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中編
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「変ね? 私、泣いてないのに」
チャポン、チャポンと水溜りを見つけると踊るように進むのは一人の少女。
「お母さんが泣いているのかしら? ふふ、良かったわね。ほら、いっぱい降っているわ」
だって、みんな言ってたわ。
雨が降る為にしていると、お母さんは泣かなければならないと。
「ほら、みーんな幸せよ」
川が増水して、村が濁流に飲み込まれたんだって。
作物が育たなくて、食べる物が無いんだって。
山が崩れて、何人も生き埋めになったんだって。
ふふ、でも雨が欲しいってみんな言ってたじゃない。良かったわね。
「やっと見つけたぞ。早く雨を止ませろ」
「何で?」
「お前は何も思わないのか! この長雨のせいで多くの犠牲が出ているじゃないか!
おい、この娘を捕まえろ!」
白亜の城。その中でも一際豪華な謁見の間に、ポツンと立っているのは。
「死ねって言われたの。でも、何で私が死ななきゃいけないの? 分からないから、聞きにきたのよ」
「っ! お前が手に持っているのは…」
「あぁ、だって私が何を聞いても答えてくれなかったの。お母さんを出せって言うのよ。
でも、死んじゃったから無理だって言ったら、悪魔は死ねって言うんだもの。
じゃあ、私を殺そうとした人を殺して何が悪いの?」
コロンと床に転がったのは、この国の皇太子の首。玉座に座るのは、かつて聖奈を穢した一人の男。
「お母さんがね、教えてくれたの。セイは泣いちゃダメって、何があっても笑っていなさいって」
この場に居る誰もが声を発する事が出来なかった。
目の前に居る少女は、聖奈に瓜二つなのに真っ赤な瞳だけが違う。
少女の口元が弧を描き、瞳が細められると男たちだけでなく、女も少女から目が離せなくなる。
「ね? 何故、私を殺そうとしたの?」
「ま、惑わされるな!! 殺せ!」
これは誰の声だったのか。
「そうだ! 早く殺せ!」
屈強な男たちが少女へ剣を向け一斉に襲いかかる。
「変なの、あんなに雨を降らせろって言ったのに」
少女が掌にフッと息を吹きかけた瞬間。バタバタとまるで波紋のように男たちは床へ倒れ込んだ。
「ば、ばけもの… 逃げろ!!」
我先に逃げ惑う人々を見ていた少女は、声を上げ愉しげに笑いだした。
「お母さん私、笑っているわ!」
少女の笑い声が響くたび雲は割れ、空に太陽が再びこの国を照らす。
「はは! あはははは!!」
いつの間にか雨は止み、澄み渡る青空はどこまでも続く。
「ねぇ、お姉さんは何でそんなに泣きそうな顔してるの?」
一人の男の子が少女に近寄り。不思議そうに顔を見上げてきた。
「ねぇ、内緒話をしましょ。
私ね、夢があるの…
それを叶えた先には、きっと素晴らしい世界が広がるのよ」
「ふーん。その世界に僕も行ける?」
「ええ、きっと行けるわ」
「アスラ!! 勝手に部屋を出てはダメだと言っておいたのに! 早くこっちへいらっしゃい!」
「大丈夫だよ、お姉さんが笑うと。ほら、遠くのお空が晴れてきたよ」
男の子の言葉に、逃げ惑っていた人々が窓の外を見上げる。
「晴れたぞ…」
「雨が… 止んだ」
「陽の光が再び戻ってきた!!」
先ほどの事を全て忘れたかのように、歓喜する大人たち。
「じゃあね。さようなら」
「もう会えないの?」
「きっと」
この日から、私達の国は破滅への新たな道を進む事となる。
国が晴れを喜んだのは少しの間だけ。
一ヶ月もすると一滴も降らない雨に人々は小さな争いを始めた。
長雨で沢山の水を蓄えた湖、轟々と濁流と化した川は静けさを取り戻し、井戸が幾つも掘られた。
しかし、雨が降らない中。多くの水は貴族が囲い込む。
水を独占する貴族へ、今までの鬱憤が爆発した平民に貴族は蹂躪された。それは小さな波紋…
平民は数を増やし、水の奪還を始めるが降り注ぐのは陽射しだけで雨は一滴も降らない。水を求め人々は移動するも、湖も川も井戸も干上がり数え切れない人が干乾びていく。
その中でいつまでも止まない雨が降り注ぐのは王城の周りだけ。
水を求める人々に、救いの手を差し出していれば変わったのだろうか?
広大な城で住まうのは、高貴な身分の者と限られた人間のみ。
「この地を開放すべきです!」
「それで? 暴徒化した愚民を救えと?」
「父上! 我らの民ではないのですか!」
この国の公爵である父が、次期公爵である兄とまた口論をしている。
古い考え方をする父は、王家や貴族が無事なら何とも思わない。逆に兄は領民だけでなく民全てを守るのが王家であり貴族だと主張する。
「近々、また儀式が行われる。聖女さえ召喚すれば問題は無い」
「私は反対です! またセイナのような犠牲者を増やすおつもりですか!」
「もう一度、あの快感を味わえるんだ。誰も反対などしない」
「父上!!」
「心配するな、お前も時期に味わえる」
扉の外まで聞こえる話は、まだ終わりそうも無い。
「アスラ」
「お母様!」
アスラを探しにきた母が駆け寄り、扉を一瞥すると。アスラの両耳に手を当て悲しげに微笑んだ。
「お母様もあのお姉さんみたいに笑うんだね」
何も答えない母親はいつまで悲しげに微笑んでいた。
チャポン、チャポンと水溜りを見つけると踊るように進むのは一人の少女。
「お母さんが泣いているのかしら? ふふ、良かったわね。ほら、いっぱい降っているわ」
だって、みんな言ってたわ。
雨が降る為にしていると、お母さんは泣かなければならないと。
「ほら、みーんな幸せよ」
川が増水して、村が濁流に飲み込まれたんだって。
作物が育たなくて、食べる物が無いんだって。
山が崩れて、何人も生き埋めになったんだって。
ふふ、でも雨が欲しいってみんな言ってたじゃない。良かったわね。
「やっと見つけたぞ。早く雨を止ませろ」
「何で?」
「お前は何も思わないのか! この長雨のせいで多くの犠牲が出ているじゃないか!
おい、この娘を捕まえろ!」
白亜の城。その中でも一際豪華な謁見の間に、ポツンと立っているのは。
「死ねって言われたの。でも、何で私が死ななきゃいけないの? 分からないから、聞きにきたのよ」
「っ! お前が手に持っているのは…」
「あぁ、だって私が何を聞いても答えてくれなかったの。お母さんを出せって言うのよ。
でも、死んじゃったから無理だって言ったら、悪魔は死ねって言うんだもの。
じゃあ、私を殺そうとした人を殺して何が悪いの?」
コロンと床に転がったのは、この国の皇太子の首。玉座に座るのは、かつて聖奈を穢した一人の男。
「お母さんがね、教えてくれたの。セイは泣いちゃダメって、何があっても笑っていなさいって」
この場に居る誰もが声を発する事が出来なかった。
目の前に居る少女は、聖奈に瓜二つなのに真っ赤な瞳だけが違う。
少女の口元が弧を描き、瞳が細められると男たちだけでなく、女も少女から目が離せなくなる。
「ね? 何故、私を殺そうとしたの?」
「ま、惑わされるな!! 殺せ!」
これは誰の声だったのか。
「そうだ! 早く殺せ!」
屈強な男たちが少女へ剣を向け一斉に襲いかかる。
「変なの、あんなに雨を降らせろって言ったのに」
少女が掌にフッと息を吹きかけた瞬間。バタバタとまるで波紋のように男たちは床へ倒れ込んだ。
「ば、ばけもの… 逃げろ!!」
我先に逃げ惑う人々を見ていた少女は、声を上げ愉しげに笑いだした。
「お母さん私、笑っているわ!」
少女の笑い声が響くたび雲は割れ、空に太陽が再びこの国を照らす。
「はは! あはははは!!」
いつの間にか雨は止み、澄み渡る青空はどこまでも続く。
「ねぇ、お姉さんは何でそんなに泣きそうな顔してるの?」
一人の男の子が少女に近寄り。不思議そうに顔を見上げてきた。
「ねぇ、内緒話をしましょ。
私ね、夢があるの…
それを叶えた先には、きっと素晴らしい世界が広がるのよ」
「ふーん。その世界に僕も行ける?」
「ええ、きっと行けるわ」
「アスラ!! 勝手に部屋を出てはダメだと言っておいたのに! 早くこっちへいらっしゃい!」
「大丈夫だよ、お姉さんが笑うと。ほら、遠くのお空が晴れてきたよ」
男の子の言葉に、逃げ惑っていた人々が窓の外を見上げる。
「晴れたぞ…」
「雨が… 止んだ」
「陽の光が再び戻ってきた!!」
先ほどの事を全て忘れたかのように、歓喜する大人たち。
「じゃあね。さようなら」
「もう会えないの?」
「きっと」
この日から、私達の国は破滅への新たな道を進む事となる。
国が晴れを喜んだのは少しの間だけ。
一ヶ月もすると一滴も降らない雨に人々は小さな争いを始めた。
長雨で沢山の水を蓄えた湖、轟々と濁流と化した川は静けさを取り戻し、井戸が幾つも掘られた。
しかし、雨が降らない中。多くの水は貴族が囲い込む。
水を独占する貴族へ、今までの鬱憤が爆発した平民に貴族は蹂躪された。それは小さな波紋…
平民は数を増やし、水の奪還を始めるが降り注ぐのは陽射しだけで雨は一滴も降らない。水を求め人々は移動するも、湖も川も井戸も干上がり数え切れない人が干乾びていく。
その中でいつまでも止まない雨が降り注ぐのは王城の周りだけ。
水を求める人々に、救いの手を差し出していれば変わったのだろうか?
広大な城で住まうのは、高貴な身分の者と限られた人間のみ。
「この地を開放すべきです!」
「それで? 暴徒化した愚民を救えと?」
「父上! 我らの民ではないのですか!」
この国の公爵である父が、次期公爵である兄とまた口論をしている。
古い考え方をする父は、王家や貴族が無事なら何とも思わない。逆に兄は領民だけでなく民全てを守るのが王家であり貴族だと主張する。
「近々、また儀式が行われる。聖女さえ召喚すれば問題は無い」
「私は反対です! またセイナのような犠牲者を増やすおつもりですか!」
「もう一度、あの快感を味わえるんだ。誰も反対などしない」
「父上!!」
「心配するな、お前も時期に味わえる」
扉の外まで聞こえる話は、まだ終わりそうも無い。
「アスラ」
「お母様!」
アスラを探しにきた母が駆け寄り、扉を一瞥すると。アスラの両耳に手を当て悲しげに微笑んだ。
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