発生1フレ完全無敵の彼女に面倒事吸い込みがちな俺でも勝てますか!?

安条序那

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第1話⑩ 停戦協定

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「ふう~~~、熱い熱い。夏にやるもんじゃねえな」

 水を振り払う犬のように汗を弾き飛ばしたゴッ太郎は、シャツを羽織って砂場に倒れる男へ向かい合う。男の面は叩きつけられた衝撃で粉々に弾けて地面に散らばっていた。

「ようやくツラ合わせて話できるなァ~~~」
「……こ、殺せ。わたしは、負けたのだ」

 砂場の縁に体を横たえて、口の端と鼻からは血が垂れている。ゴッ太郎は男が意識を保っていたことに驚きつつも、意地悪く睨みつけた。

「いいねェ、そそるぜそのセリフ。俺の勝ちって感じがスゲーする」
「くっ外道め……」
「これじゃあ『闇夜を自在に飛び回る蝙蝠』っていうか、『鳥なき里の蝙蝠』って感じだなァ~」

 割れた仮面の間から覗く男の顔は、彫りの深い金色の瞳が特徴的な美青年であった。外人顔の繊細な輪郭線とどこか女性的な部分を感じさせる唇の線は、彼が相当の美形であることを証明している。
 今でこそ殴られたせいで顔の下半分に腫れがあるが、それでも彼の気高そうな目元と、大切に育てられてきたのだろうしなやかな体の曲線は芸術めいて蠱惑的でさえあった。

「わたしは……誇り高き戦士だ! そんな侮辱で心を折ろうなどと……無駄なこと」
「ステゴロ相手に武器を使ってたやつのセリフとは思えねえ~。まるで俺が悪いみたいじゃねえか。ま、でも俺の勝ちは勝ちだ。喋ってもらおーかい。なんで俺をつけ回す」
「話すくらいならば……死んだほうがマシだ。貴様らのような外道に渡す情報など……」

「なんか勘違いされてる気がすンなァ。別に俺、何しにあの学校に来たわけじゃないんだぜぇ?」
「なにを白々しいことを――貴様のような人間が、あの高貴な学校に侵入できることこそ裏で手が引かれていることの証左ではないか」

 そう言われると、ゴッ太郎は痛かった。実際問題、御鈴波が行った転校措置は不正以外の言葉では言い表せないものであるし、その目的も『勘解由小路丁子の始末』と決して口外できるものではない。御鈴波家の力で無理矢理押した部分はあるのだろう。そこをつっこまれるとなると、返す言葉がなくなってしまうのである。ゴッ太郎は言論戦となるとトンと弱かった。

「ん~、お前がどこまで知ってるかはさておき、俺、本当によく知らねンだよ。ほら、お前朝に言ってたじゃん、『マータ』がどうとかって。勝ったついでに教えてくんねえかな」
「こ、殺せ。話すつもりなど、ない……!」

 ゴッ太郎が聞くと、男は余計に意固地になって口を噤む。

「いや、殺したくないんだよ。今の問答でわかっただろ? これ、なんか勘違いなんだって」
「だ、だが、万一勘違いじゃなかったらどうするんだ!」
「ど、どうするんだろう! その時のことは考えてなかった!」
「だからダメなんだ! わかったかこの低能野郎!」

「んだとォ~~~??? 完全に怒りましたァ~~~テメエ負け犬の癖に罵倒だけはいっちょ前だな、いいもんね、お前の持ち物漁って名前と学年割ってやるからなあ~~~」

 その言葉に男は挙動不審になるほど取り乱した。ゴッ太郎といえばしたり顔である。身じろぎ取れない男の服の下に手を差し入れると、財布をするりと抜き取った。

「な、なんだとォ! ひ、卑劣な……!」
「卑劣って、お前なあ。俺の卑劣な点がどこにある。数えてみるか?
 一、お前は帰り道の俺を断りなく襲った。
 一、お前はステゴロの俺に対して武器を使用した。
 一、負けた上に命を助けてやるって言ってんのに情報一つも話しやしねえ。
 その点俺はどうだ! 勝ったから情報くれっていってるだけじゃねえか。どうだ、お前の方が卑劣だろうが! 反論あるか?」
「そんな、そんな正論言わなくてもいいじゃないかあ……!」
「泣かなくてもいいじゃん! ほんとに俺が悪いみたいじゃん!」

 男は綺麗な顔をくしゃくしゃにして、今度は涙を流し始めた。ゴッ太郎はどこか後味が悪い感じが胸の奥に広がった。

「だがぁ、お前の方がぁ、正しいぃ……俺は卑劣だぁ、先祖代々の技を使った上に負けた……これほどの雪辱を感じたことはない、お前はさぞ高名な戦士なのだろう――死ぬ前に名前だけでも」
「殺さねえわアホ! そうじゃなくて、もういいや、名前と学年見させてもらうぞ。いいな」
「持っていけ……勝者には、敗者を蹂躙する権利が与えられて然るべきだ……」
「はいはい、お名前は、っと。養老零春ようろうぜろはる、一年のC教室ってことは後輩かァ。お前結構上背あるから年上かと思ってたのに一個下か。ゴメンな、痛かったろ」
「クッ……敵からの情けなど要らない……!」
「あ、やべ、忘れてた。アイス溶ける。どうしよ。……食う? その口だと流石に食えない?」

「……もったいないから、頂く」
「おけ、じゃあ、持ち上げるぞ」
「っ痛ぅ……やっやめっ」
「痛くないようにするから暴れんな」

 やけに怯える零春を持ち上げて、ゴッ太郎はシーソーに乗せた。溶けかけたアイスを渡して無言で開けると、二人共同時に頬張った。火照った体にバニラの芳醇な甘みと冷たさが広がると、溜まっていたような汗が首を伝った。

「なあ、零春ゥ。なんで俺のこと狙ったんだよ」

 きい、きいと軋むシーソーの上で、二人は対面していた。片方はバニラアイスを、片方はショコラソフトを微妙に釈然としない顔で頬張っている。

「なぜ、言う必要がある」
「だってよお、お前、負けた上に俺の奢りでアイス食ってんじゃん」
「誰が頼んだ! それに気安く名前を呼ぶな、貴様のような男に……」

 手元のアイスを眺めながら、零春は逡巡する。溶けかけたアイスの表面に、傷だらけの顔が映り込んだ。正面にいるどこか平和ボケしたようなデタラメな男は、聞いていた話とはどこか違う。

「……すまない。少しきつい言葉が出た。実際にアイスは頂いている」
「負けたのは認めねえんだ」
「うるさい。時間をくれ。今まで、負けた時にこんなものを貰ったことがなかった。混乱している……何を考えているんだ。お前は」
「何も? ただ理由が知りたいだけだ」

 ゴッ太郎が地面を蹴り、今度は零春が地面を蹴る。じっとお互いをにらみ合ったまま、時間だけが過ぎる。ややあって、苦虫を噛み潰したような顔で零春は口を開いた。

「……交換ならいい。お前の目的と、俺の目的。それなら構わない」
「ん~、いいとこ突いてくるな。じゃ、こっちからも条件追加だ。いいだろ?」
「ああ。アイスの分だ」
「じゃあ、だ。それでいいだろ。お前は誰にも俺の目的を言わない。俺も誰にもお前の目的を言わない」

 零春は静かに頷いた。この男はとぼけた人間だが――信用できる。なんとなく直感がそう告げていた。彼は……敗者を必要以上にいたぶらなかった。その一点が、零春の信頼を支えていた。敗者には死を――零春の産まれ生きた常識を、いともたやすくゴッ太郎は裏切っていたからだった。

「約束する」
「なら、取引成立だな」

 溶けかかったアイスを流し込むように口の中へ押し込むと、二人共一気に飲み込んだ。混じり合う視線の先には利害の一致だけでない、けれど友情とも言えないような奇妙な縁が結ばれていた。

「もしバラしたら、今度こそただじゃおかない」
「まあ、今度があっても俺が勝つけどな」
「言ってろ、さあ、交換するぞ」
「おう。そうしよう。そろそろ帰らないとだし」

 夜半の月影は夏空の下に冷たく輝いている。
 雲ひとつない帰り道、二人は要件を済ますと背中越しに別れを告げた。
 
 
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