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第1章。はじまり
グラムとの出逢い
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外は小雨が降り、部屋の窓越しに雨粒に揺れる木々の葉を眺めていた。
誰も帰って来ない秘密の庭に来て。既に2ヶ月。ランドルフさんは私を番だと言ってくれたけど、龍王様と一緒で"本物の番"に会えば、きっとまた捨てられてしまう。
王宮へ行く前。フェリクさんが言っていた。ランドルフさんには"本物の番"が現れたから、彼に近付くなと。
あの時は、誰の事を言っていたのか分からなかったけど、あの黒い獣がランドルフさんと知ってから、1人で居ると胸の中にモヤッとした感情がある事に気付いてしまった。
王宮で沢山の本を読み、獣人は番を求める本能があるのを知り、逆に人族は番と言う概念は無く"相手を愛する事"を大切にしていると書いてあった。
「私が人族なら良かったのに…」
フーニアの呟きに誰も応える者は居なかった……なのに。
「では、人族として生きてみるのはどうかな?」
聞き慣れない男の声がして振り返ると、扉を開けて背の高い見知らぬ男が微笑みを浮かべ立っていた。
「あなたは誰?」
リーリアさんが言っていた。ここへ自分の許した者以外が辿り着く事は難しいと。なら、この男はリーリアさんが許した者?
「はじめまして。白虎のお嬢さん、私はグラムと申します。
ランドルフの友達だよ、森の獣達が君に食料を届けるのが難しくなってね。私がもっと安全な場所へ連れて行くのを頼まれたんだ」
優しい笑顔で私を見つめるグラムさんに、
「そうなんですね。でも私がいつまでもランドルフさんやリーリアさんに甘えて良いのでしょうか?」
「それは、どう言う意味かな?時間はたっぷりある。ダイニングでお茶でも飲みながらゆっくり聞かせてくれるかい?」
グラムさんが私の傍まで来ると、手を引き一緒にダイニングへ向かった。
ランドルフさんや龍王様と違い、細い指はとても冷たく外から来た時に濡れてしまったのだろう。
「あの、タオルを持ってきますか?小雨と言っても濡れたままでは、風邪を引いてしまうわ」
握った手を離し、タオルを取りに洗面所へ向かい、先にダイニングへグラムさんは行ってもらう。
タオルを渡し、キッチンで温かいミルクティーを淹れたら2つのカップへ注ぎ、1つはグラムさんの前に置く。
「ありがとう。白虎のお嬢さん、君は本当に優しいね」
目を細め、私を見たグラムさんは、微笑みながらカップを持ち上げるとゆっくり口を付けた。
「白虎のお嬢さんじゃなく、フーニアと呼んで下さい」
「ハハ、ではフーニア。話を聞かせて貰おう。君はどうしたい?」
ここで初めて、私は目の前に座るグラムさんをじっと見た。
考えたら、私は誰かに流されるばかりで自分が何をしたいのか、どうしたいのか、自由に考える事は無かった。
じーじと居た時も、リーリアさん達と居た時も、少ない選択肢の中、決められた事を淡々と受け入れていただけ。
それでも幸せだった。
私を大切に思っている事を知っていたから。
でも、グラムさんは違う。
私が自分で考え、それを聞いてくれると言ってくれたのだ。
「何故グラムさんは、私に聞いてくれるんですか?」
「それはね。私が獣人として紛い物だからだよ。私の母は人族なんだ。だから獣人としても、人族としても、中途半端な存在。
だからフーニアの気持ちを一番理解出来るのは私だけなんだ」
悲しそうに俯きながら話すグラムさんの言葉が、私の胸を締め付ける。
紛い物……そう、白虎は"誰でも番になれる存在"だからこそ、私だけを求める獣人はいない。だって"本物の番"にはなれないのだから。
「グラムさん、私。人族の所へ行ってみたいの。耳と尻尾を隠せるようになったし、獣人の番じゃなく人族の"相手を愛する事"を知りたい。本能だから求めるんじゃなく私だけを求める人を探してみたいの」
白虎は番が分からない。ならば、人族の"愛"を求めてみたい。
「それが君の答えかい?」
「うん。私は本能なんて信じない」
自分の発した言葉に、心の奥で見ないふりをしていたモヤッとした気持ちがはっきりした。そう獣人なのに、私は本能が分からない。だから、いくら番と言われても信じられないのだ。
ランドルフさんや龍王様に、ツガイと言われても私は何も感じなかった。龍王様の事も始めは怖かったけど触れ合ううちに私自身が愛されているのだと感じた。しかし、"本物の番"の前では所詮"紛い物"にしかならない。
ランドルフさんに感じた甘く重い香りも、今は思い出せない。きっと"本物の番"に今は抗っていても"紛い物"を愛する獣人はいないのだ。
アハハハハハ!!
急に笑いだしたグラムさんにビックリしていると、
「フーニア。私は君をとても気に入った。私がここへ来たのは、ランドルフに頼まれた訳じゃない。あらゆる手段を用いて調べたのさ。何故だと思う?」
ランドルフさんに頼まれていない?
リーリアさんが許した者じゃないの?
「ククッ。教えてあげるよ。私はね、君を助けたいんだ、本能の番に翻弄される哀れな白虎をね。
君は私へ言ったね。本能なんて信じない。と。
私も大賛成だ!
さて、どうする?
ここは素敵な箱庭だ。外の世界がどうなろうと平穏に暮らせるだろう。
だから、君に選択肢をあげるよ。
このまま何も知らず、何も知らされず、ただ"紛い物"の番として生きるか、
それとも、私と共に外の世界を知るか」
紛い物の番……私が白虎である限り逃げられない運命。
「君を何故、この箱庭へ彼らが閉じ込めたか知っているか?
答えは簡単だ。白虎は誰とでも番になれる、だから君を愛し、君に愛される事が許される獣人が沢山居るのさ。
分かるかい?
君の全ての未来を彼らは奪っている事になるんだ。羽をもがれた鳥のようにね。
さぁ!君の未来を聞こう。
このまま箱庭で一生過ごすか、私と共に外へ飛び立つか」
分からない、どうすれば良いか分からない……
でも、私は自由に生きてみたい!!
「グラムさん。私は外の世界を知りたい!でも、甘い香りがすると又襲われてしまうわ」
「大丈夫。手を出してごらん」
言われた通りグラムさんの前へ手を出すと、青い小瓶を渡される。
「これは昔、獣人が勝手に人族の事を自分の"番"と言い。連れ去る事があって、家族を守る為、"番"と感じる匂いを消す為に作られた香水だ。
今は人族と獣人の交流が少ない為、忘れられた香水だが、これを付ければ白虎としてじゃなく、ただのフーニアとして生きて行ける」
手に持った青い小瓶。これさえあれば、私は"紛い物"じゃなくなる。
瓶の蓋を開けると、爽やかな香りがして手首に一滴垂らせば、心が軽くなった気がする。
「ありがとうございます。グラムさん、私を外の世界へ連れて行って下さい」
誰も帰って来ない秘密の庭に来て。既に2ヶ月。ランドルフさんは私を番だと言ってくれたけど、龍王様と一緒で"本物の番"に会えば、きっとまた捨てられてしまう。
王宮へ行く前。フェリクさんが言っていた。ランドルフさんには"本物の番"が現れたから、彼に近付くなと。
あの時は、誰の事を言っていたのか分からなかったけど、あの黒い獣がランドルフさんと知ってから、1人で居ると胸の中にモヤッとした感情がある事に気付いてしまった。
王宮で沢山の本を読み、獣人は番を求める本能があるのを知り、逆に人族は番と言う概念は無く"相手を愛する事"を大切にしていると書いてあった。
「私が人族なら良かったのに…」
フーニアの呟きに誰も応える者は居なかった……なのに。
「では、人族として生きてみるのはどうかな?」
聞き慣れない男の声がして振り返ると、扉を開けて背の高い見知らぬ男が微笑みを浮かべ立っていた。
「あなたは誰?」
リーリアさんが言っていた。ここへ自分の許した者以外が辿り着く事は難しいと。なら、この男はリーリアさんが許した者?
「はじめまして。白虎のお嬢さん、私はグラムと申します。
ランドルフの友達だよ、森の獣達が君に食料を届けるのが難しくなってね。私がもっと安全な場所へ連れて行くのを頼まれたんだ」
優しい笑顔で私を見つめるグラムさんに、
「そうなんですね。でも私がいつまでもランドルフさんやリーリアさんに甘えて良いのでしょうか?」
「それは、どう言う意味かな?時間はたっぷりある。ダイニングでお茶でも飲みながらゆっくり聞かせてくれるかい?」
グラムさんが私の傍まで来ると、手を引き一緒にダイニングへ向かった。
ランドルフさんや龍王様と違い、細い指はとても冷たく外から来た時に濡れてしまったのだろう。
「あの、タオルを持ってきますか?小雨と言っても濡れたままでは、風邪を引いてしまうわ」
握った手を離し、タオルを取りに洗面所へ向かい、先にダイニングへグラムさんは行ってもらう。
タオルを渡し、キッチンで温かいミルクティーを淹れたら2つのカップへ注ぎ、1つはグラムさんの前に置く。
「ありがとう。白虎のお嬢さん、君は本当に優しいね」
目を細め、私を見たグラムさんは、微笑みながらカップを持ち上げるとゆっくり口を付けた。
「白虎のお嬢さんじゃなく、フーニアと呼んで下さい」
「ハハ、ではフーニア。話を聞かせて貰おう。君はどうしたい?」
ここで初めて、私は目の前に座るグラムさんをじっと見た。
考えたら、私は誰かに流されるばかりで自分が何をしたいのか、どうしたいのか、自由に考える事は無かった。
じーじと居た時も、リーリアさん達と居た時も、少ない選択肢の中、決められた事を淡々と受け入れていただけ。
それでも幸せだった。
私を大切に思っている事を知っていたから。
でも、グラムさんは違う。
私が自分で考え、それを聞いてくれると言ってくれたのだ。
「何故グラムさんは、私に聞いてくれるんですか?」
「それはね。私が獣人として紛い物だからだよ。私の母は人族なんだ。だから獣人としても、人族としても、中途半端な存在。
だからフーニアの気持ちを一番理解出来るのは私だけなんだ」
悲しそうに俯きながら話すグラムさんの言葉が、私の胸を締め付ける。
紛い物……そう、白虎は"誰でも番になれる存在"だからこそ、私だけを求める獣人はいない。だって"本物の番"にはなれないのだから。
「グラムさん、私。人族の所へ行ってみたいの。耳と尻尾を隠せるようになったし、獣人の番じゃなく人族の"相手を愛する事"を知りたい。本能だから求めるんじゃなく私だけを求める人を探してみたいの」
白虎は番が分からない。ならば、人族の"愛"を求めてみたい。
「それが君の答えかい?」
「うん。私は本能なんて信じない」
自分の発した言葉に、心の奥で見ないふりをしていたモヤッとした気持ちがはっきりした。そう獣人なのに、私は本能が分からない。だから、いくら番と言われても信じられないのだ。
ランドルフさんや龍王様に、ツガイと言われても私は何も感じなかった。龍王様の事も始めは怖かったけど触れ合ううちに私自身が愛されているのだと感じた。しかし、"本物の番"の前では所詮"紛い物"にしかならない。
ランドルフさんに感じた甘く重い香りも、今は思い出せない。きっと"本物の番"に今は抗っていても"紛い物"を愛する獣人はいないのだ。
アハハハハハ!!
急に笑いだしたグラムさんにビックリしていると、
「フーニア。私は君をとても気に入った。私がここへ来たのは、ランドルフに頼まれた訳じゃない。あらゆる手段を用いて調べたのさ。何故だと思う?」
ランドルフさんに頼まれていない?
リーリアさんが許した者じゃないの?
「ククッ。教えてあげるよ。私はね、君を助けたいんだ、本能の番に翻弄される哀れな白虎をね。
君は私へ言ったね。本能なんて信じない。と。
私も大賛成だ!
さて、どうする?
ここは素敵な箱庭だ。外の世界がどうなろうと平穏に暮らせるだろう。
だから、君に選択肢をあげるよ。
このまま何も知らず、何も知らされず、ただ"紛い物"の番として生きるか、
それとも、私と共に外の世界を知るか」
紛い物の番……私が白虎である限り逃げられない運命。
「君を何故、この箱庭へ彼らが閉じ込めたか知っているか?
答えは簡単だ。白虎は誰とでも番になれる、だから君を愛し、君に愛される事が許される獣人が沢山居るのさ。
分かるかい?
君の全ての未来を彼らは奪っている事になるんだ。羽をもがれた鳥のようにね。
さぁ!君の未来を聞こう。
このまま箱庭で一生過ごすか、私と共に外へ飛び立つか」
分からない、どうすれば良いか分からない……
でも、私は自由に生きてみたい!!
「グラムさん。私は外の世界を知りたい!でも、甘い香りがすると又襲われてしまうわ」
「大丈夫。手を出してごらん」
言われた通りグラムさんの前へ手を出すと、青い小瓶を渡される。
「これは昔、獣人が勝手に人族の事を自分の"番"と言い。連れ去る事があって、家族を守る為、"番"と感じる匂いを消す為に作られた香水だ。
今は人族と獣人の交流が少ない為、忘れられた香水だが、これを付ければ白虎としてじゃなく、ただのフーニアとして生きて行ける」
手に持った青い小瓶。これさえあれば、私は"紛い物"じゃなくなる。
瓶の蓋を開けると、爽やかな香りがして手首に一滴垂らせば、心が軽くなった気がする。
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