上 下
39 / 67
大切な、友人 ~その判断は人それぞれだよね

程よい距離感

しおりを挟む
 
 美味しい料理とアルコール。そして聞きたかった情報の付帯品。ショーティ・アナザーのすべてを満たしてくれる大切な存在である彼アーネスト・レドモンは、
「飲み足りなりな」とぼやくショーティに、
「飲みなおそうか」と自身の部屋へと招いてくれた。

 さらりと促すような響きで告げられる言葉がまるで合図のようで、訪れたその部屋はどこまでも彼らしい雰囲気を醸し出している。

 ショーティの乱雑とした広めのワンルームとは違う、メイドに執事、コックまで通っている広い部屋の一角のリビングルーム。玄関から続く落ち着いた調度品の中、すっきりと立つ姿はなかなかに眼福を得る。

 環境が人を作る、と言うが、そうはいってもやはり土台は必要だと思わせるその容姿。
 質の良い金茶色の絹糸のような髪。同じ色合いを見せる瞳は涼し気な目元でみつめてくる。白人種のきめ細やかな白い首元の肌がライトを受けて艶めかしく光る。

「ショーティ?」

 思わず歩み寄ると、不思議そうに名を呼んでくるその唇を塞ぎたくて襟元を引き寄せた。そのまま彼の香りを楽しみながら、キスをする。
 柔らかく触れるだけの唇が、心地よかった。

「飲みなおすんじゃなかったのかい?」

 離れた間際にどこかからかうようにアーネストが告げてくる。

「もちろん、そのつもりだったんだけどさ、気が付いたんだよね。アーネストも足りないなって」

 軽く首をかしげるとショーティの栗色の髪がさらりと揺れて、やや大きな瞳が射貫くように細くなる。
 そのまま笑みを携えて再びのキスは、ショーティが仕掛けて、アーネストが答えてくれる。
 そして、その後は—————。

 それが、二人の関係だった。

 十代の頃、暗黙の了解のように交わした契約。
 卒業してからも続いた関係にショーティはもちろんのことアーネストもそれほど嫌がっているはずはないと、思っていた。嫌がっているどころか、そこそこ楽しんでいるのではないかと最近はそう思っていたのだが。


2111年 10月某日 23時

「なんだろう、何かがおかしい」

 突然フリーになってしまったショーティは、空いてしまった隣の席に視線を投げてから新しいアルコールのグラスに手を伸ばした。

 地中海のコテージから戻ってからのアーネストは、彼の力が120%発揮されたと言っても過言ではないほどの業績をみせていた。それは、数字から見ても周囲からの声を聞いても、相対して話をしていても十分に感じ取れるもので、いっそ、コテージのことが夢だったのではないかと思わざるを得ないほどだ。

 自分を捨てたはずの母親の下へ行くこと。その下で働くこと。それ自体に窮屈さを覚えていたアーネストが、今や誰よりもその状況を楽しみ、生かし、広げている。こうなったら誰も止められないのだろう。

 だからと言って、久しぶりのプライベートを奪われたことはいただけない。ショーティも楽しみにしていたのだから。
 なのに、これから、というときに一本の通話。

 それはアーネストの第2秘書ケイン・クラークからだった。彼はサリレヴァント・カンパニーの中でも年齢が低く、アーネストより唯一年下の人物で、優秀さからの抜擢ではあるが、わりと臆することなく発言する性格もアーネストは好ましく思っているらしい。プライベートな時間帯に会社からの発信はほとんどが彼からで、初めのころは少しだけ訝しく思ったりもしたものだ。といっても会社の人に手をつけるなど、アーネストにあるはずない。その辺りはさすがにきちんとしている。

 いや、だからつまり、とショーティはアルコールを口にする。

 こんな時間からの会社のcallに出向くアーネストに悪態をつきたいのだが、つけないというもどかしい思いの中にいた。

 そして……。

 隣にまだアーネストの香りが残っている。それだけで夏のコテージでの熱を思い出してしまいそうになる。裏を返せば、あの時以来、触れていない。

 あの静寂な森の中。誰もいない、ただ二人だけで過ごした日々。
 それなのに今は、あのアーネストを包む穏やかな室内にも行けてない。

「いや、それだけが目的というわけじゃないけどさ」

 思わず独り言ちるのは許してほしい。

 あの熱を知ってしまったらそう簡単に手放せない。あの熱を知ってしまったら、代用などできやしない。アーネストはもっと自分自身を知るべきだと強く思う。といっても、ショーティ自身、経験が豊富ではない。知っている、という程度のものだから自分がおぼれているだけなのかもしれない。

「いや、違うと思う」

 暇を持て余してつけたニュース画面で、軽い会釈とともにノーコメントで通り過ぎるアーネストにインタビュアーが言葉に詰まる、というより見惚れて固まる、という瞬間が出ていた。

「コテージからこちら、色気ただ漏れ」

 本人にまったく意識がないのだから質が悪い。

 まったくさ、本当に。—————大好きだ。

 心の中でつぶやきながらグラスを空けると会計を呼ぶ。

「お会計は頂いております」

 笑顔で告げるスタッフに思わずため息。

「男前だなぁ、ほんとに」

 こぼす苦笑は自然甘いものになっていく。



しおりを挟む

処理中です...