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第14話 危殆
しおりを挟む「っはぁーっ……はぁっ。悠里ちゃんヤバイかも……」
息が続かない、ここまで歩いてくるだけでも頭痛が酷い。
歩く度に揺れる頭が、熱にかかった時みたいにガンガン痛んで――真っ白だ。マズイやつだ。このままだとまた――
「うわっ」
誰かにぶつかった、誰だろう。
「大丈夫ですか?」
誰かの声だ、見上げても見えない。真っ白いだけだ。
「ごめんなさい、急いでたもんで、あははっ」
にこりと笑って心配なんていりませんアピールも欠かさずして、非常口のライトの下になだれ込んだ。
鼻先に甘いお菓子の香りがした、キャラメルとかバターの匂いだ。これは知っている感覚だ、吐き気の前に来る体調の変化――
病院の裏手は、ほんの少し冷たい影溜まりがあった。
幸いにも、ゴミ箱があった。
「う゛っ」
マズイって、ほんと。
「おえっ」
抑える暇もなく胃液がこみ上げてきた。
「うえっ……げほっ……おぅえっ……」
つんと来る胃液の匂いが逆流する。頭の中に細長くて変な色をした虫でも入って暴れてるみたいな感覚が、耳の奥をぐらぐら揺らしていく。
目の前がちらつく、まるで古いフィルム映画みたいにサンドノイズだ。
「おええ……げふっ……おえええ……」
夜から何も食べていないから、ほとんど水ばかりが逆流する。水ばっかりが出てるのに、喉が焼けたみたい。痛い。
痛い、痛いよ。しーちゃん、助けて。
「おぇっ……っぁー……はぁ……ぁ……」
どれくらい経ったかな? わかんない。わかんないや。
けどやっと吐き気は収まって、ほとんど倒れ込むみたいにコンクリートにへたり込んだ。口元を拭うにも、何も見えないし、何も感じない。手も動かない。足も、頬も。
ぱち、ぱち。ぱち、ぱち。
徐々に音も遠くなっていく。
昔、しーちゃんと一緒に見た古い戦争映画みたいだ。
黒い点が一瞬だけ浮かんでは消えて、ざりざりしながら全体像だけが浮かんでる。
戦ってる人の上に何かが落ちてきてぱって光ると、その下にいる人がどこにもいなくなっていまう。魔法……アレは魔法みたいだって思ったんだっけ。
昔はすごいすごいってはしゃいでたけど、今ならわかるかも知れない。この狂ったみたいに明るい世界の下にいるのは怖かっただろうってことが。
だって、きっとあたしの見ているこの真っ白い、何も見えない世界がもう一度ぱって光ったら。
きっとあたし、本当にしーちゃんの前からも、おじさんの前からも消えちゃう気がするから。
いつから、いつからこんな風になったんだっけ……?
中学生の時だっけ、なんか目がチカチカするようになったのって。
時々世界が真っ白の上に線を引いたみたいに見えて、気がつけばどんどん酷くなって。
今じゃもう、この世界は――モノクロだ。
視力検査はずっと良かったのになあ。どうしてだろ?
こんなの、どこにもいけないよ。
「しーちゃん」
『どうした悠里』
「しんどい」
『今行く。ちょっとだけ待て――どんな風にしんどいんだ?』
「なんだかね――遠いの。しーちゃんの声も、世界も、痛いのも」
『――?』
「しーちゃん」
『』
「しーちゃん」
あ。
空の割れ目から、白く濁った大波が落ちてくる。
大瀑布だ、塗りつぶされていく。人も、線も……あたしも。
世界は――真っ白だ。
遠いところの、真っ白の中で真っ白い太陽? みたいなのが光ってる。
白の波が地面に溜まっている――胸まで来てるのに……動けない。言うことを聞けよ。アタシの体。
ダメだ――、しーちゃん。ごめん。
あたし、このまま消えちゃうかも。
『こっちに来て』
誰かが、あたしの手を握ったけれど、それごと全て洗い流された。
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