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第4章 因縁編

迷宮の真実

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 トリニティウルフが引き起こした事件は世界中に知れ渡り、これを機に、合成生物の実験を自粛する国が多くなった。その数年後、合成生物の実験そのものが世界中で禁止されることになった。

 しかし、トリニティウルフの力を『危険視』するのではなく、『魅力的』と感じる者も少なからずいた。それは、軍事国家や犯罪テロ組織だ。それらの組織から見れば、殺戮兵器としてこれほど強力なものはない。使い方次第で最強の切り札になると考えられてしまったのだ。
実際に、その力を欲したとある組織が新たにトリニティウルフを作り出してしまった事例があった。その後は、悲惨な状況になったそうだ。

 ここで、新たな問題が判明した。新たにトリニティウルフが作られたということは、その製造方法が流出していることを意味する。詳しく調べた結果、最初にトリニティウルフを作った科学者の所有していたデータが第3者の手に渡ったことが分かった。これを重く受け止めた多くの国々は、合成生物の事案を取り締まる組織を作った。それは『合成生物対策隊』。通称、『対策隊』である。

 対策隊の大半は、魔法持ちの戦闘のエキスパートで結成されていた。彼らは、合成生物の事案の解決のためなら容赦はせず、人命よりも問題の解決を優先するように動いていた。、何故なら、トリニティウルフをはじめとする合成生物の危険性を考慮すれば、その場の人命よりも、合成生物の処分を優先したほうが効率が良かったのだ。

 合成生物の処分は、殺処分か特定の施設にに封じることだ。ほとんどが殺処分になるが、対策隊でも手に負えないものは特定の施設にうまく閉じ込めるのだ。特定の施設とは、主に地下に設置され、合成生物が望んで入っていくように、つまり、合成生物が好む環境を整えている。また、入った生物が施設から出て行こうという意思を持たないように、施設に住み着かせる効果を持つ魔術を掛けてあるのだ。更に、仲は入り組んでおり、その出入り口は、魔物用と人間用の二つだけ用意されている。

 後にこの施設は、軍事国家などに兵隊の強化訓練として目を付けられた。また、兵隊だけでなく、傭兵や一部の対策隊に戦闘訓練としても利用された。


 それが、今の時代で言われる『迷宮』の正体だ。


 合成生物を封じてきた施設が今の時代に残った結果、狂暴な魔物が元から生息する迷路のような場所として、迷宮と呼ばれるようになったのだろう。迷宮の奥に、攻略者に対する特典があったり、宝物があったりする例がある。それは、過去の時代で戦闘訓練として利用されるようになった施設を更にうまく利用できるように、ある研究者が一番奥に攻略者に特典が贈られる仕組みを作ったのだ。その目的は、対策隊の強化だった。だが、特典目当てに挑み命を落とすものが増えてしまったために、後にその研究者は後悔することになった。……『ナイトウ・ログ』である。

 『ナイトウ・ログ』は対策隊に協力を依頼されていた。彼自身が行ったのは、今の迷宮、つまり、合成生物を封じる施設の設計だった。魔法の技術で作られた合成生物の被害を抑えるべく、魔法の技術をもってこれに取り組んだ。その結果、施設に入った生物が出ていくことが無かったため、被害を半分以上減らすことに成功したのだ。国はこれを高く評価し、彼も誇りに思った。しかし、施設の奥に特典を用意したことは生涯の恥と感じていた。そのせいで死んだ人の数は少なくなかったからだ。


「そうなると皮肉な話だな。迷宮なんてものは……」


 その『特典』のおかげで、『ナイトウ・ログ』の前世を持ったローグは自嘲する。かつての過ちが、今の自分を作り、過去ぜんせの因縁と向き合うことになるなど、思ってもいなかったのだ。

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