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turning point
閑話 元執事との回想 ③
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……そうか、と思う。自分がニューヨークにいたから、何かつらい思いをしたのだろうか。漠然とそう思うが、何がそうなのかは自分ではわからない。
普段の自分なら、事態の裏側は絶対に他人に話さないのだけれど…僕はチャーリィを見つめ返した。なぜか誤魔化させてくれる雰囲気ではない。ショーティもここまで聞いてきたことはない。英国でも、ここまで深入りする人物はいなかった。
どうすべきかと逡巡する。でも1年ニューヨークにいたのが、まさかこれを聞くためだろうか?……さすがにないなと思うが、それも理由の一つであったかもしれない。英国の実家の執事は、執事の一族がいて、その家系で行っていた。そのため昔馴染みもあるため『主人の事情』を共有していたが、アメリカでは書類で雇用している。言うなれば一線を越えない関係であった。それはチャーリィも理解しているようだが、今回はそれでも知りたいと考えているのだろう。
僕は、大きなため息を一つついて自分を整えた。
「あの時は……見合いを壊す算段はつけていたんだ。でもそれからの自分のことは何も、本当に何も考えてなくて。本当に……今まで通り生活するとか考えてなかったし、自分がニューヨークに未だにいることが…自分でも不思議なんだ……。それにスキャンダルになることはわかりきっていたし。
……でも、こんな僕と君たちが一緒に堕ちる必要はないしね。だから解雇した」
チャーリィは、軽くため息をついた。
「いえ、それは、主人として最高の選択をして頂いたと思っております。」そう言ってチャーリィは新たな茶器にお茶を継ぎ足した。
「ただ3年ともに過ごさせて頂きました。確かに我々を繋いでいたのは社会的信用でしたが、それ以外の絆もあったのではと、勝手にセンチメンタルな気分になってしまったのですよ」
「?」
僕は意味がわからず、チャーリィを見上げた。
「つまり我々は、一緒に堕ちる覚悟はあったということです」
にこりとチャーリィは、澱みなく告げる。
「え……?」
チャーリィは、僕にむかってにこりと笑ったままだった。
「あなたに仕えることができまして、我々は幸せでございました。少しでもあなた様に寛いで頂ける時間を提供できたのなら、もっと幸福でございます。その感謝を、どうしてもお伝えしたかったのです」
「………………」
僕は、言葉が出なかった。
その真摯な言葉を、脳内で反芻する。
「突然のお別れで、挨拶も何もできず、皆困惑しておりました」
「…………それは」
声が、震えた。
悲哀なのか困惑なのか…、歓喜なのか、わからない。………わからなかった。
けれど、まさしく「胸がいっぱい」といった感じで言葉が出てこない。
『ね、アーネスト…。振り返れば君にも大勢の友人が待っているんだよ』
ふと、ショーティの言葉が蘇る。彼からそんな言葉を貰っただろうか?僕の記憶にはない、はずなのに……。
たまらなく、ショーティに会いたかった。今、傍にいてほしかった。今すぐ抱きしめたかった。彼の温もりを感じたかった。ショーティならこの思いをわかってくれる気がした。
『そうだよ、アーネスト』
ショーティに抱きしめられて、そう囁いてほしかった。
……涙が、こぼれそうになった。そんな殊勝な性質ではなかったはずなのに、どうしても自分では止められない。ショーティがいたら、僕が落ち着くまで抱きしめていてくれただろう。何も言わずに、傍にいてくれただろう。
けれども、今彼はここにいない。いや、違う。僕らはか細いけれど、確かな何かで繋がっている…はずだ。そう思ったから彼を送り出した。けれどそうは思うが、そう考えるが、今はショーティに包まれたかった。彼の体温を、鼓動を感じたかった。
かつて僕は母に裏切られて、自分からショーティを遠ざけて、とてつもない孤独を感じたことがあった。どうしようもなく、独りだと感じた時があった。……僕はまたあの愚を、自分で犯してしまったのだろうか?
その時だった。
ことりと音がして、僕の前にカップが置かれる。……紅茶と、ブランデーの香りがした………。
いつの間にか俯き手で顔を覆っていた僕は、ゆっくりと顔を上げる。チャーリィの、キッチンへと向かう後ろ姿があった。
『振り返れば……』
『………待ってるんだよ』
ショーティの声が、自分の中で優しい響きを繰り返す。
普段の自分なら、事態の裏側は絶対に他人に話さないのだけれど…僕はチャーリィを見つめ返した。なぜか誤魔化させてくれる雰囲気ではない。ショーティもここまで聞いてきたことはない。英国でも、ここまで深入りする人物はいなかった。
どうすべきかと逡巡する。でも1年ニューヨークにいたのが、まさかこれを聞くためだろうか?……さすがにないなと思うが、それも理由の一つであったかもしれない。英国の実家の執事は、執事の一族がいて、その家系で行っていた。そのため昔馴染みもあるため『主人の事情』を共有していたが、アメリカでは書類で雇用している。言うなれば一線を越えない関係であった。それはチャーリィも理解しているようだが、今回はそれでも知りたいと考えているのだろう。
僕は、大きなため息を一つついて自分を整えた。
「あの時は……見合いを壊す算段はつけていたんだ。でもそれからの自分のことは何も、本当に何も考えてなくて。本当に……今まで通り生活するとか考えてなかったし、自分がニューヨークに未だにいることが…自分でも不思議なんだ……。それにスキャンダルになることはわかりきっていたし。
……でも、こんな僕と君たちが一緒に堕ちる必要はないしね。だから解雇した」
チャーリィは、軽くため息をついた。
「いえ、それは、主人として最高の選択をして頂いたと思っております。」そう言ってチャーリィは新たな茶器にお茶を継ぎ足した。
「ただ3年ともに過ごさせて頂きました。確かに我々を繋いでいたのは社会的信用でしたが、それ以外の絆もあったのではと、勝手にセンチメンタルな気分になってしまったのですよ」
「?」
僕は意味がわからず、チャーリィを見上げた。
「つまり我々は、一緒に堕ちる覚悟はあったということです」
にこりとチャーリィは、澱みなく告げる。
「え……?」
チャーリィは、僕にむかってにこりと笑ったままだった。
「あなたに仕えることができまして、我々は幸せでございました。少しでもあなた様に寛いで頂ける時間を提供できたのなら、もっと幸福でございます。その感謝を、どうしてもお伝えしたかったのです」
「………………」
僕は、言葉が出なかった。
その真摯な言葉を、脳内で反芻する。
「突然のお別れで、挨拶も何もできず、皆困惑しておりました」
「…………それは」
声が、震えた。
悲哀なのか困惑なのか…、歓喜なのか、わからない。………わからなかった。
けれど、まさしく「胸がいっぱい」といった感じで言葉が出てこない。
『ね、アーネスト…。振り返れば君にも大勢の友人が待っているんだよ』
ふと、ショーティの言葉が蘇る。彼からそんな言葉を貰っただろうか?僕の記憶にはない、はずなのに……。
たまらなく、ショーティに会いたかった。今、傍にいてほしかった。今すぐ抱きしめたかった。彼の温もりを感じたかった。ショーティならこの思いをわかってくれる気がした。
『そうだよ、アーネスト』
ショーティに抱きしめられて、そう囁いてほしかった。
……涙が、こぼれそうになった。そんな殊勝な性質ではなかったはずなのに、どうしても自分では止められない。ショーティがいたら、僕が落ち着くまで抱きしめていてくれただろう。何も言わずに、傍にいてくれただろう。
けれども、今彼はここにいない。いや、違う。僕らはか細いけれど、確かな何かで繋がっている…はずだ。そう思ったから彼を送り出した。けれどそうは思うが、そう考えるが、今はショーティに包まれたかった。彼の体温を、鼓動を感じたかった。
かつて僕は母に裏切られて、自分からショーティを遠ざけて、とてつもない孤独を感じたことがあった。どうしようもなく、独りだと感じた時があった。……僕はまたあの愚を、自分で犯してしまったのだろうか?
その時だった。
ことりと音がして、僕の前にカップが置かれる。……紅茶と、ブランデーの香りがした………。
いつの間にか俯き手で顔を覆っていた僕は、ゆっくりと顔を上げる。チャーリィの、キッチンへと向かう後ろ姿があった。
『振り返れば……』
『………待ってるんだよ』
ショーティの声が、自分の中で優しい響きを繰り返す。
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