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崩さない、その余裕

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「教えて素直に横井よこいさんが来るとは思えないんだけどな、自分で連れて帰った方が安心出来そうだしね?」

 連れて帰るって、私の家はここですから。そんな事を言ってもきっとまた軽く言いくるめられてしまうだろうから口には出さないけれど。
 もう何も言い返さずに黙々と荷物をまとめていく。こっちが静かにしてれば梨ヶ瀬なしがせさんも大人しくしてくれるはず、そう思っていたのが甘かった。

「これは大学生の頃かな、横井さん意外とロングも似合うね」

「ちょっと! なに勝手に人のアルバム見ちゃってるんですか!?」

 梨ヶ瀬さんの意味深なつぶやきに慌てて振り返ると、彼は私の本棚から勝手にアルバムを取り出し眺めているではないか!
 冗談じゃない、その中には私の野暮ったい高校時代の写真まで残っているというのに。

「返して! いくらなんでも怒りますよ、私にだってプライバシーってものが……え?」

「ここ写ってるね、あの男」

 取り返そうとしたアルバムを目の前に出され、その一点を指差される。そこには間違いなくあのストーカーの男性の姿がはっきりと写されている。
 でもこれは数か月前の社員旅行の時に撮ったもので……

「そんな、どうして……?」

 梨ヶ瀬さんに言われるまで全く気付かずにいたけれど、私はそんなに前からこの人に付きまとわれていたの? 一気に体が冷たくなるような気がした。




「ごめんね、勝手に見ちゃって。けれど、もしかしたらあのストーカーの情報が得られるかなと思って」

「そう……ですか」

 さっきまでの怒りもすっかり萎んでしまい、私は自分の両腕をさすってその震えを誤魔化した。正直、梨ヶ瀬なしがせさんに平気な顔をして返事が出来ているのかも分からない。
 こんなに前からこうして付きまとわれていたなんて、今まで無事でいれて運が良かったのかもしれない。

「……今、君に教えるべきじゃなかったね。荷物、残ってる分は俺がやろうか?」

「いえ、平気です。すみません、すぐに終わらせますから」

 残った荷物をボストンバックに詰め込み終えると、私は立ち上がりそれを玄関へと運ぼうとする。けれどバッグはあっさりと梨ヶ瀬さんに奪われ代わりに彼の通勤鞄を渡された。
 先に玄関に置いていたスーツケースも彼が片手で持つと、そのまま玄関を開けてこちらを振り返る。

「この荷物は俺が持って降りるから、横井よこいさんはきちんと戸締りをしておいで?」

「でも、そんな重いもの二つも……って、人の話を全然聞いてくれないし」

 自分の言う事だけ言ってさっさと部屋を出て行ってしまった梨ヶ瀬さん、それが彼の優しさだとは分かっているけれどどうも素直に甘える気にはなれない。
 相性が悪いとか気が合わないとかいろいろ理由はあるけれど、私はあのわざと話をずらしているような狡猾なところが苦手。
 私はもう一度しっかりと戸締りを確認し、玄関の鍵を閉め階段を降りて行った。


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