1 / 3
前編
しおりを挟む
崩れた瓦礫の山と亡骸が重なり合う中、真っ黒なドレスを着て佇むのは一人の女。
「ふふ、やっと降り出したのね」
女が生まれたのは明け方だった。
「あれは人じゃねぇ、旅人の女が産気づいたと深夜に扉を何度も叩くから起こされたんじゃ。
扉を開けると異国の服を着た女は腹だけが膨れ手足は枯れ枝みたいじゃった。
余りにも必死になっておったから、中へ入れてやったが、既に破水しておった。自力で歩くのもやっとだっただろう…
部屋に着く頃には頭が少し見えて、女を仰向けに寝かせたんじゃ。
赤子は、産まれても泣きもせん。ワシの顔をただじっと見つめる瞳は赤く、赤子を抱く手が震えたもんじゃ。
フゥフゥと息を吐く女の懐から取り出した銀貨。ワシは… ワシは銀貨を奪い女と赤子を納屋へ引き攣り入れた。
許してくれ、ワシも生きて行く為にしたんじゃ。死にとうない、死にとうない」
「覚えてんぜ、乳飲み子抱えた女だろ?
ほら、そこんとこに小屋があるの見えるか?
確か、あんな感じの小屋だったな。
奴隷でも、もちっとマシな暮らしするのによ。あの女、俺たちが近づくだけで威嚇しやがる。
でもよ、女衆が色々と手ぇ出して。少しずつ慣れて来たと思ったのによ…
銀貨を女衆の人数分置いて、居なくなった。
え? 女じゃなくガキの方か?
泣いた所は見たこたぁねぇ。もちろん声を聞いたって奴も知らねぇな」
「あぁ! 覚えてる覚えてる。セイだろ? まだ小さいのに母親が寝たきりになったって…
うちは商売してても生活はギリギリだからさ、施しなんてしてやれなかったけど。そりゃあ一生懸命働いてくれたもんさ。
でもね… 急に来なくなったんだよ。
旦那に頼んで若い衆に探して貰ったんだけど、見つからなかった。
あの子が悪いんじゃない、頭では分かってんだよ。でも、うちも商売してんだろ? 彼らに逆らう事なんて出来なかったから、探すのは諦めたのさ。
うちの旦那が、深夜に見かけた事があるみたいでよ。
セイの母親の上で狂ったように腰を振る男と泣き叫ぶ声を。
でも、セイの小屋へ近づく前に止められたらしい。
セイか? あぁ旦那が言ってたね。母親が泣き叫ぶも膝を抱えてじっと見ていたらしい。泣きもしなかったんだと」
「セイの母親か? ここに来た時は居なかったな。
あの女に狂わされた男なんて、ごまんといる。あんたもその口か?
男なら一度は夢に見るよなぁ。でもセイだけはヤメとけ、あの女に関わるとろくな事にならねぇ。
無垢な少女、男を手玉に取る悪女、か弱い女、それから何だったか。
ともかく、みんなてんでバラバラな事を言いやがる。セイが微笑むだけで何人もの男はセイの事しか考えられなくなるんだとかな。
俺か? なんかあの赤い眼が怖くてな、近寄った事すらねぇよ」
「誰だよお前。俺を嗤いにきたのか!
はっ? セイの話を聞きたい?
あの女に会わなきゃ、俺はこんな場所に居なかった。
あの女は悪魔だ。俺の全てを壊したんだからな…
違う… 悪いのは父だ。
なぁお前知ってるか? セイの母親の事。俺は知ってる、父が執着してたのも知ってたんだ…
だってセイの母親は○○で○○○○なんだろ?
あぁ、いくら落ちぶれても命は惜しい。幾ら払う?
そうか、なら話してやるよ。セイは母親の遺体を取り戻しに来たんだ。
父の狂った姿を初めて見た時は、何度も吐いたが。確かに父が執着するのも分かる…
これはセイの復讐… なんだろうな。
もういいか? これ以上は俺も知らない」
「あの女が全て悪いのよ! 私は悪くない!
あなたもそう思うでしょ? 私からラインハルト様も奪い、淫婦のように次々と男を誑かす女。私達が身の程を弁えるよう何度も教えたのに聞き入れなかったわ!
セイ? 私の可愛い息子を誑かしたあの女の娘?
殺してやる… あの女もセイって女も殺してやる…
返してよ! ねぇ本当は生きているのよね? ラインハルト様も息子もまだ帰って来ていないの。
あら? 屋敷が騒がしいわね。
私のあの人が帰って来たのかしら?
ねぇ、アラン。お父様がお帰りになったわ、お母様と一緒に行きましょうね。
ほら、手を繋いで… アラン?
私のアランを何処へ連れて行ったの! 返して! アラン、お母様よ、かくれんぼかしら?…」
「それで? セイの事が気になったの? それとも母親の方かしら?
まぁいいわ。
結論を先に教えてあげる。
セイは聖奈の娘で、もちろん力も受け継いだの。
ふふ、セイはあの人達の誰の子でも無いわ。聖奈はずっとあの人達から逃げるチャンスを狙ってたのよ。
キレイな宝石も、豪華なドレスも、贅沢な食事や住まいも…
聖奈が自分から欲しいと聞いた事あるかしら?
この世を救う為に犠牲となったのが、この世の者では無かった。
私達はね、間違えたのよ。
それでも私は聖奈に頼って欲しかった…
話が逸れたわね。
セイが聖奈の遺体の一部と共に現れた時、覚悟を決めたの。
誰を敵にまわしても、私だけは味方になろうとセイに誓ったわ。
なのに、セイは笑うのよ。
『お母さんは、あなたの事を話す時は笑ってたの。お母さんは泣かなきゃダメなんでしょ?』
己が炎に身を投じようと、私はあの子を… セイを守る覚悟があった。
なのに、それすら拒否されてしまったのよ」
森の中にひっそり建つ洋館から出ると、俺は目深に外套を被り振り返る事はしなかった。
一目惚れだった。誰より美しく、誰より愉しげで、誰よりも幼い。
『ねぇ、内緒話をしましょ。
私ね、夢があるの…
それを叶えた先には、きっと素晴らしい世界が広がるのよ』
彼女が夢の先に見た、素晴らしい世界。
これを望んでいたのかい?
あの日から幾つ年を重ねただろう。灼熱の太陽を見上げても、誰も答えてはくれない。
聖奈と名乗った女は、この地を救う為に異世界から呼び出され。
真っ白な服を身に纏う姿に、誰しもが目を奪われた。
この地に身を留める為。王が、王子が、貴族が…
毎夜、彼女を穢す。彼女が泣き叫ぶほど恵みの雨は降り注ぎ、砂漠の砂に飲み込まれようとした国が息を吹き返した。
曰く、彼女との一夜は天にも昇る快楽を齎す。
曰く、彼女の涙はどんな宝石より美しい。
曰く、彼女とまぐわうのは一度きり。
しかし、一度知ってしまった甘美な蜜を諦める男は一人として居なかった。
「セイ…」
ポツリと零れ落ちた言葉は、乾いた空に消えた…
「ふふ、やっと降り出したのね」
女が生まれたのは明け方だった。
「あれは人じゃねぇ、旅人の女が産気づいたと深夜に扉を何度も叩くから起こされたんじゃ。
扉を開けると異国の服を着た女は腹だけが膨れ手足は枯れ枝みたいじゃった。
余りにも必死になっておったから、中へ入れてやったが、既に破水しておった。自力で歩くのもやっとだっただろう…
部屋に着く頃には頭が少し見えて、女を仰向けに寝かせたんじゃ。
赤子は、産まれても泣きもせん。ワシの顔をただじっと見つめる瞳は赤く、赤子を抱く手が震えたもんじゃ。
フゥフゥと息を吐く女の懐から取り出した銀貨。ワシは… ワシは銀貨を奪い女と赤子を納屋へ引き攣り入れた。
許してくれ、ワシも生きて行く為にしたんじゃ。死にとうない、死にとうない」
「覚えてんぜ、乳飲み子抱えた女だろ?
ほら、そこんとこに小屋があるの見えるか?
確か、あんな感じの小屋だったな。
奴隷でも、もちっとマシな暮らしするのによ。あの女、俺たちが近づくだけで威嚇しやがる。
でもよ、女衆が色々と手ぇ出して。少しずつ慣れて来たと思ったのによ…
銀貨を女衆の人数分置いて、居なくなった。
え? 女じゃなくガキの方か?
泣いた所は見たこたぁねぇ。もちろん声を聞いたって奴も知らねぇな」
「あぁ! 覚えてる覚えてる。セイだろ? まだ小さいのに母親が寝たきりになったって…
うちは商売してても生活はギリギリだからさ、施しなんてしてやれなかったけど。そりゃあ一生懸命働いてくれたもんさ。
でもね… 急に来なくなったんだよ。
旦那に頼んで若い衆に探して貰ったんだけど、見つからなかった。
あの子が悪いんじゃない、頭では分かってんだよ。でも、うちも商売してんだろ? 彼らに逆らう事なんて出来なかったから、探すのは諦めたのさ。
うちの旦那が、深夜に見かけた事があるみたいでよ。
セイの母親の上で狂ったように腰を振る男と泣き叫ぶ声を。
でも、セイの小屋へ近づく前に止められたらしい。
セイか? あぁ旦那が言ってたね。母親が泣き叫ぶも膝を抱えてじっと見ていたらしい。泣きもしなかったんだと」
「セイの母親か? ここに来た時は居なかったな。
あの女に狂わされた男なんて、ごまんといる。あんたもその口か?
男なら一度は夢に見るよなぁ。でもセイだけはヤメとけ、あの女に関わるとろくな事にならねぇ。
無垢な少女、男を手玉に取る悪女、か弱い女、それから何だったか。
ともかく、みんなてんでバラバラな事を言いやがる。セイが微笑むだけで何人もの男はセイの事しか考えられなくなるんだとかな。
俺か? なんかあの赤い眼が怖くてな、近寄った事すらねぇよ」
「誰だよお前。俺を嗤いにきたのか!
はっ? セイの話を聞きたい?
あの女に会わなきゃ、俺はこんな場所に居なかった。
あの女は悪魔だ。俺の全てを壊したんだからな…
違う… 悪いのは父だ。
なぁお前知ってるか? セイの母親の事。俺は知ってる、父が執着してたのも知ってたんだ…
だってセイの母親は○○で○○○○なんだろ?
あぁ、いくら落ちぶれても命は惜しい。幾ら払う?
そうか、なら話してやるよ。セイは母親の遺体を取り戻しに来たんだ。
父の狂った姿を初めて見た時は、何度も吐いたが。確かに父が執着するのも分かる…
これはセイの復讐… なんだろうな。
もういいか? これ以上は俺も知らない」
「あの女が全て悪いのよ! 私は悪くない!
あなたもそう思うでしょ? 私からラインハルト様も奪い、淫婦のように次々と男を誑かす女。私達が身の程を弁えるよう何度も教えたのに聞き入れなかったわ!
セイ? 私の可愛い息子を誑かしたあの女の娘?
殺してやる… あの女もセイって女も殺してやる…
返してよ! ねぇ本当は生きているのよね? ラインハルト様も息子もまだ帰って来ていないの。
あら? 屋敷が騒がしいわね。
私のあの人が帰って来たのかしら?
ねぇ、アラン。お父様がお帰りになったわ、お母様と一緒に行きましょうね。
ほら、手を繋いで… アラン?
私のアランを何処へ連れて行ったの! 返して! アラン、お母様よ、かくれんぼかしら?…」
「それで? セイの事が気になったの? それとも母親の方かしら?
まぁいいわ。
結論を先に教えてあげる。
セイは聖奈の娘で、もちろん力も受け継いだの。
ふふ、セイはあの人達の誰の子でも無いわ。聖奈はずっとあの人達から逃げるチャンスを狙ってたのよ。
キレイな宝石も、豪華なドレスも、贅沢な食事や住まいも…
聖奈が自分から欲しいと聞いた事あるかしら?
この世を救う為に犠牲となったのが、この世の者では無かった。
私達はね、間違えたのよ。
それでも私は聖奈に頼って欲しかった…
話が逸れたわね。
セイが聖奈の遺体の一部と共に現れた時、覚悟を決めたの。
誰を敵にまわしても、私だけは味方になろうとセイに誓ったわ。
なのに、セイは笑うのよ。
『お母さんは、あなたの事を話す時は笑ってたの。お母さんは泣かなきゃダメなんでしょ?』
己が炎に身を投じようと、私はあの子を… セイを守る覚悟があった。
なのに、それすら拒否されてしまったのよ」
森の中にひっそり建つ洋館から出ると、俺は目深に外套を被り振り返る事はしなかった。
一目惚れだった。誰より美しく、誰より愉しげで、誰よりも幼い。
『ねぇ、内緒話をしましょ。
私ね、夢があるの…
それを叶えた先には、きっと素晴らしい世界が広がるのよ』
彼女が夢の先に見た、素晴らしい世界。
これを望んでいたのかい?
あの日から幾つ年を重ねただろう。灼熱の太陽を見上げても、誰も答えてはくれない。
聖奈と名乗った女は、この地を救う為に異世界から呼び出され。
真っ白な服を身に纏う姿に、誰しもが目を奪われた。
この地に身を留める為。王が、王子が、貴族が…
毎夜、彼女を穢す。彼女が泣き叫ぶほど恵みの雨は降り注ぎ、砂漠の砂に飲み込まれようとした国が息を吹き返した。
曰く、彼女との一夜は天にも昇る快楽を齎す。
曰く、彼女の涙はどんな宝石より美しい。
曰く、彼女とまぐわうのは一度きり。
しかし、一度知ってしまった甘美な蜜を諦める男は一人として居なかった。
「セイ…」
ポツリと零れ落ちた言葉は、乾いた空に消えた…
0
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
『伯爵令嬢 爆死する』
三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。
その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。
カクヨムでも公開しています。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる