偽物の番

ring

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第3章。交差する運命

兄弟

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カリカリと壁に爪をたてるターニャに、壁を確かめると不自然な継ぎ目が見つかった。

「ルナ、これ」
「隠し通路かな?」

サハさんと通った道を思い出して、壁を押してみると壁土がポロポロ落ちて人ひとりが通れる程、狭い道が現れた。

「ニャー」
ターニャは、まるで全て知っているかのように進むが、中は真っ暗で躊躇していると、
「多分、大丈夫。一緒に行こう」

リックに手を引かれ暗闇を歩くと、またカリカリと爪をたてる音が聞こえた。

「ここかな? ちょっと手を離すよ」
「私も手伝うわ。もう怖くないもの」

二人で壁に手を当て、僅かな繋ぎ目も見逃さないようにしていたら、ギギッと下の方から音がする。

「ここが動くよ」
二人で膝をつき力いっぱい壁を押すと徐々に光が入り、ようやく通れる位に動かして、外の様子を見れば、豪華な部屋にはベッドがポツンと置かれていた。

「僕が先に出るから、ルナは待ってて」
「一緒に行きましょ、だって約束したもの」

這いつくばって出ると暖炉の中だと分かった。寒い季節じゃなくて良かったと思うが、ゆらりと影が動いた気がしてリックを庇う様に抱きしめた。

「何者だ? 私が居ると知って侵入したのか?」
「兄上!」

足元しか見えなかった影が暖炉の中を覗くように屈むと、リックが私を見て頷き暖炉から先に出た。

「フレデリック… 本物か?」
「兄上! 会いたかった」

リックがアンドリューに伸ばした手を掴むと、口を塞がれベッドの中へ押し込める。
バタバタと足音がして、扉を叩く音と共にアンドリューが扉の向こうへ消えた。

もし、リックを突出すなら私は獣化して逃げ出そうとグッと腹に力をいれたが、

再び現れたアンドリューは一人で、辺りを確認しながら扉の鍵を閉めカーテンを全て閉める。

「して、お前は何者だ? あれを私の弟と知り利用しようとしたのか?」

声は低く怒気を含みキラリと見えたのは剣先だった。

「兄上、ルナは僕を助けてくれたんだ。それに父上の所へも行きました」
ベッドから飛び出し、私とアンドリューの間に立つとリックは両手を広げ私を背に庇った。

「フレデリックお前が獣人族に殺されたと聞き、俺がどれ程の悲しみに襲われたか…
生きていたのだな」
「はい、はい兄上。僕は生きてます」

カランと、剣を手放し床に落ちたのを見て、私は暖炉から出て二人を見上げた。
そこに居たのは、泣きながら抱き合う二人の姿。

「しかし、今まで何処に。それにコイツは誰なんだ」

リックを守るように一歩前に出て私を睨み付けたアンドリューだが、

「兄上、お話があります。聞いてくれますか?」
「あぁ、もちろんだ。だがお前は死んだ事になっておる、誰かに知られる訳にはいかない。ここで話せるか?」

床に座り、隣にリックを座らせると顎で対面へ座る様に私を促し、そのまま私も二人の前に座った。

「兄上、僕を結果的に救ったのはグラムですがルナはグラムの妹で、閉じ込められていた部屋から連れ出してくれました」

それから、リックは隠し部屋に入れられてから父の日記を読んだ事や今まで黙っていた気持ちを、つっかえながらも必死に話していた。
意外にも、アンドリューは黙って聞いていたが、

「先程、父上にも会って来ました。僕は今まで嫌われていたと思っていたのに… 父上は… 僕も兄上も愛していると… 今回の責任は全て自分が悪いからと言って…」

泣き出したリックは、それでもアンドリューへ伝えようと手を握り、涙を拭う事無く話し続けた。

「… そうか。父上がそんな事を」
「だから、兄上。戦争なんてする必要は無いんです… 僕は… 僕は…」
泣き崩れたリックの背中をゆっくり撫でたアンドリューは、私を見て口を開く。

「して、お前は戦争を止める為に我が弟を懐柔したんだな。何が目的だ」
「戦争で一番犠牲になる人を救いたいだけよ。それに憎しみの種が二度と実らないように断ち切りたい」

鋭い眼で見つめられ、アンドリューの反応を待つ。
「ならば答えてみよ。我が弟のような者が虐げられる世が正しいと申すか? 自分たちの事しか考え無い貴族、それを喰い物にする商人、無気力な民。
全て父上が、王が弱かった為。ならば私が強い王になれば良い。
誰に何を言われても力でねじ伏せても、成さねばならぬ」
「違うわ、それは違う」
「何が違う 勝てば良いだけだ」

どうすれば伝わるんだろう。確かに強い王は必要かも知れない。だけど、心は違うと叫んでいる。

「ねぇ、強さって何? 力? それなら人族より獣人族の方が遥かに強いわ。もし、私が今獣化すればあなたを殺す事はきっと簡単ね」
「ルナ! いきなり何を言うんだ!」

リックがアンドリューを守るように抱きついた。が。

「リックが兄さんを守りたいって気持ち。それが本当の強さだと私は思うの。だから強い王になるなら戦争じゃなく違う道もあるんじゃないかって、
私はあんまり頭が良く無いから分からないけど、アンドリューさんなら分かるんじゃない?」

じっと探るように私を見ていたアンドリューが、いきなり笑い出した。

「フレデリックが強いと申すか! アハハ! そうか…」
「兄上、僕は兄上に死んで欲しくない」

ギュッと抱きつくリックの頭を撫でる手も、向ける眼差しも、とても優しく見える。

「ルナと言ったか。戦争を止めてみろ、既に動き出した者たちは、もう私では止められない。指揮は全てメラン公爵がしている、私は今。軟禁状態なのだ」
「え… それは…」
「毒には慣れていたはずなのだがな。変な香りがすると頭が朦朧とするのだ」

ハハ… と力無く笑うアンドリューの手にリックがそっと手を重ねた。

「兄上も一緒に出よう。きっと誰か助けてくれるよ」
「そうよ、この隠し通路から」

「私は自分の後始末をしなければならない。ルナ、フレデリックを頼む」
「嫌だ! 兄上も一緒に行こうよ!」
「お前は強いんだろ? 後から必ず行く。待てるな?」

唇を噛み瞳に涙を浮かべながら頷くリックの背を、優しく目を細めながらポンポンと叩いた。

「さぁ、行け。メラン公爵に知られる前に」
「必ず生きていて下さい」

ふんわりと笑い私達を暖炉に押し込んだ、アンドリューはその前を守るように背を向けた。

「リック…」
「兄上は強いから大丈夫。ルナ行こう」

リックはもう泣いていなかった。その目は前に進もうと力強い。

隠し通路を進むと、背後にアンドリューの声と数人の声が聞こえたが、私達は振り返る事はしなかった。



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