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第95話 アルビノの魔人の覚醒 ②

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 ピノアもまた、ステラ同様、エブリスタ兄弟の実力は認めてはいた。

 その兄弟は、魔人ではなく、ただの人でしかなかったが、人であることがもったいないくらいの才能を持っていた。
 そして、その才能におごることなく、その才能をさらに開花させるだけの努力ができる天才だった。
 彼らは気づいていなかったかもしれないが、エーテルを触媒とする魔法に関してのみであれば、魔人である大賢者ブライ・アジ・ダハーカをすでに超えていた。

 もし彼らが魔人に生まれていたら、もし彼らが女に生まれていたら、レンジの巫女は自分たちではなかったかもしれない。
 ピノアですらそう思うほど、なぜ魔人として生まれてこなかったのか不思議なくらいの才能を持っていた。

 けれど、ピノアは彼らのことが大賢者と同じくらい嫌いだった。
 本当に生意気なクソガキだと思っていた。
 自分を敵対視していたからではない。
 ピノアが大好きなステラのことを下に見ているのがわかったからだった。

 ステラのことを何にも知らないくせに。

 そう思っていた。

「ねぇ、ピノア?
 あの子たちはきっと、わたしだけじゃなくて、おとうさんをとっくに超えていたわよね」

「そうだね。最後に話しかけてきたとき、業火連弾を使えるようになったって言ってたから。
 たぶんエウロペの魔法は全部覚えてたんじゃないかな」

「わたしね、彼らがいなくなったとき、思ったの。
 あなたを超えるためには、他の国にしかないような魔法を覚えるしかないと思ったんじゃないかって。
 だから世界中を旅して、いろんな魔法を覚えて、それをかけあわせて、あなたをびっくりさせるような新魔法を使えるようになって帰ってくるんだろうなって」

「ゲルマーニの医療魔法みたいな?」

「そう。海の向こうのヘブリカはただの召喚魔法じゃなくて、究極召喚と呼ばれるものや機動召喚と呼ばれる魔法があるし、それからこのライシア大陸の極西には、リバーステラでレンジが住んでた国にあたる、ジパングがあるでしょ」

 レンジとピノアと三人で行ってみたかった国だった。
 けれど、もう、どうやらそれは叶いそうにもなかった。

「ジパングは陰陽道だったっけ?」

「そう。1000年ほど前にジパングに生まれたアルビノの魔人は、その陰陽道の使い手だったらしいわ。
 確かアベノセーメーといったかしら」


 ステラは残された力で、手のひらに風の精霊の魔法の伝書鳩を作っていた。
 エブリスタ兄弟は、エウロペの城下町の惨劇には巻き込まれていない。

 だから必ず生きている。

 自分はもう、この世界のためにも、ピノアのためにも、レンジのためにも、何もできない。
 エーテル細胞を使いすぎた。
 ゴールデン・バタフライ・エフェクトは、自分には過ぎた魔法だった。
 自分の身体を維持できるだけのエーテル細胞をコントロールすることができなかった。
 この伝書鳩を飛ばさなくても、まもなく死ぬとわかっていた。

 だから、最後に皆のためにできることをしたかった。

 だが、その伝書鳩を放つのを、アンフィスが無言で止めた。
 疲れて眠ってしまったのだとばかり思っていたが、起きて話を聞いていたらしい。
 伝書鳩をエーテル細胞に還元するだけでなく、彼の身体からステラに、その身体を維持できるだけのエーテル細胞を分け与えてくれた。
 その目は、死ぬな、と言っていた。
 生きろ、と言っていた。


「そんな人がいたんだ?
 アンフィスは2000年前の人だし、やっぱりアルビノの魔人は本当に1000年にひとりずつ生まれてくるんだね。

 わたしは人工的に産み出されたアルビノの魔人だから、そろそろこの時代の本当のアルビノの魔人に目覚めてもららわなければいけないわね」

 ステラとアンフィスは、その言葉を聞き愕然とした。

 ピノアが人工的に産み出された?


「前に、話さなかったかしら?
 ピノア・カーバンクルは、そしてすべての巫女は、ステラ・リヴァイアサン、あなたのために存在したと」

 ピノアの口調が変わっていた。

「あなた、ノベラね? 今の言葉、どういうことかしら?」

「ノベラだと? ピノアじゃないのか?」

 アンフィスはノベラを知らない。

「ピノアの別人格よ」

 だから、ステラはそう説明した。

 ノベラという名前は、ピノアと区別するためにステラがつけた名前に過ぎず、本当の名前は知らなかった。
 名前があるのかどうかもわからない。
 別人格なのか、それとも魔法人工頭脳のようなものなのか、あるいは精霊や神に近い存在なのかすら、ステラはノベラのことを何も知らなかった。

 ステラは幼い頃から何度かノベラと話をしたことがあったが、最近はレンジの前に一度現れただけだった。


「はじめまして。
 あなたはアンフィス・バエナ・イポトリルだったかしら。
 ステラ・リヴァイアサンを止めてくれてありがとう。
 彼女を生かしてくれて、ありがとう。
 お礼にあなたの持つ大厄災の力を解放してあげる」


 アンフィスはその瞬間、自分ではコントロールするどころか、自らの意思では発動させることすらできなかった力を、自ら発動させることができるようになったことがわかった。
 それだけではなく、彼の時代に来た未来のピノアがやってみせたように、範囲や威力を絞るなど自由に操れるようになったこともわかった。


「一体なんなんだ、お前……
 なんでこんなことができる?」

「説明している時間が惜しいわ。
 だから、もう少ししてから、ステラ・リヴァイアサンに聞いてくれるかしら?」

「わたしにわかるはずが……」

「わかるようになるの。今がそのときだから。
 あなたのピノアに代わって、わたしが、この時代の本来のアルビノの魔人、ステラ・リヴァイアサンの力を解放する」


 ノベラがそう言い終えた瞬間、

「ん? あれ? ふたりとも、どうしたの?」

 ピノアは、元に戻っていた。


 そして、

「そっか。ようやく、わたしの大好きな眠り姫のお目覚めの時間が来たんだね」

 ピノアは、ステラを見て笑った。


 ステラの長い黒髪は、色が抜け落ち銀色になっていた。
 そして、その目は、ピノアやアンフィスの赤い瞳とは違う、青い瞳になっていた。

 そして、彼女はすべてを理解していた。

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