笑う女

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前編

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崩れた瓦礫の山と亡骸が重なり合う中、真っ黒なドレスを着て佇むのは一人の女。

「ふふ、やっと降り出したのね」






女が生まれたのは明け方だった。


「あれは人じゃねぇ、旅人の女が産気づいたと深夜に扉を何度も叩くから起こされたんじゃ。
扉を開けると異国の服を着た女は腹だけが膨れ手足は枯れ枝みたいじゃった。

余りにも必死になっておったから、中へ入れてやったが、既に破水しておった。自力で歩くのもやっとだっただろう…

部屋に着く頃には頭が少し見えて、女を仰向けに寝かせたんじゃ。

赤子は、産まれても泣きもせん。ワシの顔をただじっと見つめる瞳は赤く、赤子を抱く手が震えたもんじゃ。

フゥフゥと息を吐く女の懐から取り出した銀貨。ワシは… ワシは銀貨を奪い女と赤子を納屋へ引き攣り入れた。

許してくれ、ワシも生きて行く為にしたんじゃ。死にとうない、死にとうない」



「覚えてんぜ、乳飲み子抱えた女だろ? 
ほら、そこんとこに小屋があるの見えるか?
確か、あんな感じの小屋だったな。
奴隷でも、もちっとマシな暮らしするのによ。あの女、俺たちが近づくだけで威嚇しやがる。

でもよ、女衆が色々と手ぇ出して。少しずつ慣れて来たと思ったのによ…

銀貨を女衆の人数分置いて、居なくなった。
え? 女じゃなくガキの方か?

泣いた所は見たこたぁねぇ。もちろん声を聞いたって奴も知らねぇな」




「あぁ! 覚えてる覚えてる。セイだろ? まだ小さいのに母親が寝たきりになったって…

うちは商売してても生活はギリギリだからさ、施しなんてしてやれなかったけど。そりゃあ一生懸命働いてくれたもんさ。

でもね… 急に来なくなったんだよ。
旦那に頼んで若い衆に探して貰ったんだけど、見つからなかった。

あの子が悪いんじゃない、頭では分かってんだよ。でも、うちも商売してんだろ? 彼らに逆らう事なんて出来なかったから、探すのは諦めたのさ。

うちの旦那が、深夜に見かけた事があるみたいでよ。
セイの母親の上で狂ったように腰を振る男と泣き叫ぶ声を。
でも、セイの小屋へ近づく前に止められたらしい。

セイか? あぁ旦那が言ってたね。母親が泣き叫ぶも膝を抱えてじっと見ていたらしい。泣きもしなかったんだと」




「セイの母親か? ここに来た時は居なかったな。

あの女に狂わされた男なんて、ごまんといる。あんたもその口か?

男なら一度は夢に見るよなぁ。でもセイだけはヤメとけ、あの女に関わるとろくな事にならねぇ。

無垢な少女、男を手玉に取る悪女、か弱い女、それから何だったか。

ともかく、みんなてんでバラバラな事を言いやがる。セイが微笑むだけで何人もの男はセイの事しか考えられなくなるんだとかな。

俺か? なんかあの赤い眼が怖くてな、近寄った事すらねぇよ」




「誰だよお前。俺を嗤いにきたのか!
はっ? セイの話を聞きたい?
あの女に会わなきゃ、俺はこんな場所に居なかった。

あの女は悪魔だ。俺の全てを壊したんだからな…



違う… 悪いのは父だ。

なぁお前知ってるか? セイの母親の事。俺は知ってる、父が執着してたのも知ってたんだ…

だってセイの母親は○○で○○○○なんだろ?
あぁ、いくら落ちぶれても命は惜しい。幾ら払う? 

そうか、なら話してやるよ。セイは母親の遺体を取り戻しに来たんだ。
父の狂った姿を初めて見た時は、何度も吐いたが。確かに父が執着するのも分かる…

これはセイの復讐… なんだろうな。

もういいか? これ以上は俺も知らない」




「あの女が全て悪いのよ! 私は悪くない!

あなたもそう思うでしょ? 私からラインハルト様も奪い、淫婦のように次々と男を誑かす女。私達が身の程を弁えるよう何度も教えたのに聞き入れなかったわ!

セイ? 私の可愛い息子を誑かしたあの女の娘?

殺してやる… あの女もセイって女も殺してやる…

返してよ! ねぇ本当は生きているのよね? ラインハルト様も息子もまだ帰って来ていないの。


あら? 屋敷が騒がしいわね。
私のあの人が帰って来たのかしら?
ねぇ、アラン。お父様がお帰りになったわ、お母様と一緒に行きましょうね。
ほら、手を繋いで… アラン? 

私のアランを何処へ連れて行ったの! 返して! アラン、お母様よ、かくれんぼかしら?…」




「それで? セイの事が気になったの? それとも母親の方かしら?

まぁいいわ。

結論を先に教えてあげる。

セイは聖奈セイナの娘で、もちろん力も受け継いだの。
ふふ、セイはあの人達の誰の子でも無いわ。聖奈はずっとあの人達から逃げるチャンスを狙ってたのよ。

キレイな宝石も、豪華なドレスも、贅沢な食事や住まいも…

聖奈が自分から欲しいと聞いた事あるかしら?

この世を救う為に犠牲となったのが、この世の者では無かった。

私達はね、間違えたのよ。
それでも私は聖奈に頼って欲しかった…

話が逸れたわね。

セイが聖奈の遺体の一部と共に現れた時、覚悟を決めたの。
誰を敵にまわしても、私だけは味方になろうとセイに誓ったわ。

なのに、セイは笑うのよ。

『お母さんは、あなたの事を話す時は笑ってたの。お母さんは泣かなきゃダメなんでしょ?』

己が炎に身を投じようと、私はあの子を… セイを守る覚悟があった。
なのに、それすら拒否されてしまったのよ」




森の中にひっそり建つ洋館から出ると、俺は目深に外套を被り振り返る事はしなかった。



一目惚れだった。誰より美しく、誰より愉しげで、誰よりも幼い。

『ねぇ、内緒話をしましょ。
私ね、夢があるの…
それを叶えた先には、きっと素晴らしい世界が広がるのよ』

彼女が夢の先に見た、素晴らしい世界。
これを望んでいたのかい?

あの日から幾つ年を重ねただろう。灼熱の太陽を見上げても、誰も答えてはくれない。



聖奈と名乗った女は、この地を救う為に異世界から呼び出され。
真っ白な服を身に纏う姿に、誰しもが目を奪われた。

この地に身を留める為。王が、王子が、貴族が…
毎夜、彼女を穢す。彼女が泣き叫ぶほど恵みの雨は降り注ぎ、砂漠の砂に飲み込まれようとした国が息を吹き返した。

曰く、彼女との一夜は天にも昇る快楽を齎す。
曰く、彼女の涙はどんな宝石より美しい。
曰く、彼女とまぐわうのは一度きり。

しかし、一度知ってしまった甘美な蜜を諦める男は一人として居なかった。


「セイ…」

ポツリと零れ落ちた言葉は、乾いた空に消えた…




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