銀色の雲

火曜日の風

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2章 伝説の聖女様現る

2話 スローライフなんて言葉は無かった

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 ファルキア亭。1階カウンターに座っている店主は、開いている出入り口を眺めている。昨日は客が4人来たが、それ以降宿泊客は来なかった。それ以外は食事だけの客が5名ほど来ただけだった。今は街を上げた祭りの期間でもないので、宿泊客はそれほどいない。

 店主は客の来ない入り口を、長い時間眺めている。彼にとっては、何時もの日課である。昼食の客が来るまでの、何もしない時間。
 そんな宿の入り口に、セーラ服を着たファルキア・ロートが現れた。

「おはよう、ヨルグ。暇そうですね・・・」

 店主であるヨルグは、入り口に現れた女性を見た。すると黒色の腰巻を付け、胸には赤色のリボンが結ばれていた。ヨルグはその見たこともない服に魅入り、一瞬誰が来客したか気づかなかった。改めて女性の顔を見ると、見慣れたファルキアの顔に気が付いた。

「おはようございます。ファルキアさん、その服は?」とヨルグは言うと、すぐに立ち上がりファルキアに向かって小走りで進んでいった。ヨルグの尻尾は立ち上がり、頭に乗っている耳はピコピコと激しく動いている。

「昨日、異国の旅人から購入しました。どうですか?」とファルキアは、スカートの裾を両手で持つ。そしてヨルグの前で体を一回転した。回転すると彼女の髪が広がり、その髪はヨルグの顔の近くを通過した。ヨルグは、通過した髪の香りに酔いしれ、さらに耳が激しく動き始めた。

「もう最高です、ファルキアさん。輝いてますよー! 素敵です!」
「ふふふ、ありがとヨルグ」

 ヨルグは、ファルキアの着ているセーラ服に、興味が湧き上がった。彼女の周りを回り、上着とスカートを交互に見比べている。そんなヨルグを見て、ファルキアは足を前に出したり、髪をかき上げたり彼の興味に応じた。


「いいですか、ララさん。私は平穏無事に10カ月過ごしたいのです、言うなればスローライフです。こんな異国の地で、面倒は嫌ですよ。ただでさえ、あり得ない状態にいるに・・・」
「安心してください、心得ております」

 色んなポーズをとっているファルキアと、ファルキアに絶賛の誉め言葉を送っているヨルグ。階段から聞こえた会話に気が付いた。2人は同時に階段の方を振り向く。そこに瑠偉とララが階段を下りてきた。ファルキアはヨルグを押しのけ、瑠偉の方に向かって歩いていった。

「おはようございます、ルイさん。体の方は大丈夫ですか?」
「お…はようございます。えー…誰ですか?」

 ファルキアを見た瑠偉は、目線を下げるとセーラ服に目が止まった。最初は『まさか、私の制服?』と思った。よく見てみると、胸ポケットに付いているワンポイントの校章を見て、自分のセーラ服であると確信に至った。そんなファルキアは、特に申し訳なさそうな表情を見せることもなく、瑠偉に笑顔を見せていた。

「ああ、そういえば初めてでしたね。私はファルキア・ロートと言います。この宿屋を経営しております。ルイさん、何か不都合なことがあったら、私に言ってくださいね。出来る限り協力します」
「はぁ…ありがとうございます」

「ところでお連れの方は?」
「兼次様と麻衣様は、国境の街に向かうため今朝旅出しました。私達はしばらくここに滞在させていただきます」

 ファルキアの着ているセーラ服を見て、呆然としている瑠偉に変わって、ララがファルキアの質問に答えた。ララはそのまま瑠偉の両肩に手を置き、瑠偉を押し歩き始めた。

「では…私達はこれで、失礼いたします」
「いってらしゃーい」

 笑顔で手を振り瑠偉達を見送るファルキア、それを見て恥ずかしそうに瑠偉も手を振ってこたえた。瑠偉とララは宿屋を出て、大通りを横並びで歩き始めた。

「ララさん、あれ私の制服ですよね?」
「そうですね。さすがにあの制服で行動するのは目立ちますので、あの方に売りました」
「ま、まぁ…そこは譲ります。しかし私の制服を売って、私が一文無しって変じゃないですか?」

「正確には、マスターが買った制服です」
「確かにそうですが・・・なんか納得いかないのだけど」
「ここ、左です」
「あっ、はい」

 瑠偉は歩きながら、見たこともない街の景色を右を見たり、左を見たりしながら歩いている。時折すれ違う、トッヤキ族の猫耳と尻尾を見ると、その姿をじっと見つめていた。

「お嬢様、もしかして犬派ですか? この街に犬系の獣人は居ませんよ」
「そうですか・・・いや、別に見たいわけじゃ…ないんだけど」

 ララは1軒の家の前で、停止した。道路側にコップの絵が描かれている看板が、釣り下がっている。その下には、人が3人ほど並んで通れる両開きの扉があった。

「お嬢様、着きました」
「酒場ですよね? 酔っ払いに絡まれそうな気がするけど・・・女子2人だし」

 瑠偉は扉の前に立つと、中から大きな話し声が聞こえてきた。どうやら朝から酒を飲んでいる人が、いるようだ。

「大丈夫ですよ、何も起きませんよ。それに完全な酒場ではなく、食堂も兼ねてます」
「その『何も起きません』の言葉って、指輪を貰った時に聞いた。でも現在こんな状態になってるのだけど・・・」
「さあ、入りましょう」

 ララは瑠偉の心配をそのまま流し、酒場の扉に手をかけ開けようとした。そこに「待って」と瑠偉が、ララのもう片方の手を持ちララを制止した。

「再度確認します。トラブルを起こさないでください、お願いします」
「問題ありません、シミュレーションは完璧です。さあ、入りましょう」
「え? シミュレーションってなんの?」

 なにかと入りたくなさそうな瑠偉をよそに、ララは両手で扉を押す。開いた扉から、微量のアルコール臭が瑠偉の鼻に届いた。瑠偉は無意識に口に手を当て、目をしかめる。学生の瑠偉にとっては、始めて入る酒場の臭いだった。瑠偉は先に進んでいくララに隠れる様に、店の中を進んでいった。

「おーい、姉ちゃん達。こっちに来て、一緒にのもーぜぇ! はははっ」

 店に入ると、入り口側のテーブルに居る男にさっそく声を掛けられた。瑠偉は愛想笑いをして、その男の側を通り過ぎる。瑠偉は店の中を見渡すと、男女が抱き合って酒を飲む姿。あるいは、男一人で食事をしている姿が目に入ってきた。テーブルの大部分には酒が置かれ、皆はそれを飲んでいた。
 瑠偉とララは、カウンターまで進んで行く。ララの後ろには瑠偉が、ララの服をつかみ、子供のようにくっついて歩いている。

「仕事の斡旋を受けたいのですが」
「初めてか? まず最初に登録だ。2人か?」

 カンターに居た男は、ララ越しに後ろの瑠偉を見ながら言った。
 その時、大きな足音をさせながら、筋肉質の大男が近づいてきた。

「おいおい、ねーちゃん達。ここに優しい仕事は無いぜ? 大人しく田舎に帰って、土いじりでもしてな!」

 その大男は、ララより身長が高く上半身はなぜか裸だ。肌は若干浅黒く、日焼けをしている。肩から伸びる腕は、瑠偉の腰回りほどの太さがある。
 その男はララと瑠偉に近づくと、屈みながら顔を寄せてきた。

 そんな男の顔を見ながら「あああ」と顔を引きつかせながら、瑠偉は後退をして男から距離をとり始めた。ララは「お任せください」と小声で瑠偉に言うと、男と瑠偉の間に割って入った。瑠偉はララの後ろの陰に隠れ、大きく息を吐き胸をなでおろした。

「貴様に用はないっ! うせろ雑魚!」

 ララはいつもの無表情のままで、男を見上げながら言った。ララの後ろにいる瑠偉は、この言葉を聞いて口をあんぐりさせ「なぜ…煽るの?」と小声が自然に出ていた。

「な、なんだとぉ! 上等だぁー貴様ら!」と男は、ララの言葉を聞いて、右拳を突き出しながら言った。さらに男は顔を近づけ、ララを睨み始めた。瑠偉はララの後ろに張り付いて、ララの服を両手で握りしめララに密着してた。

「聞こえなかったのか? 雑魚は、私達に話しかけるな! 消えろ!」
「き、貴様っー!」

 今にも襲い掛かってきそうな勢いの男を目の前にして、ララは微動だにせず、その男を見上げ再度啖呵たんかを切る。

「ララさん、トラブルはダメって言ったよね?」と瑠偉はララに小声で確認するが、ララからの返答はない。ララもそんな余裕はなかった、むしろその現状を楽しんでいるように見える。
 瑠偉は、初めて体験する酒場の雰囲気。そして、喧嘩腰の男に絡まれ、ララの後ろでただ震え、この後の事態に付いて考えていた。
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