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本当に欲しいもの 〜火星に行くのは拗ねたからじゃない

もう一度…

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「なんだい?急に」
「なんでもない!っと、そういえば、カナンに託した伝言の内容は?」

 前髪をゆるくかきあげて小さな憤りを含みながら叫んだ瞬間、ふと思い出したショーティは、アーネストとは違った野生児のことを思い出し、大きな瞳を不可思議な色に変えて尋ねていた。途端、アーネストの方が驚いたように、

「…唐突だね?」とワインを注ぐ手を止めてショーティを見やる。
「仕方ないよ。流れで思い出しちゃったんだもん。もう片ついちゃったの?それとも」
「…その前に、ショーティ。上院議員を狙えとは、どういう意味なんだい?」

 先程の捨て台詞にも似た言葉を指していることに気付き、ショーティは首を傾げて窺うようにアーネストをみつめた。その彼からよく冷えた白ワインを差し出され、受け取ると同時に軽く息を吐き出す。

「さっきの、ほら、宇宙港で一緒だった人。あの人から聞いたんだ。議員の汚職の噂」
「噂?」
「うん。詳しいことは聞かなかったけど、かなり上層部だと思う」
「相変わらず耳ざといというか、けど、気になるね」
「気になる?」

 アーネストの言葉の方が気になるショーティは、暗に先を促すように復唱していた。それを理解しているアーネストは小さく考える素振りを見せた後、

「汚職と言うより、癒着かな」とやや独り言めいて告げる。
「癒着……?…誰と、誰?違う。……誰と、どこ、かな?」

 興味心をそそられる一言に、ショーティは俄然乗り気で自身の中の情報を探った。しかし、いかんせんブランクのある3月程前の情報は全てが遅れており、ヒットする存在がない。
 うめくように白ワインを口に運んだ後、ちらり、とアーネストを窺うようにみつめると、ふっと彼の口元に笑みが浮かんだ。

「————月にあるコンピュータ“ルナ”をね、そろそろ起動しようか、と言う話が出ているんだよ」
「え!?…ルナって、第6ドームの?」
「そう」

 闇に消えた、月・第6ドームに設置するはずだった管理コンピュータ“ルナ”の突然の出現に、ショーティは真実驚いた表情をみせた。いつの間にそんな話が、と言うよりも目が輝かずにはいられない。

「うわぁ。情報部と軍がまた揉めそう」

 月にドームが作られた話はなく、単純に今の管理システムと差し替えなのか、管轄がどこになるのか、何が起こってもおかしくはないだろう。

「それに地球政府も関わってくるからね。アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、アジア。どこが、誰が監視するのか」
「それで癒着?…月管理局と上院議員……?…汚職を匂わせる男……うん、気になる、ね」

 なるほど、とショーティは頷いていた。そして、ゆっくりとアーネストを見上げる。

「サリレヴァントは?ルナの持つ情報、欲しくないの?」
「多すぎる情報は混乱を招くだけだし、僕には必要ないかな」

 今のところは、との響きが聞こえてきそうでショーティは思わず笑ってしまう。と、

「…君は?ショーティ・アナザーは意外にも情報を抱え込んでいるらしいけど」
「意外は余計じゃない?けど、僕は許容量を越えると輩出してるもんね。それに、僕の情報は人に教えるために存在するんだよ」
「肝に銘じておこう」

 からかうような声音で告げると、さらりと返され、更にワインを口に運ぶ仕草に苦笑をもらす。

「で、誰の癒着?」
「…調べるのは君の仕事だろう?」
「!じゃあ、アーネストは動かない?」
「ショーティ?」
「この件には関わらない?」
「……何を言っているんだい?」
「アーネストには今のところ必要ないんだよね?それにさ、言ったよね。アーネストは自分の評価が低すぎる。周囲がアーネストをどういうふうに見ているか。みんなが恐れているのに本人に自覚がないなんて、危険極まりない」
「恐れているって」
「ほら、それ!若干二十歳そこそこで世界屈指のサリレヴァントを引き継いで、更に業績伸ばして、世の女の子釘付けにして、中には、男もそうだけど…。それはともかく。必要としないのなら、少し時間をおいて。僕に調べさせてよ。それとも僕じゃだめ?僕じゃ情報を集められないと思ってる?」

 ふっと視線が絡んでいた。茶金の切れ長の双眸が真っ直ぐにショーティを捉え、探るような窺うような色を覗かせる。まるで品定めであった。今までのショーティへの評価ともなく、アーネストの中で計算がなされているかのような鋭い眼差し。けれど、瞬間の内に、ふっと目元が緩む。

「Yes、と言ったら?」
「!…じゃ、尚更。手、出さないでよ、アーネスト」

 アーネストの口をついて出た言葉は辛辣なものであった。もちろん、からかうような響きを含んではいるが、ショーティ自身を煽るようなその言葉に、表情を隠すつもりもなく前髪を軽くかきあげると、近場にあったバスローブを肩に羽織ってベッドからすべり降りる。そして真っ直ぐにアーネストをみつめた。当の彼も真っ直ぐに見つめ返しており、その瞳の中の表情さえも見せ付ける。やや嘲笑を含んだ、けれどどこか楽しげにも見えるその表情。似合いすぎていて、そら恐ろしい気さえする。
 そしてショーティは、「ほんとにさ」と諦めにも似た思いで口を開いた。

「昔っから、人を乗せるのうまいよね。……けど、そういうとこ惹かれるんだよね」

 アーネストが手にしたワイングラスを奪うように取りあげ、中身を飲み干す。そして、肩越しに腕を回して辛辣な言葉を吐き出す口唇に口を寄せた。

「集めた情報、ちょうだい」

 軽く混ざったアーネストの味に満足したショーティは、楽しげな笑みを零しながらそう促す。

「データは既に君のパソコンに」
「!」
「パスは、考えてごらん」
「アーネスト!」

 全て、この流れさえも読んでいたのか、仕組まれたのか。初めからショーティに任せるつもりだったのか。

「え…ち、ちょっ…」

 当のショーティにはわからないなりに、塞がれた口元からは甘味を増したワインの香りが重厚にも漂い、

「他にも言いたいことが?」

 離れた瞬間に睨みつけるが、目の前で端整な顔立ちが優美な笑顔となった刹那、

「ないよ!」と、ムキになって叫んでいた。

 この状態で?何をどう話せと言うのか。
 結局、読まれているのだろうな、と思う。思いながらも、それならば、と願う。

「ないけどさ、……もう一回、欲しいんだけど!」

 完璧に煽られてしまったショーティは、心持ち赤面した表情でアーネストを促した。

「…何を?」
「!!わかってるくせに!!」

 叫んだ瞬間を遮られる。重なる口唇がなめらかで、頬にかかる金茶の髪が撫でるようにくすぐる。
 外にたくさんの記者が居ることや月のデータが詰まったコンピュータのことなどどうでも良くて、ショーティは指に触れ、視界に映る愛しい存在を存分に感じるのだった。


 
   本当に欲しいもの END
 

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