり、風が吹くたびその表面がわずかに波打つ。
灰の中には倒れた剣や盾が埋まり、金属音のような微かな鳴りがくぐもって聞こえた。
ナトが顔をしかめて振り向く。
「なあ、聞こえるか? この音……人の声みたいだ。」
リラは耳を澄ました。
確かに、灰の下から何かが囁くような音がする。
それは祈りに似ていた。
「この灰の湖は、かつて近衛たちが沈んだ場所だと聞いた。魂がまだ残っているのね。」
カイルは目を閉じた。
「俺の隊も、ここで散った。湖の底には、俺を守った部下たちの骸がある。」
リラが静かに壺を抱え、胸にあてた。
「眠りを妨げるものがまだあるなら、祈りを捧げましょう。」
そう言って歩み寄ろうとしたそのとき、地面がかすかに震えた。
灰の波が広がり、風がいきなり止む。
空気が凍りつくような寒気を帯び、次の瞬間には強烈な光が走った。
灰の湖の中央から、ひと筋の光柱が立ち上がる。
それは形を変え、やがて人の姿を取った。
鎧に身を包んだ男。
風にたなびくマントには、王国騎士団の黄金の紋章。
「……騎士団長、レオン……?」カイルの声が震えていた。
男は無言で剣を構え、灰の地を踏みしめて一歩前へ出る。
その瞳は生者の色を失い、淡い銀光に染まっている。
「待ってください!」リラが声を上げる。
だが騎士団長――レオンの亡霊は止まらず、剣を振り下ろした。
轟音が走り、灰が吹き上がる。
カイルが間一髪で受け止める。
金属がぶつかり合い、火花のように灰の粒が散った。
「団長……俺だ、カイル・グレイアだ! あなたの部下だった!」
しかしその叫びも届かない。
レオンは怒りと怨念を帯びたまま、次々と斬撃を放つ。
その動きは生前と変わらぬ速さと重みを持っていた。
ナトが後方へ下がりながら叫んだ。
「リラ、どうするんだ! 祈りじゃ止まらない!」
リラは歯を食いしばり、祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「願わくば、灰に縛られし魂よ。彼の声を思い出して――!」
光がリラの手から放たれ、湖面を渡ってレオンの鎧へ届く。
だがその瞬間、彼の身体が激しく光を弾き、逆に祈りの光が爆ぜた。
リラが後方へ吹き飛ばされ、ナトが支える。
レオンの口がわずかに動く。
それは低く、かすれた声。
「……裏切り者……王を……守れなかった……罰を……」
その言葉にカイルの胸が軋んだ。
「団長、それは違う! 俺たちは……!」
叫びの途中で、亡霊の剣が振り上げられた。
その瞬間、灰の湖の奥底が光り、風が再び激しく吹いた。
そこから浮かび上がってきたのは、かつての王国旗。
黄金の紋章が微かに輝き、レオンの動きを止める。
リラの体を包む光も共鳴するように高まった。
「ほら、あなたの誓いを思い出して! その剣は守るためのものでしょう!」
リラの声が響く。
灰の光の中で、レオンの動きが僅かに鈍った。
彼の瞳がわずかに揺らぎ、そこに微かな色が戻り始める。
「……カイル……お前か……?」
「ええ、団長。俺です。あの時撤退を進言したのに、俺は王命を選んだ……全て俺の責任だ。」
カイルの声は苦しげだった。
「だから、俺がこの国を終わらせに行く。あの時守れなかったあなたたちを――今度こそ安らかに眠らせるために。」
レオンの手がわずかに震え、剣を支えきれずに落とす。
落ちた剣が灰に触れると、音もなく光に溶けた。
風がやんで、亡霊の鎧が崩れ始める。
「カイル……行け……王を……止めろ……それが本当の『盾』の使命だ。」
その声を最後に、レオンの姿は灰に溶けて消えた。
湖に静寂が戻り、灰の面が穏やかな波を描いた。
リラは膝をつき、壺を胸に当てて祈る。
「あなたの魂が、光の方へ向かいますように。」
ナトが呆然と呟いた。
「消えた……まるで夢みたいだ。」
カイルは剣の柄を握りしめたまま膝をつく。
「団長の魂は、まだ王を案じていた。あの人にとって王はすべてだった。」
リラが小さく頷いた。
「それなら、あなたが彼の誓いを継いで。最後の盾として。」
カイルは立ち上がり、遠くにそびえる黒い廃城の尖塔を見た。
その上空を覆う雲が渦を巻いている。
光と闇が混ざるような空の色だった。
「団長……あなたの言葉、確かに受け取った。俺はもう剣ではなく、光として王と向き合う。」
風が吹き、灰の湖に一輪だけ花が浮かんだ。
蒼い花弁が穏やかに揺れ、やがて光を反射して消えていく。
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ナトが拳を握る。
「なら、次は王の番だ。」
「そうだ。」カイルは頷く。
「灰の王を眠らせ、この国の祈りを終わらせる。それが俺たちにできる唯一の贖いだ。」
三人は再び歩き始めた。
灰の風が背を押し、遠くから鐘の音のような低い響きが聞こえる。
それはまるで、王の眠る城が三人を呼んでいるようだった。
カイルは空を仰ぎ、わずかに覗く青の欠片を見つめた。
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(続く)
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