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第9話 追憶の戦場跡
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森を抜けた先は、まるで大地そのものが焼け落ちたような平原だった。
空の灰雲が低く垂れこめ、風は焦げた金属の匂いを運んでくる。
ここが、かつてカイルたちが最後の戦いを挑んだ戦場――王国軍と外界の軍勢が衝突し、共に灰となって消えた場所。
ナトは思わず足を止めた。
「……ここが、戦場?」
「そうだ。」カイルの声が低く響く。
「俺が、全てを終わらせた場所だ。」
灰に覆われた地面のあちこちから、錆びた剣の柄や盾の破片がのぞいている。
風が吹くたび、灰が舞い上がり、まるで無数の手が空を掴むように見えた。
リラは壺を胸に抱え、静かに祈りの言葉を口にした。
「願わくば、この灰に眠る命が安らかでありますように……。」
カイルはその祈りを聞きながら、胸の奥の痛みに耐えていた。
彼の視界には、かつての仲間たちが笑って剣を掲げた光景が浮かんでくる。
その笑い声はすぐに悲鳴に変わり、血と炎の匂いが現実と重なって蘇る。
「俺が……王の命でここを焼いた。」
リラとナトが振り返る。
「敵が攻め込まれぬよう、聖灰を降らせた。それが祈りの兵器の正体だ。灰は敵も味方も選ばなかった。」
風が一瞬止まる。
その静けさが、カイルの言葉の重さを際立たせた。
リラが一歩近づき、そっと彼の腕に触れた。
「それでも、あなたはここに立っている。罪を悔いていない人は、この場所には来られない。」
「悔いて済むなら、こんな国にはなっていない。」
カイルは顔を上げ、灰色の空を見上げる。
「俺は、王の剣としてこの地を斬った。だが真の罪は――王を止めなかったことだ。」
そのとき、遠くで風の音が変わった。
低く唸るような音に、ナトが顔を向ける。
「……何か、来る!」
灰が舞い上がり、空の一角が黒く染まる。
数えきれないほどの灰の塊が渦を巻き、やがて人の形を取った。
それは、灰で作られた兵士たち。朽ちた鎧をまとい、歪んだ剣を手にしている。
「王国兵……?」リラが息を呑む。
「違う、これは――」カイルは唇を噛む。「俺が戦で殺した者たちの残滓だ。」
灰兵たちは呻くような声を上げ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その中から、一際大きな影が現れた。
全身を黒い鎧で覆い、胸の紋章には王家の印。
「……団長。」カイルの声が震えた。
その姿、動き、全てが懐かしすぎた。
若き日のカイルに剣を教え、「人を斬る前に心を守れ」と言った男。
かつての師が、今は灰に呑まれた亡霊となって立っている。
リラが祈りを紡ぐが、灰兵たちは構わず進んでくる。
その圧に、ナトが叫んだ。
「リラ、下がれ!」
だがリラは一歩も退かない。
「この人たちは迷っている。祈りが届くはず!」
リラの光が広がる。
だがその光に、団長の影が剣を振るい反発した。
「裏切り者ォォ――!」
空気が裂け、砂嵐のような灰の刃が吹き荒れる。
カイルはリラを庇いながら、剣を構え直した。
「……俺が終わらせる。」
二人の剣がぶつかり、火花が散る。
衝撃が灰の大地を揺らし、足元の骨のような欠片が砕けた。
カイルの体に血が滲む。だが、懐かしいその剣筋に動きを止める暇はなかった。
「団長……あの日、俺はあなたの命令を無視した。撤退を願ったのに、俺は王の命に従った!」
灰の騎士は言葉を発さぬまま、再度刃を振り下ろす。
金属音が響き、火の粉のような灰が舞う。
その戦いを見届けるように、リラが静かに壺を掲げた。
「灰の眠りに、光あれ。」
淡い光が広がり、灰兵たちの動きが徐々に鈍っていく。
ナトが息を呑む。
「効いてる……!」
「今だ!」カイルは叫び、団長の懐へ踏み込む。
二つの剣が交わる。
一瞬の静寂ののち、カイルの剣が鋭く閃き、団長の胸を貫いた。
灰の鎧が音を立てて崩れ落ち、黒い影が溶けるように消えていく。
最後に、低い声が風に混じった。
「……よく……やった……」
その言葉を確かに耳にした瞬間、カイルの身体から力が抜けた。
地面に膝をつき、震える手で剣を支える。
リラが駆け寄り、彼を抱きとめる。
「あなたは、彼を救ったのよ。」
「救った……のか。」
「ええ。あなたも、少しだけ許されたはず。」
灰の兵たちは完全に消え、周囲には静けさが戻った。
リラの光が淡く揺れ、その中に夏草に似た小さな青い花が咲いていた。
灰の中から花が咲く――この国では決して起こらないはずの奇跡。
ナトが驚いたように声を上げる。
「これ……生きてる。」
リラはその花を優しく撫でた。
「魂が眠りについた証。灰がようやく“死”を受け入れたの。」
カイルはその花を見つめながら、ゆっくりと立ち上がる。
「この場所だけは……もう泣かなくていい。」
風が変わった。
灰の雲の隙間から、一筋の光が地面に落ちる。
カイルは剣を地に突き、その光の中で静かに祈った。
「戦場よ、眠れ。俺の剣も、お前たちの血と共に消えていけ。」
リラはそっと彼の傍に立つ。
「あなたが王を止められなかった理由、それは“信じた”からでしょう? 罪でも、希望でも、それは祈りと同じ。」
「祈り……か。」
沈黙の中、灰の空にわずかな青が滲んでいく。
光の差す方角には、遠く黒い城の尖塔が見えた。
リラがそれを見つめて言う。
「灰の王は、きっとあなたを待っている。」
「ああ。だからこそ行こう。もう逃げはしない。」
三人は再び歩き出した。
足跡が灰の大地を刻み、その後ろでは風が優しく花を揺らしていた。
その青は弱々しくも確かな、再生の色だった。
(続く)
空の灰雲が低く垂れこめ、風は焦げた金属の匂いを運んでくる。
ここが、かつてカイルたちが最後の戦いを挑んだ戦場――王国軍と外界の軍勢が衝突し、共に灰となって消えた場所。
ナトは思わず足を止めた。
「……ここが、戦場?」
「そうだ。」カイルの声が低く響く。
「俺が、全てを終わらせた場所だ。」
灰に覆われた地面のあちこちから、錆びた剣の柄や盾の破片がのぞいている。
風が吹くたび、灰が舞い上がり、まるで無数の手が空を掴むように見えた。
リラは壺を胸に抱え、静かに祈りの言葉を口にした。
「願わくば、この灰に眠る命が安らかでありますように……。」
カイルはその祈りを聞きながら、胸の奥の痛みに耐えていた。
彼の視界には、かつての仲間たちが笑って剣を掲げた光景が浮かんでくる。
その笑い声はすぐに悲鳴に変わり、血と炎の匂いが現実と重なって蘇る。
「俺が……王の命でここを焼いた。」
リラとナトが振り返る。
「敵が攻め込まれぬよう、聖灰を降らせた。それが祈りの兵器の正体だ。灰は敵も味方も選ばなかった。」
風が一瞬止まる。
その静けさが、カイルの言葉の重さを際立たせた。
リラが一歩近づき、そっと彼の腕に触れた。
「それでも、あなたはここに立っている。罪を悔いていない人は、この場所には来られない。」
「悔いて済むなら、こんな国にはなっていない。」
カイルは顔を上げ、灰色の空を見上げる。
「俺は、王の剣としてこの地を斬った。だが真の罪は――王を止めなかったことだ。」
そのとき、遠くで風の音が変わった。
低く唸るような音に、ナトが顔を向ける。
「……何か、来る!」
灰が舞い上がり、空の一角が黒く染まる。
数えきれないほどの灰の塊が渦を巻き、やがて人の形を取った。
それは、灰で作られた兵士たち。朽ちた鎧をまとい、歪んだ剣を手にしている。
「王国兵……?」リラが息を呑む。
「違う、これは――」カイルは唇を噛む。「俺が戦で殺した者たちの残滓だ。」
灰兵たちは呻くような声を上げ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
その中から、一際大きな影が現れた。
全身を黒い鎧で覆い、胸の紋章には王家の印。
「……団長。」カイルの声が震えた。
その姿、動き、全てが懐かしすぎた。
若き日のカイルに剣を教え、「人を斬る前に心を守れ」と言った男。
かつての師が、今は灰に呑まれた亡霊となって立っている。
リラが祈りを紡ぐが、灰兵たちは構わず進んでくる。
その圧に、ナトが叫んだ。
「リラ、下がれ!」
だがリラは一歩も退かない。
「この人たちは迷っている。祈りが届くはず!」
リラの光が広がる。
だがその光に、団長の影が剣を振るい反発した。
「裏切り者ォォ――!」
空気が裂け、砂嵐のような灰の刃が吹き荒れる。
カイルはリラを庇いながら、剣を構え直した。
「……俺が終わらせる。」
二人の剣がぶつかり、火花が散る。
衝撃が灰の大地を揺らし、足元の骨のような欠片が砕けた。
カイルの体に血が滲む。だが、懐かしいその剣筋に動きを止める暇はなかった。
「団長……あの日、俺はあなたの命令を無視した。撤退を願ったのに、俺は王の命に従った!」
灰の騎士は言葉を発さぬまま、再度刃を振り下ろす。
金属音が響き、火の粉のような灰が舞う。
その戦いを見届けるように、リラが静かに壺を掲げた。
「灰の眠りに、光あれ。」
淡い光が広がり、灰兵たちの動きが徐々に鈍っていく。
ナトが息を呑む。
「効いてる……!」
「今だ!」カイルは叫び、団長の懐へ踏み込む。
二つの剣が交わる。
一瞬の静寂ののち、カイルの剣が鋭く閃き、団長の胸を貫いた。
灰の鎧が音を立てて崩れ落ち、黒い影が溶けるように消えていく。
最後に、低い声が風に混じった。
「……よく……やった……」
その言葉を確かに耳にした瞬間、カイルの身体から力が抜けた。
地面に膝をつき、震える手で剣を支える。
リラが駆け寄り、彼を抱きとめる。
「あなたは、彼を救ったのよ。」
「救った……のか。」
「ええ。あなたも、少しだけ許されたはず。」
灰の兵たちは完全に消え、周囲には静けさが戻った。
リラの光が淡く揺れ、その中に夏草に似た小さな青い花が咲いていた。
灰の中から花が咲く――この国では決して起こらないはずの奇跡。
ナトが驚いたように声を上げる。
「これ……生きてる。」
リラはその花を優しく撫でた。
「魂が眠りについた証。灰がようやく“死”を受け入れたの。」
カイルはその花を見つめながら、ゆっくりと立ち上がる。
「この場所だけは……もう泣かなくていい。」
風が変わった。
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カイルは剣を地に突き、その光の中で静かに祈った。
「戦場よ、眠れ。俺の剣も、お前たちの血と共に消えていけ。」
リラはそっと彼の傍に立つ。
「あなたが王を止められなかった理由、それは“信じた”からでしょう? 罪でも、希望でも、それは祈りと同じ。」
「祈り……か。」
沈黙の中、灰の空にわずかな青が滲んでいく。
光の差す方角には、遠く黒い城の尖塔が見えた。
リラがそれを見つめて言う。
「灰の王は、きっとあなたを待っている。」
「ああ。だからこそ行こう。もう逃げはしない。」
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