上 下
190 / 252
第5章 外国編

VS異形アゼル3(騎士団長の心中)

しおりを挟む
「うりゃああああああっ!」
「とああああああっ!」
「せいやああああああっ!」

ザンッ! ザンッ! ザンッ!

「ウオオオオウッ!」

 帝国の兵士たちがアゼルの触手を切り刻む。リオルほどでもないが、彼らも剣や槍の裁きに関しては腕の立つ騎士なのだ。

「リオル様に続け!」
「あの少年を援護しろ!」
「アゼル様を救うんだ!」

 帝国の第一皇子アゼルを救うのだという兵士たち。彼らを指揮するのは帝国の騎士団長サーファだ。この男もまた、迫りくる触手を切り裂いていく。その剣技はリオルに匹敵する。それもそのはずだ。リオルの剣は彼から習ったものなのだ。ただし、今はリオルのほうが上だが。

「少年よ、君が何者かは分かりかねるが、リオル様が信頼をなさっている以上は味方とみなす! 必ずやアゼル様をお助けするのだぞ!」

 サーファはローグに向かってそう叫ぶが、内心ではアゼルは助かる見込みがないと思っていた。それどころか、助かってほしくないとすら思っている。もしも助かってしまったら、アゼルの未来は悲惨なものになるのは間違いないからだ。



 一体、どんな経緯でクロズクと関わったかは分からないが、アゼルがリオルに罪を着せたことにもかかわっている可能性は高い。帝国の国民の多くがそのことを疑っている。兵士たちに関しては、ほぼ全員がリオルは無実でアゼルこそが反逆者に違いないとすら思っているほどだ。ここにきて、クロズクの拠点にいる時点で間違いないとサーファは思う。

 しかし、これまで事件の真相を証明する証拠がまだ見つかっていない。解決するには証拠が必要だ。例えば、アゼルの自白が一番いいだろう。そのためにもアゼルには生きてもらったほうが都合がいい。生きて罪を償って反省し、皇族としての責務を果たしてもらいたい。それがサーファの望むことの一つだ。

 ただ、サーファにはアゼルがここで死んでもらってもいいという考えもある。前述のようにアゼルは厳しい罰が待っているだろうし、もしもアゼルが全ての黒幕だったなら、皇族としてはとんでもない恥さらしだ。すでに多くの者が庇わないだろうが、皇族そのものの権威にもかかわる。

 だが、リオルやサーラも今の様子だと、どう出るか分からない。何しろ、あのリオルが今はアゼルに対して悲しそうにしているのは明らかだからだ。サーファの知るリオルは短気で激情家だが、同時に滅多に見せないが優しさも兼ね備えている。サーラに関しては元から優しい。アゼルが公で裁かれる時が来れば、兄妹の情が湧いて庇ってしまうかもしれない。

 帝国の皇族で最も信頼されるリオルやサーラが大罪人になったアゼルを庇うとどうなる? リオルやサーラへの信頼は本当に急落し、皇族の権威に間違いなく関わることになる。悪いほうの意味で。この事件で帝都が混迷しているのにそんなことが現実になれば、もっとひどい状況になるだろう。下手をすれば国民や貴族からの反乱だ。そんなことはあってはならない。

(リオル様はアゼル様を救おうとしている。本気で命を助けようとしておられる。しかし……)

 アゼルを生かすのも殺すのも大きな意味がある。生かせば事件の真相を解き明かし、帝都の人々の不安を払拭できるだろう。ただし、皇族の権威を失墜させるかもしれない。

 もし殺せば、真相は他の者に聞くか推測と憶測だけで事件をまとめるしかない。だが、アゼルの真相は伏せたうえでまとめられれば、皇族の権威は幾らかは守れるだろう。
 
(……アゼル様は皇族だ。だが、問題ばかり起こしている。もはや不要として切り捨てるしかないかもしれない)

 今ここに居る大半の者がアゼルの救出、あるいは引導を渡そうとしている。それはアゼル個人か帝国のためかは個々によるが、少なくともサーファは帝国のために戦っているのだ。

(もしもの時は、この私がアゼル様に引導を渡そう。たとえ、リオル様とサーラ様の信頼を一生失うことになったとしても、帝国のためにこの手で!)

 サーファは心の中で悲壮な覚悟を決めていた。
しおりを挟む

処理中です...