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僕が僕のためにやろうと思うこと 〜卒業後、ふとした狭間で考える

夏、雨音の中

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 夕立かと思われた雨は、夜半過ぎまで降り続いていた。雨音に混じり、シャッシャッと小気味良い音が響いている。

 ふと目を覚ましたショーティは、慣れたパイプベッドに横たわり、綿の白いシーツにくるまれるようにうつ伏せに寝入っていたことを知り、思考を巡らせながら視線で音の主を探した。そしてキャンバスに向かい、絵を描きとめている透を見つける。

 黒い髪が腕の動きに合わせて柔らかく舞い、キャンバスに向かう小さな照明が彼の着ている白いシャツをやんわりと照らし出す。何かにとり付かれたように腕を動かし、時折、絵に魅入る。

 その背を見つめながら、ショーティは軽く身を動かした。

「———っ!」
 途端、中心を貫くような痛みを覚え、小さく言葉を発す。行為自体はショーティにとってさほど珍しい事ではなかった。がしかし、ある程度の準備を施す場合と今回は違い、少し無理をした感は否めなかった。その為の痛みなのだが、

「あ…」

 声を聞きとめた透が振り返り、見つめていたショーティと視線が合った。

「シ、ショーティ…」
「謝罪なら、いらない」

 途端、赤面し言い淀む透に、すぐに察したショーティは腹ばいのまま、肘だけで軽く身を起こし、にっこりと笑みを見せる。
 謝られたらショーティ自身の立場がないのだが、出鼻を挫かれた透は少し躊躇した後、降りしきる雨音を乱すことなく歩み寄った。

「新作だね」
「ありきたりだよね」

 ベッドの中から見える絵は、山中を流れる川面に揺れる月であった。その更に下では、川魚が行きすぎようとしている。
 上流の岩の間、その溜まりに映る月。ゆらりと泳ぐその姿。

「昔、見たことがあるんだ。過ぎて行く背をただ見送った……」
「生まれる、場所、って感じ」

 ベッドの脇に腰を下ろした透を見上げて、ショーティは首を傾げるように告げる。そんなショーティを認め、透はふわりと笑みを覗かせた。柔らかな、形容し難い笑みであったが、ショーティもつられたように微笑する。

「ショーティ。涙が溢れる程に大切な友人は無くしちゃいけないと思う」

 そして続けられた言葉に、思わず両手をつき立ち上がるショーティであったが、
「いっ!」痛みに身を竦める。

「ショーティ!」

 慌ててその身を支えるように腕を伸ばす透は、ショーティの二の腕を掴み、心配そうに表情を覗き込む。それから、はたと、彼が何も身に纏っていないことを知り、慌てて周囲を探って着る物を探す。
 おろおろと動揺している透の仕草に、思わず苦笑を浮かべたショーティは、小さく息を吐き出した。

「そうだね」

 そして、彼の手を借り、もう一度ベッドへ体を預ける。
 今更ながらにアーネストに会いに行こうと思えた。
 契約破棄でも、友人ではなくなっても、それはそれで構わない。
 本当に必要ならば、その時自分は動くだろうし、アーネストの動向になど左右されないと思う。

 何に蟠っていたと言うのか。———————いや、泣いたらすっきりした、という事もあるのかもしれない。

「ショーティ?」

 うつ伏せのままショーティが笑みをかみ締めていることを知り、透は怪訝な様子で問いかけた。

「なんでもない」

 本当に、バカみたいだ。
 新しいシーツが柔らかくその身を包む。雨音が静かに脳裏を満たす。

「これ、描き上げてしまうから、眠ってていいよ」

 透の声が、日本語が、これ程に心に染み入るものだと、ショーティは初めて知った。



 
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