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月の密会 ~貴公子には薔薇が良く似合う
密会 ②
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「って、詐欺じゃん」
月学園の寮に戻ってすぐアーネスト・レドモンに関する調書を取り寄せ、開口一番がそれであった。
『貧乏貴族だから』
などということはなく、相応に由緒正しくもあり、状態的にもひどいものだとは見て取れない。それより何より離縁している母方が…。
「はぁ?!」
間の抜けた声とはまさにこのことなのだろうと思う。驚きが増すと突拍子のない声を出すと言うが、そうとも言えるか。せっかくの優雅なお貴族気分がぶち壊しだった。めったに入ることの出来ないホテルのラウンジ。堪能したのも束の間、見てしまった衝撃的なシーン。
絵になっていた、とは思う。そう、嫌味なくらい。
あんな姿、学園ではちらりとも見たことがない。
「ガキは相手にしないって?…けど、なんでわざわざ月…?」
パソコン画面に現れ出た略歴に、まじまじと魅入る。
「サリレヴァント…」
アメリカでもトップ、世界でも有数の大企業。その代表が彼の母親だと言う。別段接点は見られないが、実際に存在するのだから、
「怪しい…」
貧乏だと言い切る貴族と大企業の社長の息子。どちらを取るとしても月になんてわざわざ来るほどのものじゃないはずだ。
あれだけ…とはいえ半年ほどしか見てないが、人当たりの良さは右に出る者はいないだろう。だが、見た目とは違うのかも知れない、とつぶやく声は壁に飾った地球のパネルにぶつかっていた。
鮮やかな数十年前の地球。今日見上げた空に在ったものとどこか違って見えるのは地球本体の傷を知っているから。それでも綺麗だと素直に思う。
やはり宇宙に浮かぶ地球の姿は綺麗だと。
けれど、目に見えない存在は一概には言えない。
気になるのは、初めて視線がぶつかった瞬間の彼。温厚篤実、人畜無害とまで言われる彼の、あるまじき視線。
今まで気にも留めなかった存在に、心が躍らされる。
予兆はあった。それは先日行われた定期試験でのトトカルチョ。アーネストが絡んでいるらしい、と実しやかに流れた噂は大概の者が否定していた。ではどこから流れた噂話だったのか。
火のないところに…。
「煙は立たない。けど、足りない……」
ショーティにも簡単に判るほどの彼のバックグランドだ。何か、もう少し、いや更にその倍…いや。せめてあの時、声を掛けておけば良かっただろうか。
しかし、思い返されるのは薔薇の香り。咽るような馨しき香りの障壁。伸ばした手はきっと棘に触れる。アーネスト・レドモンには届かない。
これは確信。幼い頃からくぐもった世界に触れてきた経験からなる、胸はやるイエローシグナル。
「楽しみ」
幼さを増して見られる大きな茶色の双眸がするりと細くなり、右手でゆっくりと長い前髪をかきあげる。小さく口元から零れる声は笑み以外の何物でもなく、ショーティはベッドへと身を投げ出した。
~~~~
「ヘイ!」
「Morning」
すっきりとした朝。全てがあるべきように調節された月ドームの中の学園で、挨拶を交わしながらショーティの視線はアーネストを探していた。別段どうしようと思ったわけではない。ただ、先日のこと、本当に自分に気付かなかったのか、その反応全てが見てみたい衝動に駆られていたのだ。
とはいえ、探すまでのことはなかった。
まだ時期ではないことは確認済みだし、自分にもよ~く言い聞かせている。
反応を見るだけ…。
ふとそう思った矢先に、アーネストが向こうから歩いてきた。
ナイスタイミング!
そう思いながらも視線はアーネストに釘付けになった。
……彼は、いつものように笑っていた。上品に。無難に。
…無難に?…そう感じるのは自分の思い過ごしだろうかと感じる半面、なぜか物足りない気分にすらなってくる。その笑みは誰をも魅了する穏やかなものであるのに、確かに彼のいつもの笑みであるのに、不思議なほどまがい物の美術品を見ているようだった。
ま、思い過ごしだよね。
ショーティはそうつぶやくと一度俯くが、すぐにアーネストへと視線を向ける。
けれども。
アーネスト・レドモンはそのまま過ぎていった。ショーティの数歩先に彼はいたが、とりまきのようにいる端の男と一瞬目が合ったくらいだった。アーネストは冗談に反応しているのか、今までよりも苦笑まじりに笑っている。それでもその品位を落とすことはない。
そして………ショーティと、視線が合うことは全くなかった。
そうして、完全にすれ違う。
……それから数歩歩いて、ショーティは気が抜けたようにゆっくりと歩き始めた。が、すぐにふつふつと怒りが込み上げてくる。なんで僕だけ?自分だけがアーネストを見ていたことがたまらなく悔しい。
とんとんとんと歩き、ふと足を止める。もしかして、アーネスト僕に気付いてなかった?
振り返ってその姿を捜した時、そこにはもう見当たらなかった。
「ショーティ!」
朝の喧騒の中ショーティを呼ぶ声が響き渡る。
「あれカナン。おはよ」
そこには咽るような薔薇の香りも、夜空に浮かぶ地球の静寂もなかった。それが夢でもあるかのような現実が広がる。ショーティは振り切るように、友人のカナン・フィーヨルドに笑顔を向けた。
一方アーネストは、その口に冷ややかな笑みを浮かべていた。……誰に気付かれることはないままに。
けれどもその嘘を暴くかのように一陣の風が向かってくる。アーネストはまとわりつく風を流すように、軽く頭を振る。
その時ならばショーティは、あの時の静寂を感じえたのだろうか?
月の密会 -END-
月学園の寮に戻ってすぐアーネスト・レドモンに関する調書を取り寄せ、開口一番がそれであった。
『貧乏貴族だから』
などということはなく、相応に由緒正しくもあり、状態的にもひどいものだとは見て取れない。それより何より離縁している母方が…。
「はぁ?!」
間の抜けた声とはまさにこのことなのだろうと思う。驚きが増すと突拍子のない声を出すと言うが、そうとも言えるか。せっかくの優雅なお貴族気分がぶち壊しだった。めったに入ることの出来ないホテルのラウンジ。堪能したのも束の間、見てしまった衝撃的なシーン。
絵になっていた、とは思う。そう、嫌味なくらい。
あんな姿、学園ではちらりとも見たことがない。
「ガキは相手にしないって?…けど、なんでわざわざ月…?」
パソコン画面に現れ出た略歴に、まじまじと魅入る。
「サリレヴァント…」
アメリカでもトップ、世界でも有数の大企業。その代表が彼の母親だと言う。別段接点は見られないが、実際に存在するのだから、
「怪しい…」
貧乏だと言い切る貴族と大企業の社長の息子。どちらを取るとしても月になんてわざわざ来るほどのものじゃないはずだ。
あれだけ…とはいえ半年ほどしか見てないが、人当たりの良さは右に出る者はいないだろう。だが、見た目とは違うのかも知れない、とつぶやく声は壁に飾った地球のパネルにぶつかっていた。
鮮やかな数十年前の地球。今日見上げた空に在ったものとどこか違って見えるのは地球本体の傷を知っているから。それでも綺麗だと素直に思う。
やはり宇宙に浮かぶ地球の姿は綺麗だと。
けれど、目に見えない存在は一概には言えない。
気になるのは、初めて視線がぶつかった瞬間の彼。温厚篤実、人畜無害とまで言われる彼の、あるまじき視線。
今まで気にも留めなかった存在に、心が躍らされる。
予兆はあった。それは先日行われた定期試験でのトトカルチョ。アーネストが絡んでいるらしい、と実しやかに流れた噂は大概の者が否定していた。ではどこから流れた噂話だったのか。
火のないところに…。
「煙は立たない。けど、足りない……」
ショーティにも簡単に判るほどの彼のバックグランドだ。何か、もう少し、いや更にその倍…いや。せめてあの時、声を掛けておけば良かっただろうか。
しかし、思い返されるのは薔薇の香り。咽るような馨しき香りの障壁。伸ばした手はきっと棘に触れる。アーネスト・レドモンには届かない。
これは確信。幼い頃からくぐもった世界に触れてきた経験からなる、胸はやるイエローシグナル。
「楽しみ」
幼さを増して見られる大きな茶色の双眸がするりと細くなり、右手でゆっくりと長い前髪をかきあげる。小さく口元から零れる声は笑み以外の何物でもなく、ショーティはベッドへと身を投げ出した。
~~~~
「ヘイ!」
「Morning」
すっきりとした朝。全てがあるべきように調節された月ドームの中の学園で、挨拶を交わしながらショーティの視線はアーネストを探していた。別段どうしようと思ったわけではない。ただ、先日のこと、本当に自分に気付かなかったのか、その反応全てが見てみたい衝動に駆られていたのだ。
とはいえ、探すまでのことはなかった。
まだ時期ではないことは確認済みだし、自分にもよ~く言い聞かせている。
反応を見るだけ…。
ふとそう思った矢先に、アーネストが向こうから歩いてきた。
ナイスタイミング!
そう思いながらも視線はアーネストに釘付けになった。
……彼は、いつものように笑っていた。上品に。無難に。
…無難に?…そう感じるのは自分の思い過ごしだろうかと感じる半面、なぜか物足りない気分にすらなってくる。その笑みは誰をも魅了する穏やかなものであるのに、確かに彼のいつもの笑みであるのに、不思議なほどまがい物の美術品を見ているようだった。
ま、思い過ごしだよね。
ショーティはそうつぶやくと一度俯くが、すぐにアーネストへと視線を向ける。
けれども。
アーネスト・レドモンはそのまま過ぎていった。ショーティの数歩先に彼はいたが、とりまきのようにいる端の男と一瞬目が合ったくらいだった。アーネストは冗談に反応しているのか、今までよりも苦笑まじりに笑っている。それでもその品位を落とすことはない。
そして………ショーティと、視線が合うことは全くなかった。
そうして、完全にすれ違う。
……それから数歩歩いて、ショーティは気が抜けたようにゆっくりと歩き始めた。が、すぐにふつふつと怒りが込み上げてくる。なんで僕だけ?自分だけがアーネストを見ていたことがたまらなく悔しい。
とんとんとんと歩き、ふと足を止める。もしかして、アーネスト僕に気付いてなかった?
振り返ってその姿を捜した時、そこにはもう見当たらなかった。
「ショーティ!」
朝の喧騒の中ショーティを呼ぶ声が響き渡る。
「あれカナン。おはよ」
そこには咽るような薔薇の香りも、夜空に浮かぶ地球の静寂もなかった。それが夢でもあるかのような現実が広がる。ショーティは振り切るように、友人のカナン・フィーヨルドに笑顔を向けた。
一方アーネストは、その口に冷ややかな笑みを浮かべていた。……誰に気付かれることはないままに。
けれどもその嘘を暴くかのように一陣の風が向かってくる。アーネストはまとわりつく風を流すように、軽く頭を振る。
その時ならばショーティは、あの時の静寂を感じえたのだろうか?
月の密会 -END-
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