望まない

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本編

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誰が呼んでなんて頼んだの?
私を勝手に攫ったのはアナタ達なのに、私を憎むなんて変な話よね。

大切な人が命をかけて聖女を呼んだのだから、役目を果たせ?

ねぇ、私は大切な人達と引き離されたんだけど。
ねぇ、私は向こうの世界で幸せだったんだけど。
ねぇ、アナタ達は私から恨まれるとは考え無かったの?


妖艶に嗤う聖女サキに、会場に集まる者たちは何も言葉を発する事は出来なかった。





長らく続いた隣国との戦で、このハルイ国はもう壊滅状態寸前であった。
それ以外にも、ハルイ国は瘴気の森を有しており。隣国ヒルイの目的は、ハルイ国を植民地支配して瘴気の森から採れる豊かな資源を独占する事だ。

それでも、今まではヒルイ国からの攻撃を凌いでいたが。国境にある辺境伯を落とされた事で、勝機と見たのか一気に攻め込んで来た。

もたらせれる知らせは、徐々に国の中心である王都へと迫っていた。

このまま朽ちるしかないのか…

誰しもが諦めかけた時。

王家の純潔の乙女であるニの姫が自らの胸に短剣を刺し。伝説としてあった聖女召喚を成し遂げたのだ。

招かれた聖女は、最前線で戦っていた場所へ現れ。目も眩む光を発しながら、ヒルイ国の兵士達を一瞬で殺した。

聖女が現れた場所には、大きなクレーターが出来。意思すら持たない兵器の様に、そのままヒルイ国へ向かい、国を壊滅してしまった。

瓦礫と化したヒルイ国は、戦争を止め自国の復興へと舵を切り。穏健派と呼ばれた者たちからハルイ国へと平和条約を結びたいと伝令を受けた。

感情を持たない兵器の様な聖女は、ヒルイ国を攻め落とした後。ニの姫が亡くなった教会の陣へ現れ、ふらりと倒れ込んでしまう。

真っ黒な髪を持つ、見た事の無い肌の女性は、あの光と共に現れた人間だとすぐに分かった。


それから一ヶ月。

城で目覚めた聖女は、名をサキと名乗り。こちらへ来た時の事を覚えてはいなかった。

聖女サキは、泣き叫びながら『元の世界へ返して』と言っていたが。そもそも聖女召喚など、おとぎ話だと思っていた者たちが聖女サキを元の世界へ送る術など知らず。
しかも、皆に愛されたニの姫が命をかけて呼んだにも関わらず、部屋から出ない聖女サキへの不満は貴族から平民へと広がっていった。


「私が後見人となろう」

そう声を上げたのは、王弟であるブルーノであった。
騎士団長でもあり、人望も厚く貴族達はブルーノならと納得した。

王妃と一の姫は喪に服し公の場へ出て来ない。王と王太子も、確かに戦争は終わったが、大国であったヒルイ国をたった一人で壊滅状態にさせた聖女の扱いについて頭を悩ませていたのだ。

「味方であるのなら良いが、逆らうなら殺すしかあるまい」
「奴隷契約をしましょう、このままヒルイ国が黙っているとは思えない」
「叔父上の意見に賛成です」

この話し合いで、聖女サキの身柄は王宮から、ブルーノの屋敷へ移される事となる。

秘密裏に食事に睡眠薬を混ぜ眠らせている間に、聖女サキへ強制的に奴隷契約をさせた。




「お前は私の奴隷だ。逆らうなら容赦しないが、聖女として責務を果たすなら自由にさせよう」
「はい」

泣き叫ぶ事なく、聖女サキは人形の様に無機質な瞳をブルーノへ向け言葉を受け入れた。

騎士団長ブルーノは、事後処理とヒルイ国からの残党狩りに聖女サキを同行させた。

あの強烈な光を出す事は出来なかったが、それでも聖女サキが片手を敵に向けただけで、相手は消滅していった。

騎士達は聖女サキの事を恐れ、いつあの手が自身に向けられるか不安が募っていく。

「ブルーノ団長、聖女サキは確かに強い。しかし、他国。いや異なる世界から呼んだ者は、いつ裏切るかは分からないと団員達が不安に思っております」
「アレには奴隷契約をさせている。裏切る素振りをしたら、即刻殺せば良い。
今は一人でも戦力が欲しい」

副官は、ブルーノの言葉に眉をひそめたが。上官であり王族であるブルーノへ何も言えず、頭を下げてテントから出るしか無かった。

「サキ、さぁおいで」
「はい」

言葉に逆らわない聖女サキに、徐々にブルーノは溺れていく…



残党狩りも無くなり、自国の復興が進む中。サキは自らの胸にある刻印を撫でた。

あの夜、サキは深夜に部屋に現れた侵入者の事を見ていたのだ。
泣き叫ぶのにも疲れ果てて、寝たふりをして彼らが何をするかと思えば奴隷契約。

『何が聖女だ。単なる殺人兵器を呼ぶ為に、大切な二の姫は命をかけたとは』
『しかし、この女の出現により我が国が勝利したのは事実。せいぜい活用しよう、駄目なら殺せば良い』

聞かれているとは思わない侵入者達の話にベッドの中で、ギュッと手を握りしめた。


本郷桜生(ほんごうさき)は、二十歳の会社員であった。恋人はいないが、優しい両親と妹。仲の良い友人達に囲まれ念願の一人暮らしも始めた。

どこにでも居る普通の女性だった。

休日の昼間、午前中に部屋の掃除や買い物も済ませ、部屋で寛いでいた時。急に眠くなった事までは覚えているが、目覚めると見知らぬ部屋、見知らぬ人々に囲まれパニックになった。

聖女さま…

口々に言う人々は、一見すると敬っているようだが。その瞳の奥には恐怖と憎しみがあった。

私が何かしたの?
私は何も知らないのに?
家へ、家族の元へ返してと繰り返しても出来ないと言われるだけ。

だから待っていたの。
自分に何が出来るかを。


ブルーノは最初とても高圧的だったが、彼と共に居る事で自分の持つ力が何かが分かり、使い方も覚えた。

私は何人も何十人も何百人も、人を殺した。
気が狂いそうだったけど、復讐を誓い耐えてきたのだ。
身体を好きにされようとも、心を明け渡す気は無い。

だから耐えて、耐えて、耐えて…




「サキ… 私の唯一。何が不満だ、お前が望む事は全て叶えてやった。
さぁ来るんだ。お前は私に逆らえない」
「アハハハ! まさか奴隷契約の事を言っているのかしら?」
「そうだ。お前も死にたくは無いだろ?
ほら、こっちへおいで」

幼い子どもへ言い聞かせる様に、優しくブルーノは桜生へ手を伸ばしたが。

「醜い刻印はもう無いわよ」

「叔父上、やはり殺しておくべきだった」
「待て! サキは私のものだ」

あぁ… 醜いわね。
勝手に攫った癖に殺すって何なの?
私の何もかも踏み荒らした奴が今更庇うなんて何様のつもり?

「ねぇ、私だけが理不尽な目にあうのは不公平じゃない?
だから、考えたの。みーんな私と同じ目にあえば良いんだって。
この世界があるなら、違う異世界もあるのだからね…」






ブルーノの寝息が聞こえ、気づかれないように部屋から自室へ戻った。

窓に鉄格子が嵌められた部屋で一陣の風が吹き、長い黒髪が揺れると。目の前に真っ赤な瞳が私を見つめていた。

『ねぇねぇ聖女ってキミ?』

頭に直接響く声に赤い瞳をただ見つめた。

『何処まで壊れた?壊された?』
「ここに来てからよ。何? あなたも私を利用しに来たの?」

トンッと指で額を押されると、辺りの景色が変わる。

「何も無い部屋ね。部屋と言うより空間かしら?」

真っ白な空間。地面も無く自分の身体も空間に浮かんでいた。

「へぇ、びっくりもしないんだ。ふーんふーんふーん。面白いよ、ねぇねぇ今はどんな気持ち?」

白い空間に浮かぶのは、まるで教会にある宗教画に描かれる神の姿。
白い布を身に纏い、完璧なる美を持ちながらも、その瞳は赤く何も映していない。

「あなたは神なのかしら? なら私を元の世界へ戻してくれるの?」

「それは無理だよ無理なんだ。世界なんて数多存在するのに、君の居た世界を探すなんて出来る訳ないじゃないか」

私の問い掛けが気に入らなかったのか、拗ねたような口調で話す。

「それよりもさ、君はこのまま詐取されたままでいるの?
ねぇねぇ虐げられるってどんな気持ち?」
「滅ぼしますよ。この世界を粉々にする為に準備していますから」

ただ黙って従っていた訳じゃない。人間兵器になった私に何が出来るか実験していたのだ。

核になる物があれば力を移せる事も、一度行った場所へは転移出来る事も分かった。

「そんな面倒くさい事するの? なーんだなーんだつまんない、つまんないよ」
「じゃあ、何か他にあるんですか?」
「ねぇねぇ考えてもみてよ。君は何に怒り狂ったの? ねぇねぇ教えてよ」

問われて、ふと考えたのは理不尽な事ばかり。
ささやかな幸せの中で精いっぱい生きてきたのに、全て奪われた。
なのに、大切な姫の命を使ったんだから役目を果たせって。
知らない、興味も情も無い傷付く民を守る為に、国を守る為に、役目を押し付けられ。それが彼らの中で当たり前である事を。

「うんうんうん。そうだよね、知らない世界がどうなろうと君には関係ない」

声に出していないのに、まるで全てを聞いているような言葉が聞こえる。

「じゃあじゃあ、どうする?どうしたい? ねぇねぇ復讐って面白そうだよね」

口元だけ口角があがり笑っているように見えるが、やはり赤い瞳には何も映してはいない。

「さっき数多に世界はあるって言ったわよね」
「うんうん、いっぱいいっーぱいあるよ」
「なら、この世界の全ての人間を一人ずつ異なる世界へ送れば私の気持ちが分かるかしら?」
「いいねいいね、どうなるかな?どうするかな?」
「勝手にするんじゃない? 何より役目が大切な人たちだもの」






「私ね、神と取り引きしたの。あなた達みんなが役目を果たす役割を用意したわ。
素晴らしいでしょ?
誇らしいでしょ?
理不尽なんて言わないわよね?」

サキが両手を高く掲げると光の洪水に飲み込まれた。



誰も居なくなった玉座に座り、足を組んだ。

目の前には異なる世界へ行った人間達の様子が次々と空間に映し出される。

ある者は狂い、ある者は閉じこもり、ある者は力に溺れ殺され…

「ねぇねぇ、来た当初のサキと同じ力を与えたのに何でだろ?何でかな?
みーんなみーんな死んじゃうね」
「役目を果たさないからしょうがないんじゃない?」

頬杖をついて、真っ暗になり消えていく画面を見つめる。


この世界に人間は居なくなった。


「ねぇねぇサキはどうしたい?どうする?
こーんな事をしちゃったら人間じゃないよ、人間にならないよ」
「あなたと同じって事?」
「うんうん、同じだね同じだよ」

何も映さないと思っていた赤い瞳を見上げると、私だけが映っていた。

「ブラッドレッド、今からあなたの名前はブラッドレッド」
「ブラッドレッドブラッドレッド?」
「そう、一緒に楽しい事を探してみましょ」
「サキと一緒?ずっと一緒?」
「えぇ、ずーっと一緒」

ブラッドレッドは、サキヘ手を差し伸べる。
その手に自分の手を重ねると、二人の姿は消えた。





ここは獣が進化した世界。
遥か昔に人間がいたと言う。


「見つけました! 人間が聖女と呼ばれる人物を召喚した方法を。
これで我が国は救われます」

「やったぞ! 召喚は成功した。君の名前は?」

「サキ、私の名前はサキよ」









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