どうしようもない世界。

瀬見

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 バンバンと窓を叩く音と、無数の呻き声が耳に入る。

「どっか行く気配、全くないな。」
「……もう、二時間は立つのに。」

 発する声が震える。汗が一つ、頬を伝う。
 呼吸が上手くできなくて、いつもより荒くなる。心臓がいつもより早く鼓動する。

 焦燥感だけが募っていく俺とは対照的に、長嶋は至って冷静な態度だ。
 なにかを考えるように、窓の外
 ――群がるゾンビたちを眺めている。

 俺は行き場のない感情を誤魔化すようにハァ、と一つ息を吐く。 

 いつものように、食べ物を調達しに近くのスーパーへ行った結果がこれだ。

 スーパーからの帰り道に、来た時にはいなかったはずのソレがいた。
 それも一匹じゃなく、軍団と呼べるほど大量に。
 
 追いかけてくるソレから俺たちは走り、走り、そして逃げ込んだ先は車の中だった。今思えばバカな選択だとは思うが、その時の俺達にはそうすることしかできなかった。

 ――無数のゾンビに囲まれた、車の中。
 俺たちの置かれた、今の状況は、絶望としか言い表せられない。
 ただただ、死を待つことしかできない。

「どうなるんだろうな、俺たち。」

 独り言だったのか、長嶋に問いかけたのか、誰に対する問いかけだったのかはわからない。自分でもわからないまま気がつけば声に出ていた。

「日野は、どうしたいわけ?」
「どうしたい……って……、もう、どうにもならないだろ。」

 どうなるんだろう。なんて言ったが、今ある道は二つしかない。

 外に出て食われるか、このまま車の中で餓死するかだ。
 
 いやそれとも、もっと最後まで足掻いて、この世界にしがみつけばこの絶望的な状況は変わるのだろうか。
 それとも、なにも変わらずに終わるのだろうか。
 なんて事を考えたがどちらにせよ、今の俺にはもう確かめる気力はなかった。
 死にたいのか、と聞かれれば俺は間違いなく首を振る。けれど、生きていたいのかと聞かれれば、俺は縦にも横にも振れないだろう。

 長嶋はすこしだけ考えるような素振りを見せた後、俺の顔を見る。
 ライトブルーの瞳と目が合う。

 そして問いかけられる——生きていたいのかと。

 だが、自分自身でもわからないのだ。 

 少し前は本当に心の底から、こんな世界でも生きていたかった。
 だけど理不尽を目にして、世界の救いのなさを目にして、残酷さを目にして、かつての同級生、友達、家族だった人の死体が動き、生きた物の血肉を貪るだけのモノになる姿を目にして、それでも心の底から生きていたいと言い続けられるほど俺は強くなかった。

 痛いのも辛いのも嫌だ、だから死にたくはない。
 けれど、生きていたいというにはあまりに苦しい。
 ぐちゃぐちゃの自分でもよくわからない感情のまま、ただどうすることもできないまま俺は今日まで生きていた。
 
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