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歩き出すために ~高階透は語り出す
だからと言って…触れるわけには
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「ショーティ……ショーティ!」
白い息に紛れて名を呼ぶ事3回、少し長めの前髪を揺らして振り返る姿に、透は深いため息を零した。
「よくこんなに寒い場所に10分も座っていられるね。お参りはしないの?」
「別に、寒くはないけど…」
湯気を立ち上らせる紙コップを手渡し、透は隣に腰を下ろす。石でできたベンチはひやりとした感触を伝えるが、ショーティの様子はそれ以上にひやりとするものを感じさせた。
何かがあったのは絶対だ。
椅子に座ったまま行き交う人々を眺めている様はどこかで見たことがあるような気がする。そして時折、意味ありげな視線を周囲に投げ散らかす。
「あ…」
「おいしいなあ」
思わず零した言葉は、ショーティの明るい声音に消されていた。
「甘酒って、独特だよね。でも僕、できれば熱燗の方が……」
更に明るく言い放たれ、透は小さな苛立ちを感じる。
何かがあったとすればそれは、きっと—————。
「飲みすぎだよショーティ」
「?透も心配性だなあ」
「じゃあ、どうして!」
あの時と……同じ表情を見せるんだ?初めて出会った時と……同じ表情を……。
「なに?」
透が黙り込むと、ショーティはまたも人混みに視線を埋めた。手にした甘酒を両手で抱きこむようにして持つ姿は幼さを覗かせ、夜空の中にポツリと浮かぶ月光が栗色の髪を優しく照らす。乾いた風が彼の白い頬を撫で……。
「お正月は、仕事はしないの?」
その頬が色を無くしているような気がして、透は尋ねていた。
突然の話題転換に二三度、目を瞬かせたショーティは、
「…ほら、僕ってフリーだから。仕事しようとしまいと…」と甘酒を口にして告げるが、
「彼は?」と透は言葉を遮り問う。
「アーネスト・レドモンには、ついてないの?勿論、仕事じゃなく」
「……透?」
大きな目元に浮かべていた笑みが瞬時にして消えていた。探るような視線は冷やかさを増し、冬の乾燥した風があの頃より少しだけ伸びた髪をふわりと揺らす。
「もしかして、振られた?」
「!」
決死の覚悟で口を開いた透はしかし、息を飲むショーティを認めて焦ったように、
「あ、いや、その…様子がおかしいからショーティがらしくない時って絶対彼がらみだろうって、その、こうはっきりと聞くつもりはなかったんだけど」と真っ赤になって叫んでいた。
一緒にいるのに心がここに無い事を知った時、そう、あの桜の木の下での表情と同じ物を捕らえた時、意地の悪い思いが心を過ぎったのだ。
なぜ自分じゃだめなのか。
そばにいるのは自分なのに、心を占めているのは間違いなくアーネスト・レドモンだ。
そう思った時には既に言葉が飛び出していた。
追い詰めないように、そう思っていたはずなのに。しかし。
「ぷっ!は、あは、あはははは!」
冬の夜空に笑い声が高らかに響いた。
腹を抱えるように笑い飛ばし、それから前髪をかきあげ身を起こす。
その彼に透は小さく「ごめん」と告げながら、いったい何をしてるんだろうと、つぶやく。
あまりにも情けなく、小さなため息が出た。
「ごめんは僕の方だよね。透には心配かけてばかりだ。ごめん。行こうか?」とショーティは笑みを押さえ、ひょいと立ち上がった。
「行くって…参拝…」
そして歩き出そうとした彼の行く手を認め、透は尋ねる。参道を逆に歩き出したショーティは既に帰るつもりなのか。
「うん。今日はいい。こんなにたくさんの人が願い事してて、僕のだけ取りこぼされたらかなわないからさ」
「じゃあ、どうして初詣に行こうなんて?」
わからなかった。いや、そもそもショーティの考えていることがわかった試しはないそして案の定。
「……人間ウォッチングを少々。考え事する時に結構いいんだよね。透に付き合わせる気は無かったんだけどさ、ま、成り行き?」
「ショーティ…」
がっくりと項垂れ、僕って…と内心つぶやく透は、不意に二の腕に感じる気配にびくりと萎縮し、身を引いた。そして気配を探るようにショーティを見ると、行き場を失ったらしい手を透に翳すように見せ、軽く首をかしげている。
「そうそう、これもね、聞いておきたかったんだ」
「え?」
なるべく平静を装うが、ショーティは真正面から透を見つめると、
「僕に触れないのは、夏のあれが関係してる?あの後だって一度触れただけ。妙に萎縮している気がするのは僕の気のせい?」
大きな茶色の瞳に捕らわれて、視線を反らすこともままならず、ただただ言葉が詰まる。
夏のあれ、とは正しく彼を抱いたあの夜のことだろう。
萎縮……しているのかもしれない。
そう思う透であったが、
「言って、透。僕が嫌い?同情してくれたことに付けこんであんなことさせたから?」
続けられたショーティの言葉に、更に驚愕する。
嫌い…?誰が、誰を……?
「初めは僕の事を好きなのかと思った。けど、透は優しいからさ…」
違和感どころの騒ぎではなかった。ショーティが何を言っているのかさえもわからず二の句がつげない。
「んーと…ま、いいや。ほんと、今日は帰ろう」
やや茫然としている透を促すように、ショーティは軽く首を傾げる。
「家まで送ってくよ」
そして、付き合わせたための言葉をにっこり笑顔で告げ、歩を進めた。けれど透は追いかける事ができない。風が、冬の乾いたそれが肌に刺さる。いや、刺さるのは他人行儀なショーティの言葉と態度か。
「透?」
振り返るその背後には大きな満月があり、彼を仄かに輝かせ、透は軽く首を振った。
「そんなわけない。嫌いなわけないよ!」
周囲の人々がちらりとだけ視線を向けるが、すぐに何事もなかったように立ち去って行く。そんな中で透の叫びを聞き、唯一立ち止まっているショーティがふわりと柔らかな笑みをその頬に乗せた。
いつになく優しげな笑みは透が初めて目にしたと言っても過言ではなく、心の全てを吸い取られ、まるで誘われるように、
「僕は……」と口を開く。
柔らかな笑顔。余すことなく披露してくれたその豊かな表情。もう一度、泣き顔さえも見てみたいと、思ってしまう。—————そう。
「ずっと君に触れたかったよ」
白い息に紛れて名を呼ぶ事3回、少し長めの前髪を揺らして振り返る姿に、透は深いため息を零した。
「よくこんなに寒い場所に10分も座っていられるね。お参りはしないの?」
「別に、寒くはないけど…」
湯気を立ち上らせる紙コップを手渡し、透は隣に腰を下ろす。石でできたベンチはひやりとした感触を伝えるが、ショーティの様子はそれ以上にひやりとするものを感じさせた。
何かがあったのは絶対だ。
椅子に座ったまま行き交う人々を眺めている様はどこかで見たことがあるような気がする。そして時折、意味ありげな視線を周囲に投げ散らかす。
「あ…」
「おいしいなあ」
思わず零した言葉は、ショーティの明るい声音に消されていた。
「甘酒って、独特だよね。でも僕、できれば熱燗の方が……」
更に明るく言い放たれ、透は小さな苛立ちを感じる。
何かがあったとすればそれは、きっと—————。
「飲みすぎだよショーティ」
「?透も心配性だなあ」
「じゃあ、どうして!」
あの時と……同じ表情を見せるんだ?初めて出会った時と……同じ表情を……。
「なに?」
透が黙り込むと、ショーティはまたも人混みに視線を埋めた。手にした甘酒を両手で抱きこむようにして持つ姿は幼さを覗かせ、夜空の中にポツリと浮かぶ月光が栗色の髪を優しく照らす。乾いた風が彼の白い頬を撫で……。
「お正月は、仕事はしないの?」
その頬が色を無くしているような気がして、透は尋ねていた。
突然の話題転換に二三度、目を瞬かせたショーティは、
「…ほら、僕ってフリーだから。仕事しようとしまいと…」と甘酒を口にして告げるが、
「彼は?」と透は言葉を遮り問う。
「アーネスト・レドモンには、ついてないの?勿論、仕事じゃなく」
「……透?」
大きな目元に浮かべていた笑みが瞬時にして消えていた。探るような視線は冷やかさを増し、冬の乾燥した風があの頃より少しだけ伸びた髪をふわりと揺らす。
「もしかして、振られた?」
「!」
決死の覚悟で口を開いた透はしかし、息を飲むショーティを認めて焦ったように、
「あ、いや、その…様子がおかしいからショーティがらしくない時って絶対彼がらみだろうって、その、こうはっきりと聞くつもりはなかったんだけど」と真っ赤になって叫んでいた。
一緒にいるのに心がここに無い事を知った時、そう、あの桜の木の下での表情と同じ物を捕らえた時、意地の悪い思いが心を過ぎったのだ。
なぜ自分じゃだめなのか。
そばにいるのは自分なのに、心を占めているのは間違いなくアーネスト・レドモンだ。
そう思った時には既に言葉が飛び出していた。
追い詰めないように、そう思っていたはずなのに。しかし。
「ぷっ!は、あは、あはははは!」
冬の夜空に笑い声が高らかに響いた。
腹を抱えるように笑い飛ばし、それから前髪をかきあげ身を起こす。
その彼に透は小さく「ごめん」と告げながら、いったい何をしてるんだろうと、つぶやく。
あまりにも情けなく、小さなため息が出た。
「ごめんは僕の方だよね。透には心配かけてばかりだ。ごめん。行こうか?」とショーティは笑みを押さえ、ひょいと立ち上がった。
「行くって…参拝…」
そして歩き出そうとした彼の行く手を認め、透は尋ねる。参道を逆に歩き出したショーティは既に帰るつもりなのか。
「うん。今日はいい。こんなにたくさんの人が願い事してて、僕のだけ取りこぼされたらかなわないからさ」
「じゃあ、どうして初詣に行こうなんて?」
わからなかった。いや、そもそもショーティの考えていることがわかった試しはないそして案の定。
「……人間ウォッチングを少々。考え事する時に結構いいんだよね。透に付き合わせる気は無かったんだけどさ、ま、成り行き?」
「ショーティ…」
がっくりと項垂れ、僕って…と内心つぶやく透は、不意に二の腕に感じる気配にびくりと萎縮し、身を引いた。そして気配を探るようにショーティを見ると、行き場を失ったらしい手を透に翳すように見せ、軽く首をかしげている。
「そうそう、これもね、聞いておきたかったんだ」
「え?」
なるべく平静を装うが、ショーティは真正面から透を見つめると、
「僕に触れないのは、夏のあれが関係してる?あの後だって一度触れただけ。妙に萎縮している気がするのは僕の気のせい?」
大きな茶色の瞳に捕らわれて、視線を反らすこともままならず、ただただ言葉が詰まる。
夏のあれ、とは正しく彼を抱いたあの夜のことだろう。
萎縮……しているのかもしれない。
そう思う透であったが、
「言って、透。僕が嫌い?同情してくれたことに付けこんであんなことさせたから?」
続けられたショーティの言葉に、更に驚愕する。
嫌い…?誰が、誰を……?
「初めは僕の事を好きなのかと思った。けど、透は優しいからさ…」
違和感どころの騒ぎではなかった。ショーティが何を言っているのかさえもわからず二の句がつげない。
「んーと…ま、いいや。ほんと、今日は帰ろう」
やや茫然としている透を促すように、ショーティは軽く首を傾げる。
「家まで送ってくよ」
そして、付き合わせたための言葉をにっこり笑顔で告げ、歩を進めた。けれど透は追いかける事ができない。風が、冬の乾いたそれが肌に刺さる。いや、刺さるのは他人行儀なショーティの言葉と態度か。
「透?」
振り返るその背後には大きな満月があり、彼を仄かに輝かせ、透は軽く首を振った。
「そんなわけない。嫌いなわけないよ!」
周囲の人々がちらりとだけ視線を向けるが、すぐに何事もなかったように立ち去って行く。そんな中で透の叫びを聞き、唯一立ち止まっているショーティがふわりと柔らかな笑みをその頬に乗せた。
いつになく優しげな笑みは透が初めて目にしたと言っても過言ではなく、心の全てを吸い取られ、まるで誘われるように、
「僕は……」と口を開く。
柔らかな笑顔。余すことなく披露してくれたその豊かな表情。もう一度、泣き顔さえも見てみたいと、思ってしまう。—————そう。
「ずっと君に触れたかったよ」
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