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言葉の裏に隠したモノ ~契約…?秘密をバラすなってこと?

真実 ③ 〜続きが欲しいのなら

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 けれど、スイが大切なのは事実だろう。それは間違いないはずだとショーティはまるで自分に言い聞かせるようにつぶやき、アーネスト・レドモンその人をみつめた。

 切れ長の双眸。質の良い金茶色の髪。しかし、アーネストの視線と絡むことはなく、軽く息を吐き出すショーティは挑むような視線のまま、

「アーネストがスイを大切に思っているのは————スイが……クローンだから?」と口を開いた。

 室内をゆるりと泳ぐ言葉に、アーネストは一瞬カップを持つ手を止めた。途端、茶を落としていた瞳が金を帯び、不可思議な色に変化する。
 驚きとも、憎悪とも、哀しみともつかぬアーネストらしからぬ色彩。
 けれどそれを認めたのは一瞬で、ついと腕が動き、カップがソーサーと触れ、音が奇妙にも大きく響く。まるで、追い詰められるような感覚にショーティは軽く息をつめる。
 理由もなく、鼓動が早くなり、見据えられている視線が言葉を奪っていく。

「だから、守って…それとも…何らかの…利用方法……」

 続けた声は大気に吸い込まれていた。
 目の前の存在が、一瞬の次に見せたのは、極上の笑み、であった。
 問いかけてからのほんの数秒の変化に、戦慄が、走る。
 そこにあるものは確かに笑みであるはずなのに、恐怖さえ感じていた。次の言動全てが白紙と化し、

「ショーティ。それで君はどうするつもりなんだい」

 いつもと同じ穏やかな口調が、有無を言わさずショーティを捕らえていた。
 多分これがアーネスト・レドモンその人なのだろう。
 彼が答えることはなくとも、感じ得てしまう。そして、例えば今、それを尋ねても、アーネストは否定しないだろうことも。
 背筋が得も言わずぞくりと震えた。真実を。今ここで真実を明かすことにどういう意味があるのか、必死に考える。そして、自分がどうしたいのかも…。

「ショーティ?」
「!」

 呼びかけられる声に、瞬間、身を竦めていた。
 第6感が告げるのだ。敵に回すな、と。そのための言葉を探すが、不意に立ち上がったアーネストに視線を奪われる。
 集まりかけていた言葉が瞬時、散らばり、ただただ視線だけがアーネストの背をみつめ続ける。手際よく入れられる紅茶の香りが室内を満たし、両手をきつく握り締めるショーティは、ついと差し出される新しい紅茶に思わず身構えていた。

( やばい )

 そう心がつぶやくが、

「役不足かな」
「え?」

 不意に零れるアーネストの声に捕われるように聞き返す。

「いや、口止めに、僕では役不足かな、と思ってね」

 口元に小さく笑みさえ携え、尋ねるアーネストの言葉にしかし、ショーティは理解できずに茫然としていた。

「僕は、君にとって有用だと思うけれど」

 告げられた言葉に思わず立ち上がる。
 瞬時、頭の中が整理されていく。それは目まぐるしいばかりの速さであった。
 アーネストはスイが大切、それは絶対で、スイの秘密を知ったショーティに、口止めとしてアーネストを提示してきた。つまりはそういう事…?
 有用?
 そんなに軽い言葉ではない。
 ————————アーネストが欲しい。
 それはショーティの真実で、

「……なに…?———僕に……アーネストをくれるの?」

 震える言葉を押さえ込み、虚栄を装い尋ねるショーティであったが、アーネストは一瞬の後、優雅な仕草でその右手を取り上げた。

 そして…………。

 不意に手の甲へ口唇が触れる。瞬間、全身を戦慄が走った。先程とは全く違う快感のそれに、ショーティは無意識に手を引き戻す。
 見つめる切れ長の瞳。見透かされているかのようなその眼差し。
 同姓であるが故に、感じ取ることができただろうショーティ自身の甘い錯覚。
 右手の甲に受けた口づけだけで、アーネストにはわかってしまのではないかと思ってしまう。
 欲している、心、を。

 覚悟を決めたかのように視線を上げるショーティにアーネストはシニカルな笑みを見せた。
 今更ながらに手の内を見せるアーネスト・レドモンの本質らしい笑みであった。
 そんなにもスイが大事なのか。
 妙な蟠りが燻る中、右手が……疼いていた。
 理由はわからないまま、求めたくないのかもしれない。が、ただ、熱が集中してくる気がしていた。鼓動さえ高鳴る気がして、ダメだと自分に言い聞かせる。このまま流されてはいけないと思う。

 出直して、そして……そして……?

 思考が回らない。動揺しているショーティを力づくではない、だたしなやかな強引さでアーネストが肩を引き寄せる。視線がぶつかり、近づく。
 金色の強い眼差しに耐え切れず、目を閉じると口唇にアーネストを、感じた。
 確かにアーネストが気になっていた。こういう接近もアリかもしれない、とも思った。だからと言って…こんな一方的なものを考えていたわけではない。
 離れた口元に、言葉を乗せようとするショーティであったが、それさえもアーネストは封じる。饒舌では負けないつもりだった。なのに…。

「黙って」

 至近距離で見据える瞳。額にかかる質の良い金を帯びた髪。
 身を包むのは先ほどの茶の香りか、アーネストのコロンなのか。
 身体に力が入らなかった。

【わかるだろう?】

 誘うような視線が更に追い討ちを掛ける。
 ダメだ…。充分に—————、充分過ぎるほどに解りきっていた。

 そして再びの口づけ。
 口唇の形を、質感を、熱さを、確認するかのような、それでいてついばむような口づけ。

 物音一つない室内で、息遣いだけが占めていた。

 逃げ出すのは困難ではなかった。アーネストの腕はそれほど強い力ではなかったのだから。

 それでも心地よかったことは事実であり……。

 本能と理性がぶつかり、凌ぎあい、理性が少しだけ顔を覗かせる。
 軽い身じろぎ。しかし、次の瞬間、本能が理性に食らいついた。
 長い口づけに酸素を求めた口元。滑り込んだ舌が理性もろとも絡みとる。
 咄嗟に左手でアーネストを押しのけようとするが、その手さえもするりと捕らえられた。手のひらから手首へ移動するアーネストの体温が口づけと同じ温度を直接心臓へ送る。

「………っ…」

 脳が、感覚が、全てが麻痺していた。理性も本能も、ただ口づけという行為のみを追いかけていた。初めての感覚だったかもしれない。口づけにこれほどまでの威力があると知っていれば—————。

「……は…っ」

 再度ついばむような口づけを繰り返し、ゆっくりと離れて行くアーネストは、静かにショーティを見つめていた。

 開放されたショーティは、2,3歩下がるようにして、ソファに軽く身を預ける。

「続きが欲しかったら、今夜ここにおいで」

 その耳元に、しっとりとアーネストの声が響くのだった。



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