猫のおどり

葛西秋

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後編

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 ――このあたりでは、むかし、地域のまとめ役の人のことを「検断けんだん」と呼んだのです。揉め事や困りごとがあるとなにはともあれケンダンさんに聞いてみよう、という具合で、お役人さんに届け出るまでもないことは何でもケンダンさんに相談したんだそうです。

 私のね、おばあちゃんから聞いた話なんですよ。

 それでそのケンダンさんちには年老いた雌の猫が一匹、飼われておりました。ケンダンさんは早くに養蚕を止めていたので、その猫の他にはもう若い猫を飼おうとは思っていなかったんですね。大事に大事にその三毛の雌猫だけを飼われていたそうです。

 それでいてまだ周りは細々とお蚕様をもっていたから、そんな家には必ず猫がいます。そろそろ繭を作り始めようとするお蚕様は動きが鈍くて、ネズミに齧られてしまうんです。ネズミを退治するために猫は必ず飼われていましたね。

 そういえばここよりもう少し北の集落では、猫神様といってそんな猫を拝んでいるところもございますよ。

 ええ、それでね、ケンダンさんのところ以外にも、うちの旅館の裏手に染物屋さんがあったんですが、そこも猫を飼っていたんです。虎縞の雄猫で、染物屋さんの旦那さんが晩酌する時には横にちょこんと座ってお付き合いするっていうんですよ、おかしいでしょう。健気というよりもなんだか人間臭いような、そんな猫だったんだそうです。

 で、その染物屋の旦那さんの友達が見たっていうんですよ。猫の踊りを。和吉さんといったかしらね、染物屋の旦那さんの友達。ある日、用事があってあそこのね、駅の裏手にある小さな山に入ったんだそうです。

 それが夜とか夕暮れ時なんかですと怖い話になるのですが、ぜんぜん真昼間で。
 和吉さんが燦燦とお日様のさす山道を登っていくと、足元を猫が走っていったんだそうです。人の目にも慌てているように見えたっていうんですが、どんな様子だったんでしょうねえ。

 猫が走り去った方向に目を凝らしても木々の枝葉で何も見えず、けれど微かに笛や三味線、太鼓の音が聞こえて来たっていうんです。

 この山には人は住まないし、祭りをするような神社もない。昼間のことですから和吉さんは怖いとも思わず、ただ音曲の聞こえてくる方に向かったんだそうです。

 散り残りの山桜の花びらがちらちらと、春のおだやかな木漏れ日の中を笛や三味線の音色を聴きながら良い気分で歩いたんだそうでございます。

 そのうちに、ふっと草むらが途切れてぽっかりと空き地が広がったんだそうです。で、その空き地にはなんと猫が何匹も集まって、集まっているだけじゃなくて、後足立ちで踊りを踊っていたというじゃあありませんか。

 何匹かは笛を吹いたり、三味線を鳴らしたり。猫が三味線を鳴らすというのもおかしなはなしでございますが、それがいたって真剣な表情で。

 和吉さんは驚き呆れてその様子を見ていたのですが、踊ったり演奏したりする猫の中にどうも見覚えがある猫が何匹かいる。どうやら町に住む猫たちの有志の集まりらしいと思ったんだそうでございます。

 猫の有志といいましてもねえ、なんでございましょうね。

 和吉さんはしばらく様子を見ていたんですが、状況に慣れてくると、ところどころで演奏と踊りの間合いが合わないところが目につき始めたんだそうです。しっくりこない、とでも言いたげに頭を振って踊りの輪から外れる猫もいる。

 そんなこんなで、やがて猫たちは声を合わせて歌い出したんだそうでございます。

 ――ケンダンどんの婆さんが来ねえと節が合わねえ、拍子が合わねえ

 踊りながら、太鼓をたたきながら、猫たちが歌っていたんだそうです。
 あまりにも真面目に踊りの稽古をするらしい猫たちの様子に、和吉さんはそっとその場を離れて山を降りたそうでございます。

 それでその足で友達の染物屋の旦那のところに行って、お茶を飲みながら不思議なこともあるもんだと話していたら夕暮れ近く、かたん、と音がして猫間障子から染物屋の虎縞の猫が入ってきたんだそうです。そして、

 ――いやあ、こえぇ、こえぇ

 と人の言葉で呟いたかと思うと寝床にしている座敷の奥へと姿を消したんだそうです。こええ、というのはこの辺りの方言で「疲れた」という意味なんです。

 和吉さんと染物屋の旦那さんは、あの猫も踊りの稽古に加わっていたのに違いないと目を合わせて頷き合ったのだとか。

 それだけの話なんですが、どこか可笑しいでしょう。猫は猫なりに付き合いというものがあって、人間と同じように「ケンダンさんとこ」を頼りにしていたのが何とも面白く思うんです。猫も人も、長くこの町に住んでいるのだからそうそう変わるもんではございませんねえ。

 ※

 女将さんは話し終えるとにっこりとほほ笑んだ。どこか柔和な猫の顔を思わせる輪郭である。

「では、ごゆっくり」

 猫の話の余韻を残して女将さんは部屋から出て行った。残された私は一人、炬燵の中から雪見障子を眺めて見た。

 部屋の暖気にとろけたガラスを通り抜けて、猫が一匹部屋の中に。そんな想像をしてみる。他の地域では化け猫の類になりそうな昔話でも、猫を大切にする土地の人が語れば印象は全く違うものだ。

――明日はこの町の猫を探してみよう。

 ぬくぬくと猫のように体を丸めて暖を取りながら、私はそんなことを考えた。




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