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「お姉様、今度は隣国で婚約破棄ですって。しかも原因はまたまた妹らしいですわ」
新聞片手にパンを齧る、とってもお行儀が宜しくない妹。
「何? あなたラキが欲しいの?」
私がそう言うと、ウゲッと本当に嫌そうに顔を歪ませた妹。
「絶対いりません! それに妹じゃないパターンもあるみたい」
「へぇ、どんな?」
既に朝食を終えた私は、刺繍の図案を何枚か書き終えたところで、すこし冷めた紅茶のカップへ手を伸ばした。
「ほら、私の同級生で男爵家へ最近引き取られたって令嬢。皇子と側近たちが揃って籠絡され婚約破棄間近だって噂されてるわ」
「あぁ、その話は聞いた事があるわね」
「でも、お姉様は噂になって無いわよね」
「そうなのよ… 半年前に彼、側近から辞退したの」
「え? そうなの? 何で?」
「気持ち悪い生物がウロウロして吐き気が止まらなくなったらしいわ」
妹は、半年前… 気持ち悪い… と、モゴモゴ言ってからパンっと手を打ち笑顔を浮かべた。
「そうか! ウンウンあれは気持ち悪い生物だわ」
「あら、あなた分かるの? 彼に何度聞いても教えてくれないのよ」
「お姉様、世の中には知らなくて良い事がたっっっくさんあります!」
そうなの? と小首を傾げるお姉様の何と可愛い事か!
くりくりな大きな瞳、ちょっと低い鼻も小さな唇も。真っ白な肌はもちもちしてずっと触っていたくなるほど柔らかく、膝枕なんてされたら三秒で眠ってしまうほど気持ち良い。
私達のお母様は小さな頃に儚くなってしまわれた。だけどお姉様は泣きじゃくる私を抱きしめて、自分が守ってあげる。と言ってくれた。
それから、本当に色々とお姉様に守られすくすくと成長したけど問題はお姉様の婚約者。
あいつの異常性に気付いて欲しいけど、お姉様が悲しむ顔は見たくない。
「じゃあ、私ちょっとお出かけしてくるわ!」
「今日は二人でのんびりする日じゃなかったかしら?」
眉尻を下げる顔を見て、一瞬止めるって言いたかったけど。ピカピカ光る玉を目端に捉え後ろ髪を思いっきり引かれながら、泣く泣くお姉様に謝り食堂を後にした。
「今日のジュマも可愛い、今までも可愛かったのに明日はもっと可愛いくなるなんて、僕はどうしたら良いのか」
「気持ち悪い、あのウネウネ女も気持ち悪いけど。あなたも大概気持ち悪いわ」
目の前の男が自作した盗撮器は数え切れないほど壊してきた。だが、懲りずに作ってくる魔道具を私は笑顔で踏み潰した。
「またダメだったか。でも僕の気持ちも理解出来るよね、ジュマが可愛いのは事実だし、心配するのは婚約者として当たり前だよ」
「お姉様が可愛いのは事実だけど、仮にもシャドー侯爵家の娘なのよ!」
シャドー侯爵家は代々王家の暗部を任されてきた。あのぽやぽやに見えるお姉様も、あらゆる武器を使いこなし、色々な実験もしている才女。
可愛いのに強くて賢い私のお姉様は最高じゃない!
まぁ体術はちょっと苦手みたいだけど、そこも良い!
「でも、心配なんだよ。ジュリも気付いてるだろ? あの異常性に」
「まぁね。一応お父様へは忠告したのよ、だからお父様も警戒しているけど」
「ジュリがあの話を引き受けてくれれば良いのに」
「嫌よ! あの男の妻なんて」
私にはまだ婚約者はいない。だからって第二皇子と婚約なんて絶対嫌!
「ルカは良い奴だよ。それに第一皇子が王になれば、あのウネウネも一緒かと思うと… ウゲっ」
「ちょっと! 吐かないでよ。でもお姉様の事もちょっと心配なのよね」
この気持ち悪い男にはお姉様しか見えて無い。けど、それを知らない女は婚約者であるお姉様へ、似合わないだの、早く解放してあげてだの。
最初ラキを見下していた女たちは、凛々しく成長したラキを見て態度を一変。私に言わせればお姉様に似合わないのは、この男の方なのに!
「ジュマは弱くない。それに可愛い」
「分かってるわよ! だけど傷つかない訳じゃないでしょ」
何が良いのか、お姉様との仲は良好。でなければ何としても別れさせるんだけどね。
だけど、私の予想以上の事が起こってしまったのだ。
「ジュリ·シャドー! キサマが裏で手を引き、か弱いビッチェを虐げているのを俺が知らないとでも思っているのか!」
「今度は何? ビッチェまたあんたなの?」
馬車停めに、ズラリと並ぶ第一皇子と側近。その後ろからチラチラ顔を覗かせる男爵令嬢ビッチェ。
「あら、何のお話かしら?」
「お姉様、無視して行きましょ」
お姉様と腕を組み、歩き出そうとした私。しかし騎士団長の息子が大股で近寄りお姉様と私を引き離そうと手を伸ばした時。
「私の妹へ手を伸ばすおつもり?」
普段の優しい笑顔のはずなのに、背筋がゾクっとするほどの冷たい声。
「お、お姉様?」
「大丈夫よ。ジュリは何にも心配しなくても全てお姉様に任せなさい」
にこりと私へ笑いかけ、絡めていた腕をスルリと抜いたお姉様は、頭2つ分背が高い騎士団長の息子を見上げ再びニコリと笑った。
「あらあら、あなたが本当に目指した騎士とは何だったのかしら? さぁ、私へ教えて下さらない?」
「俺は… 一人でも多くの人を守れる騎士になりたかった」
お姉様が笑えばガクンと膝をついた騎士団長の息子。
お姉様は屈んで、騎士団長の息子の頭を抱きしめると耳元で何かを囁いた。
すると、夢から覚めたように立ち上がりお姉様の前へ出て第一皇子を睨みつけ。
「ジュマ様、俺が必ずあなたを守る」
「嬉しいわ。でも、私にもあなたを守らせて下さる?」
スッと剣に伸ばした指を撫でると、騎士団長の息子は恍惚とした表情でお姉様を見る。
「ジュマ様…」
「まさか… 裏切るのか。ならん、ならんぞ!」
第一皇子が叫ぶも、気付けば側近達は倒れ男爵令嬢ビッチェは俯き震えている。
「ジュマジュマジュマジュマ。また信者増やしちゃったの? もう僕は必要ない?」
この声は一人しか居ないわね。お姉様の背後から抱きつく気持ち悪い男を見てゲンナリする。
「ラキは私の大切な婚約者ですよ」
「ジュマ好き、愛してる、早く結婚しよ?」
「まぁ! 嬉しいわ」
相変わらずのやり取りだけど、お姉様が笑っているのは最高に可愛い。
「なんなのよ! ジュリが悪役令嬢でしょ! ラキはビッチェの事が好きなのに、そんなモブ女に抱きつくなんて信じられない!
私の推しはラキだったのに返してよ!」
意味不明な事を言いながら、目を釣り上げ第一皇子を突き飛ばしたビッチェはお姉様に近付いた。
「お姉様!」「ジュマ様!」
私達が手を伸ばそうとしたが、
「ジュマ、気持ち悪い…」
「あら、あの方だったのね」
眼前に迫るビッチェを、嬉しそうに見るお姉様と吐きそうに顔を歪めるラキ。
「早く離れなさいよ!」
「何故かしら? それよりソレを使い続けると貴女死にますわよ」
お姉様が少し指を動かすと、ビッチェの耳に揺れるピアスが、パリンと割れ。ビッチェはフラフラと膝をつき地面へ両手をついた。
「な、何をしたの」
「まぁ! 何て強い。ラキ見て下さい。私これが欲しいわ」
倒れたビッチェに見向きもせず、お姉様は指で抓んだ真っ黒な芋虫がウネウネする姿をうっとりと見ている…
「まるまると肥えて、これなら少しずつ切って実験に使えるかしら? グラグラに茹だった鍋に入れたらどうなるのかしら? それとも毒薬に漬け込むのも良いわ…」
芋虫の動きがウネウネからビクビクに変わり、どうにか逃げ出そうと藻掻いていたが。
瓶を取り出したラキが素早く芋虫を瓶に閉じ込め、ウゲッと言いながらキツく蓋を閉じた。
「これ、闇堕ちした精霊だから実験しちゃダメ」
「あら残念。それよりジュリ、大丈夫だった?」
「お姉様!!」
私が抱きつくと、あらあら。と言いながら優しく頭を撫でてくれた。やっぱりお姉様は最高だ。
あれから、どうなったかと言うと。
第一皇子は、再教育となり、王宮から出られなくなった。
その他の側近も同様に再教育だ。
しかし、何故かお姉様もラキと一緒に王宮へ行ってしまい。暇な私は屋敷の庭でダラダラしていたのに…
「寂しいわ。お姉様に会いたい」
「だから俺と一緒に王宮へ行けば良いと何度も言っているじゃないか」
またか、とゲンナリするも一応こんなんでも王族かと椅子から立ち上がり頭を下げる。
「ジュリ。敬ってもいないのに頭を下げるな」
「まぁ! 第二皇子殿下ではないですか。わざわざ先触れも無くいらっしゃる程、火急のご用事でもございましたか?」
「嫌味か、兄の処分が決まった。覚えていないとは言え醜態を晒したと自ら辺境行きを決め、父が承諾した」
「じゃあ、お姉様も帰ってくるのね!」
「あぁ。だが、お前は俺と共に王宮だ。行きたかっただろ?」
「まさか… 違うわよね…」
「正式にお前が俺の婚約者に決まった。おめでとう未来の皇太子妃」
「嫌です。お断り致します。断固拒否です!! いやぁぁぁあぁ!」
「ジュリ、本当にキレイよ。この姿をお母様もきっとどこかで見ていらっしゃるわ」
適齢期の王家へ嫁げる家格の御令嬢が私しか居なかった事や、緑の精霊と契約した事で水の精霊と契約しているルカとの結婚はすんなり認められた。
知らぬ間にガッツリ外堀を埋められていた私は、三年の婚約期間を経て第二皇子で皇太子となったルカと結婚する。
「お姉様、やっぱり私では…」
「私の可愛い愛するジュリ。大丈夫よ、私はいつでも貴女の味方だから。今日くらいは素直になりなさい」
「お姉様…」
「ずっと好きだったんでしょ。でもラキと私が婚約したから我慢したのよね」
ふわりと抱きしめるお姉様に泣きそうになった。
ラキュースとルーカスは双子だ。小さい頃、私はお姉様と双子の後をずっと追いかけて、立ち止まりいつも手を差し出してくれたのはルーカスだった。その時に芽生えた淡い恋心。
しかし、ラキュースが王宮にある庭で精霊と勝手に契約してしまい。しかも印が顔の右側部分を覆い人前へ出る事が出来なくなった。
精霊と契約する事は喜ばしいと言われる中、唯一。嫌われているのが闇の精霊。ラキュースが契約したのが闇の精霊で無ければあのまま第三皇子として暮らしていけただろう。
そして、光の精霊と契約していたお姉様は、最初第一皇子の婚約者に秘密裏に決まっていたが、ラキュースが闇の精霊と契約した事により第一皇子から闇の精霊を抑える為にラキュースの婚約者へと変更された。
皇子ラキュースは亡くなった事として、伯爵家庶子のラキとして顔半分を仮面で隠す生活。
でも、ラキに王家の血が流れている事は事実。同じ家から双子に嫁ぐ事は不可能だと思っていた。だからジュリは誰にも言わずルーカスへの恋心に蓋をしたのだ。
「幸せになりなさい。私はジュリの笑顔が大好きよ」
「はい、私もお姉様が大好き」
「全て上手く行ったでしょ?」
「王位は兄上に任せたかったんだけどな。まさか闇堕ち精霊がいた事や使う人間がいたのは驚いた」
控室にはラキとルカ二人きり。
「あれは僕も予想外だよ。でも、あの女は最初から気持ち悪かったよ」
幼い頃、闇の精霊と会ったのはラキだけじゃない。
「ジュマは優しいから僕を見捨てる事は出来ない。あのままだと諦めなきゃいけなかったからね。顔に印を指定したのは大正解」
「俺が契約しても良かったのに、ラキが先にしたからな」
「だって、その方が確実にジュマが手に入るでしょ?」
クスクス笑い合う双子の瞳は、愛する人を思い浮かべているのか恍惚と歪む。
「ジュリをやっと手に入れた」
「ジュマの全ては僕のものだよ」
クスクス笑う声を聞く者は、闇に蠢く精霊だけであった。
人物紹介。
ジュリ
シャドー家の次女、姉であるジュマが大好き。白銀の髪と瞳を持つ冷たい印象のスレンダー美少女。初恋相手ルカの事を諦めたいのに、顔を合わせればからかってくるルカといつもケンカしてしまう。可愛いツンデレ
ジュマ
シャドー家の長女、ジュリと同じ白銀の髪と瞳を持つがふんわりした雰囲気の美女。母親が早く亡くなり2歳年下の妹を溺愛。ジュリを守る為に何でもやるが、優しい姉の顔しかジュリには見せていない。ラキが盗聴や盗撮しているのは知っているが、愛しているので気にしない。ちょっとサイコパス。
ラキ
王家の三男でルーカスと双子、一つ年上のジュマに一目惚れして手に入れる方法を探していた。偶然見つけた闇の精霊と無理やり契約して見事ジュマと婚約。
王家にも王位にも興味なく、ジュマが笑っていれば幸せ。基本病んでる。
ルカ
王家の次男でラキと双子、ラキがジュマに一目惚れした時。隣で一つ年下のジュリに一目惚れする。ラキの暴走(闇の精霊と契約)を止められなかったと落ち込むが、ラキが幸せなら良いと考えを変える。
ジュリを前にすると素直になれず、つい構ってしまいケンカしてしまう。ある意味ジュリと似た者同士だが、ラキよりマシとは言え少々病んでる。
ビッチェ
男爵家に引き取られた庶子。前世の記憶保持者で、この世界が前世の小説と酷似している事に気付き光の精霊と契約しようとしたが、逃げられてしまう。
小説通り上手くいかない事に苛立つ中、闇堕ちした精霊の甘言にのり契約して自分の思い通りにしようとした。
しかし、悪役令嬢だと思っていたジュリをターゲットにした事でジュマの逆鱗に触れ、闇堕ち精霊と引き剥がされる。
新聞片手にパンを齧る、とってもお行儀が宜しくない妹。
「何? あなたラキが欲しいの?」
私がそう言うと、ウゲッと本当に嫌そうに顔を歪ませた妹。
「絶対いりません! それに妹じゃないパターンもあるみたい」
「へぇ、どんな?」
既に朝食を終えた私は、刺繍の図案を何枚か書き終えたところで、すこし冷めた紅茶のカップへ手を伸ばした。
「ほら、私の同級生で男爵家へ最近引き取られたって令嬢。皇子と側近たちが揃って籠絡され婚約破棄間近だって噂されてるわ」
「あぁ、その話は聞いた事があるわね」
「でも、お姉様は噂になって無いわよね」
「そうなのよ… 半年前に彼、側近から辞退したの」
「え? そうなの? 何で?」
「気持ち悪い生物がウロウロして吐き気が止まらなくなったらしいわ」
妹は、半年前… 気持ち悪い… と、モゴモゴ言ってからパンっと手を打ち笑顔を浮かべた。
「そうか! ウンウンあれは気持ち悪い生物だわ」
「あら、あなた分かるの? 彼に何度聞いても教えてくれないのよ」
「お姉様、世の中には知らなくて良い事がたっっっくさんあります!」
そうなの? と小首を傾げるお姉様の何と可愛い事か!
くりくりな大きな瞳、ちょっと低い鼻も小さな唇も。真っ白な肌はもちもちしてずっと触っていたくなるほど柔らかく、膝枕なんてされたら三秒で眠ってしまうほど気持ち良い。
私達のお母様は小さな頃に儚くなってしまわれた。だけどお姉様は泣きじゃくる私を抱きしめて、自分が守ってあげる。と言ってくれた。
それから、本当に色々とお姉様に守られすくすくと成長したけど問題はお姉様の婚約者。
あいつの異常性に気付いて欲しいけど、お姉様が悲しむ顔は見たくない。
「じゃあ、私ちょっとお出かけしてくるわ!」
「今日は二人でのんびりする日じゃなかったかしら?」
眉尻を下げる顔を見て、一瞬止めるって言いたかったけど。ピカピカ光る玉を目端に捉え後ろ髪を思いっきり引かれながら、泣く泣くお姉様に謝り食堂を後にした。
「今日のジュマも可愛い、今までも可愛かったのに明日はもっと可愛いくなるなんて、僕はどうしたら良いのか」
「気持ち悪い、あのウネウネ女も気持ち悪いけど。あなたも大概気持ち悪いわ」
目の前の男が自作した盗撮器は数え切れないほど壊してきた。だが、懲りずに作ってくる魔道具を私は笑顔で踏み潰した。
「またダメだったか。でも僕の気持ちも理解出来るよね、ジュマが可愛いのは事実だし、心配するのは婚約者として当たり前だよ」
「お姉様が可愛いのは事実だけど、仮にもシャドー侯爵家の娘なのよ!」
シャドー侯爵家は代々王家の暗部を任されてきた。あのぽやぽやに見えるお姉様も、あらゆる武器を使いこなし、色々な実験もしている才女。
可愛いのに強くて賢い私のお姉様は最高じゃない!
まぁ体術はちょっと苦手みたいだけど、そこも良い!
「でも、心配なんだよ。ジュリも気付いてるだろ? あの異常性に」
「まぁね。一応お父様へは忠告したのよ、だからお父様も警戒しているけど」
「ジュリがあの話を引き受けてくれれば良いのに」
「嫌よ! あの男の妻なんて」
私にはまだ婚約者はいない。だからって第二皇子と婚約なんて絶対嫌!
「ルカは良い奴だよ。それに第一皇子が王になれば、あのウネウネも一緒かと思うと… ウゲっ」
「ちょっと! 吐かないでよ。でもお姉様の事もちょっと心配なのよね」
この気持ち悪い男にはお姉様しか見えて無い。けど、それを知らない女は婚約者であるお姉様へ、似合わないだの、早く解放してあげてだの。
最初ラキを見下していた女たちは、凛々しく成長したラキを見て態度を一変。私に言わせればお姉様に似合わないのは、この男の方なのに!
「ジュマは弱くない。それに可愛い」
「分かってるわよ! だけど傷つかない訳じゃないでしょ」
何が良いのか、お姉様との仲は良好。でなければ何としても別れさせるんだけどね。
だけど、私の予想以上の事が起こってしまったのだ。
「ジュリ·シャドー! キサマが裏で手を引き、か弱いビッチェを虐げているのを俺が知らないとでも思っているのか!」
「今度は何? ビッチェまたあんたなの?」
馬車停めに、ズラリと並ぶ第一皇子と側近。その後ろからチラチラ顔を覗かせる男爵令嬢ビッチェ。
「あら、何のお話かしら?」
「お姉様、無視して行きましょ」
お姉様と腕を組み、歩き出そうとした私。しかし騎士団長の息子が大股で近寄りお姉様と私を引き離そうと手を伸ばした時。
「私の妹へ手を伸ばすおつもり?」
普段の優しい笑顔のはずなのに、背筋がゾクっとするほどの冷たい声。
「お、お姉様?」
「大丈夫よ。ジュリは何にも心配しなくても全てお姉様に任せなさい」
にこりと私へ笑いかけ、絡めていた腕をスルリと抜いたお姉様は、頭2つ分背が高い騎士団長の息子を見上げ再びニコリと笑った。
「あらあら、あなたが本当に目指した騎士とは何だったのかしら? さぁ、私へ教えて下さらない?」
「俺は… 一人でも多くの人を守れる騎士になりたかった」
お姉様が笑えばガクンと膝をついた騎士団長の息子。
お姉様は屈んで、騎士団長の息子の頭を抱きしめると耳元で何かを囁いた。
すると、夢から覚めたように立ち上がりお姉様の前へ出て第一皇子を睨みつけ。
「ジュマ様、俺が必ずあなたを守る」
「嬉しいわ。でも、私にもあなたを守らせて下さる?」
スッと剣に伸ばした指を撫でると、騎士団長の息子は恍惚とした表情でお姉様を見る。
「ジュマ様…」
「まさか… 裏切るのか。ならん、ならんぞ!」
第一皇子が叫ぶも、気付けば側近達は倒れ男爵令嬢ビッチェは俯き震えている。
「ジュマジュマジュマジュマ。また信者増やしちゃったの? もう僕は必要ない?」
この声は一人しか居ないわね。お姉様の背後から抱きつく気持ち悪い男を見てゲンナリする。
「ラキは私の大切な婚約者ですよ」
「ジュマ好き、愛してる、早く結婚しよ?」
「まぁ! 嬉しいわ」
相変わらずのやり取りだけど、お姉様が笑っているのは最高に可愛い。
「なんなのよ! ジュリが悪役令嬢でしょ! ラキはビッチェの事が好きなのに、そんなモブ女に抱きつくなんて信じられない!
私の推しはラキだったのに返してよ!」
意味不明な事を言いながら、目を釣り上げ第一皇子を突き飛ばしたビッチェはお姉様に近付いた。
「お姉様!」「ジュマ様!」
私達が手を伸ばそうとしたが、
「ジュマ、気持ち悪い…」
「あら、あの方だったのね」
眼前に迫るビッチェを、嬉しそうに見るお姉様と吐きそうに顔を歪めるラキ。
「早く離れなさいよ!」
「何故かしら? それよりソレを使い続けると貴女死にますわよ」
お姉様が少し指を動かすと、ビッチェの耳に揺れるピアスが、パリンと割れ。ビッチェはフラフラと膝をつき地面へ両手をついた。
「な、何をしたの」
「まぁ! 何て強い。ラキ見て下さい。私これが欲しいわ」
倒れたビッチェに見向きもせず、お姉様は指で抓んだ真っ黒な芋虫がウネウネする姿をうっとりと見ている…
「まるまると肥えて、これなら少しずつ切って実験に使えるかしら? グラグラに茹だった鍋に入れたらどうなるのかしら? それとも毒薬に漬け込むのも良いわ…」
芋虫の動きがウネウネからビクビクに変わり、どうにか逃げ出そうと藻掻いていたが。
瓶を取り出したラキが素早く芋虫を瓶に閉じ込め、ウゲッと言いながらキツく蓋を閉じた。
「これ、闇堕ちした精霊だから実験しちゃダメ」
「あら残念。それよりジュリ、大丈夫だった?」
「お姉様!!」
私が抱きつくと、あらあら。と言いながら優しく頭を撫でてくれた。やっぱりお姉様は最高だ。
あれから、どうなったかと言うと。
第一皇子は、再教育となり、王宮から出られなくなった。
その他の側近も同様に再教育だ。
しかし、何故かお姉様もラキと一緒に王宮へ行ってしまい。暇な私は屋敷の庭でダラダラしていたのに…
「寂しいわ。お姉様に会いたい」
「だから俺と一緒に王宮へ行けば良いと何度も言っているじゃないか」
またか、とゲンナリするも一応こんなんでも王族かと椅子から立ち上がり頭を下げる。
「ジュリ。敬ってもいないのに頭を下げるな」
「まぁ! 第二皇子殿下ではないですか。わざわざ先触れも無くいらっしゃる程、火急のご用事でもございましたか?」
「嫌味か、兄の処分が決まった。覚えていないとは言え醜態を晒したと自ら辺境行きを決め、父が承諾した」
「じゃあ、お姉様も帰ってくるのね!」
「あぁ。だが、お前は俺と共に王宮だ。行きたかっただろ?」
「まさか… 違うわよね…」
「正式にお前が俺の婚約者に決まった。おめでとう未来の皇太子妃」
「嫌です。お断り致します。断固拒否です!! いやぁぁぁあぁ!」
「ジュリ、本当にキレイよ。この姿をお母様もきっとどこかで見ていらっしゃるわ」
適齢期の王家へ嫁げる家格の御令嬢が私しか居なかった事や、緑の精霊と契約した事で水の精霊と契約しているルカとの結婚はすんなり認められた。
知らぬ間にガッツリ外堀を埋められていた私は、三年の婚約期間を経て第二皇子で皇太子となったルカと結婚する。
「お姉様、やっぱり私では…」
「私の可愛い愛するジュリ。大丈夫よ、私はいつでも貴女の味方だから。今日くらいは素直になりなさい」
「お姉様…」
「ずっと好きだったんでしょ。でもラキと私が婚約したから我慢したのよね」
ふわりと抱きしめるお姉様に泣きそうになった。
ラキュースとルーカスは双子だ。小さい頃、私はお姉様と双子の後をずっと追いかけて、立ち止まりいつも手を差し出してくれたのはルーカスだった。その時に芽生えた淡い恋心。
しかし、ラキュースが王宮にある庭で精霊と勝手に契約してしまい。しかも印が顔の右側部分を覆い人前へ出る事が出来なくなった。
精霊と契約する事は喜ばしいと言われる中、唯一。嫌われているのが闇の精霊。ラキュースが契約したのが闇の精霊で無ければあのまま第三皇子として暮らしていけただろう。
そして、光の精霊と契約していたお姉様は、最初第一皇子の婚約者に秘密裏に決まっていたが、ラキュースが闇の精霊と契約した事により第一皇子から闇の精霊を抑える為にラキュースの婚約者へと変更された。
皇子ラキュースは亡くなった事として、伯爵家庶子のラキとして顔半分を仮面で隠す生活。
でも、ラキに王家の血が流れている事は事実。同じ家から双子に嫁ぐ事は不可能だと思っていた。だからジュリは誰にも言わずルーカスへの恋心に蓋をしたのだ。
「幸せになりなさい。私はジュリの笑顔が大好きよ」
「はい、私もお姉様が大好き」
「全て上手く行ったでしょ?」
「王位は兄上に任せたかったんだけどな。まさか闇堕ち精霊がいた事や使う人間がいたのは驚いた」
控室にはラキとルカ二人きり。
「あれは僕も予想外だよ。でも、あの女は最初から気持ち悪かったよ」
幼い頃、闇の精霊と会ったのはラキだけじゃない。
「ジュマは優しいから僕を見捨てる事は出来ない。あのままだと諦めなきゃいけなかったからね。顔に印を指定したのは大正解」
「俺が契約しても良かったのに、ラキが先にしたからな」
「だって、その方が確実にジュマが手に入るでしょ?」
クスクス笑い合う双子の瞳は、愛する人を思い浮かべているのか恍惚と歪む。
「ジュリをやっと手に入れた」
「ジュマの全ては僕のものだよ」
クスクス笑う声を聞く者は、闇に蠢く精霊だけであった。
人物紹介。
ジュリ
シャドー家の次女、姉であるジュマが大好き。白銀の髪と瞳を持つ冷たい印象のスレンダー美少女。初恋相手ルカの事を諦めたいのに、顔を合わせればからかってくるルカといつもケンカしてしまう。可愛いツンデレ
ジュマ
シャドー家の長女、ジュリと同じ白銀の髪と瞳を持つがふんわりした雰囲気の美女。母親が早く亡くなり2歳年下の妹を溺愛。ジュリを守る為に何でもやるが、優しい姉の顔しかジュリには見せていない。ラキが盗聴や盗撮しているのは知っているが、愛しているので気にしない。ちょっとサイコパス。
ラキ
王家の三男でルーカスと双子、一つ年上のジュマに一目惚れして手に入れる方法を探していた。偶然見つけた闇の精霊と無理やり契約して見事ジュマと婚約。
王家にも王位にも興味なく、ジュマが笑っていれば幸せ。基本病んでる。
ルカ
王家の次男でラキと双子、ラキがジュマに一目惚れした時。隣で一つ年下のジュリに一目惚れする。ラキの暴走(闇の精霊と契約)を止められなかったと落ち込むが、ラキが幸せなら良いと考えを変える。
ジュリを前にすると素直になれず、つい構ってしまいケンカしてしまう。ある意味ジュリと似た者同士だが、ラキよりマシとは言え少々病んでる。
ビッチェ
男爵家に引き取られた庶子。前世の記憶保持者で、この世界が前世の小説と酷似している事に気付き光の精霊と契約しようとしたが、逃げられてしまう。
小説通り上手くいかない事に苛立つ中、闇堕ちした精霊の甘言にのり契約して自分の思い通りにしようとした。
しかし、悪役令嬢だと思っていたジュリをターゲットにした事でジュマの逆鱗に触れ、闇堕ち精霊と引き剥がされる。
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みんなの感想(4件)
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こちらも返信ありがとうございます( ・∀・)
あれ、年齢差2歳であってるて思ってたんですが、違ったんですね(  ̄▽ ̄)
腹黒キャラ良いですよね( ´∀`)好きです。
はい、やらかしてしまいました。
(>0<;)
人物紹介の年齢差が違いませんか?
ジュリとジュマが3歳差だとラキ・ルーカスのどちらかが2歳差になるのでは?
( ;∀;)教えて頂き、ありがとうございます。修正してきまーす。
こーいう物語書けないので参考になります(^^)
何よりすごく読みやすかったです(^^)続きも気になるし他の作品も気になったのでお気に入り登録させてもらいました(^o^)
良かったら私の作品も観てくださいね(^^)/フリフリ
感想ありがとうございます。
╰(*´︶`*)╯
今からお邪魔させて頂きます。