イキカタ

筒猫

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高橋 優斗(たかはし ゆうと)

高橋優斗の人生

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 高橋 優斗の家庭は腐った生卵だった。

 傍から見たらごくごく普通の卵。
むしろ、カラに傷や汚れがないから普通の卵よりは良質に見えるかもしれない。
しかし、中は腐っていた。
持ち上げてみれば驚くほどにスカスカで軽い。
だからこそ、その中で腐っていた俺は少しヒビを作ってみた。
すると、どんどんキズは増えてついに白身がこぼれた。

 「……でもね、やっぱりそんな態度を取られると言うことはあなたにも原因があるんじゃない?」

 「あぁ、まあ、そうですね」

 目の前の愛想のいい女性が心配面を顔に貼り付けて聞いてくる。
彼女は学校のカウンセラー。
俺のような救いようのない生徒にも手を差し伸べなければならないらしいから大変だ。
 気のない返事を返した俺の目線は、既に彼女と向かい合って座っている部屋に貼ってあるポスターに移っていた。
かといって別に「防災のいろは」に興味があるわけではないが。

 「でしょ?ならやっぱり家に戻るべきよ
少し我慢すればいい話でしょ?親御さんも本気であなたを嫌いなわけではないわよ」

 「はぁ、そうですかね」

 「わかるよ?そーやって反抗したい時期は誰にでもあるもの
先生にもあったけど、少しすれば落ち着くものなのよ
でも、家出なんてしても意味がないことはあなたも十分分かるでしょ?
なら家に帰るのが1番なのよ」

 「なるほど…」

 彼女に向き直りやはり気のない返事を返すと、彼女は少し呆れたように眉をしかめた。
そして、対して俺はまたポスターに釘付けになる。
 言っていることは正論だ。
しかし、それは社会的な正解であっても、俺の求めた答えではない。
当然だ。俺にも俺がこれからどうすればいいのかわからない。

 家出したのは3ヶ月前。
 理由はなんだったか……。
たしか親に「今すぐスマホを解約するか、家を出ていくかどちらか選べ」と言われてスマホを持って飛び出したんだと思う。
 いやぁ、我ながら恐ろしくくだらない理由だ。
だからこそこうして先生達は俺を家に返そうとするのだろうが。
そんなくだらないことで人生を棒に振るな。そんなことをしても無駄だ。また馬鹿なことをして。それはただ逃げてるだけ。
などなど色々言われた。

 でも、違う。違うのだ。

 こんなきっかけなんて俺にとってはギリギリまで伸ばした傷だらけの輪ゴムに出来た新たな傷。
そしてついに限界がきて、輪ゴムがちぎれただけのことなのだ。

 でも、この人にはこんなことは理解できるはずがない。
俺とは全く違う人生を送っているし、考え方も性格も違うのだから。
それに、自分でも自分が時々分からなくなるのが人間というものだ。
神でも無い限りは完全な理解は出来ないだろう。
 だから先程彼女が「わかるよ」なんて言葉を大真面目に言うものだから俺は少し笑ってしまいそうになった。

 「お母さんね?高橋くんのこと心配してるって
早く帰ってきてほしいみたいよ?
この前先生も話したけどすごく心配してるのが伝わってきたもの」

 「んー、まあ、そうですかね」

 正直のところ、もうめんどくさくなっていた。
この教師はやはり平々凡々とした人間のようだ。
やはりコミックのように生徒想いで、何もかもを見抜く理想の先生はこの世には存在しないのだろう。
 この人も俺の母親の本質を見抜けない、俺を囲う檻の1部に過ぎないのだ。

 しかし、分かっていた。

 反論しても全く意味がない。
教師側としては一刻も早く俺に家に戻ってもらい問題解決をしたいのだから、俺との意見は平行線を辿るに決まっている。
 だからこそ気は乗らないが返事は納得しているという雰囲気を出しているのだ。

 「とりあえず今日は終わりです。
早く帰らないと私とまだまだ話さないといけなくなるんだから、早めに帰りなさいよ?そんなの嫌でしょ?」

 「……はい」

 この人の本音が少し聞けたように感じた。
帰れという命令はどれだけオブラートに包もうとも俺からしてみれば単なる攻撃に過ぎない。
 答えを与えないまま先に進めというのはあまりに酷ではないだろうか。

 俺は体を折り曲げると、その後カバンを背負って家出してから泊めてもらっている祖父母の家に帰った。

 *******

 数日後、俺は家に帰ることになった。
卵のカラの中に戻されたのだ。
4ヶ月程続いた家出もそろそろ限界が来たということなのだろう。

 だが、答えはまだ出ていなかった。

 俺の正解とは一体なんなのだろうか。
俺が生きる意味とはなんだろうか。

 ……そんな疑問が頭の中を埋めた。

 まあ、周りの種を破壊することしか出来ない人間という種族がそもそも生きる意味を持ち合わせていないのだから、そんなものは真の意味では存在しないのだろうが、それでも俺が生きていく意味が欲しかった。
 生きたいのに、死んでこの世界から逃げ出してしまいたいという欲求が溢れてやまない。
そんな自分がたまらなく嫌だった。

 「ほんとにあんたはクズだよ。ばあちゃんじいちゃんにも先生にも色んな人に迷惑かけて。私たちについても色んなこと言ったみたいだけど。そんなに私たちを悪者にしたい?」

 「いや、そんなことは……ない、よ」

 「ここまで育てた子供にこんな形で裏切られるなんて。
結局あんたはそうやって自分の都合のいいように物事を捉えて逃げてるだけ」

 「……」

 帰ってきたその日の夜、親に呼ばれてリビングの父と母の前に座った。
そして母から呆れたような顔でこんなことを言われる。
 ダメだ。やはり母の言う言葉は俺を洗脳する。
そう言われるとそうかもしれないと、昔からの習慣が脳に作用する。
自責の念が俺を蝕んでいく。

 「あんたのせいで家庭はぐちゃぐちゃ。なにしたか自分でちゃんと分かってるの?」

 「そうだぞ!お前がダメなんだ!」

 母に続いて父も賛同する。
父は母よりも18歳も年下で、母の言うことに微塵も背かない。
なのに、その意見を自分のものだと言うのだからタチが悪い。
だからいつも怒られる時は2対1だ。
そして父の言うことは母の言うことと全く違わない。
内心、父がメガホン見えて仕方ない。

 それから2時間ほど叱られたあと、俺は謝り続けてその日を終えた。

 その日の寝る前は何故か涙が止まらなかった。
ほんとに何故かはわからない。
別になにも悲しいことはないのに。


 ……そして次の日。

 この日は俺の人生を左右する1日になる。
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