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【第二部 異世界転移奇譚 RENJI 2 】「気づいたらまた異世界にいた。異世界転移、通算一万人目と10001人目の冒険者。」

第147話 大厄災の真実 ②

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「大厄災は、前の世界においては、6柱の精霊の力をかけあわせることによって発動する極大消滅魔法だった。
 だが、大厄災は必ずしも魔法とは限らない。
 大厄災が、それを引き起こした者と精霊となる者以外の人や、人の存在した痕跡を跡形もなく消してしまうこと自体は変わらない。
 だが、大厄災を起こした者が、新たな世界を作るたびに、発動条件やその手段が何であるのかは変わってしまう」

 光の精霊ムルムル、ムルムル・フールフールは言った。


「今回の世界は、聖書における人類最初の殺人が、恋愛関係のもつれによるものだった。
 アダムとリリスの子であるカインとアベルは必ず、兄が弟を殺すか、弟が兄を殺す。
 大厄災と同様に、その動機が毎回変わっている」

 闇の精霊キマリス、キマリス・アンドレアルフスの言葉に、レンジは国王との謁見を待つ間、ショウゴの横でイルルから手渡され読んだ聖書の内容を思い出した。

 前の世界の聖書でも、この世界の聖書でも、リバーステラの聖書とは異なり、はじまりの男はアダムだが、はじまりの女はイヴではなくリリスだった。
 ふたりは、禁断の果実を口にすることはなく、楽園を追放されることはなかった。

 今回の世界の聖書では、カインとアベルには、ルルワという妹がいた。
 そして、カインとアベルは、手足が異形であったか、あるいは胎児としての形を成していなかったために、生後間もなく、楽園に存在する世界樹の葉で作った小舟に乗せられ、川に流され地上へと棄てられてしまっていた。
 まるで、リバーステラの日本神話におけるイザナギとイザナミの最初の子ヒルコや2番目の子アハシマのように。

 三番目の子であるルルワを出産する際に、リリスは死んでしまっていた。
 これもまたイザナミがカグツチを出産する際のエピソードのようだった。

 この世界の神は、レンジの父だ。
 父は、ピノアの目の前に自らの髪の毛と母の陰毛からアダムとリリスを産み出していた。

 テラにおいて、神話は実際の出来事だ。
 4000年前にピノアがその目で、アダムとリリスが生まれるところを見たから、それは間違いなかった。

 だが、多少の脚色はおそらくされているだろう。
 父が日本人であったから、今回の聖書の神話は日本神話に似ているのだ。

 リリスを失ったアダムは、神から与えられた「真の父母」となり「王の王」となることによって、「神の子」としての本来の役割を果たすことができなくなってしまった。
 そのために、娘であるルルワをリリスの代わりにしようとした。

 父アダムが、神から与えられた役割を果たすためだけに、自分を利用しようとしていることに気づいたルルワは、楽園から自ら逃げ出した。
 そして、彼女は地上で両親に棄てられたふたりの兄を見つけ、魔法で手足をはじめとする欠損した部位を作ったとあった。

 日本神話の異説、あるいは日本の各地に残る伝説や伝承として、棄てられたヒルコは死んではおらず、地上で人に拾われ育てられ、七福神の一柱であるエビスになったとするものがある。
 ヒルコは蛭子と書き、エビスとも読む。
 ルルワがカインやアベルを見つけ、手足を与えたのは、このエピソードにも似ていた。

 カインとアベルは共にルルワを愛したが、ルルワはアベルとの間に子を産み、それに嫉妬したカインはアベルを殺害し、ルルワを犯して子を孕ませていた。

 ルルワが産んだふたりの子は、双子の兄妹であり、アベルの子たちはカインとカインの子たちを憎み、カインとカインの子たちもまたアベルの子たちを憎んだ。

 アベルの子たちは、決してカインの子たちを許すことはなく、カインの子たちもまたアベルの子たちを許さなかった。
 その血は、決して交わることなく、ふたつの人種はカインズとアベルズと呼ばれ、戦争を続けていた。
 過去に二度、世界を滅ぼしかねないほどの世界魔法大戦を引き起こしながらも、今もなお憎み合い、戦争を続けていた。


「ぼくたち精霊は、10回の大厄災の発動条件や手段が、聖書における人類最初の殺人の動機とつながっていることに気づいた」

 次元の精霊フォラス、フォラス・ハーゲンティは言った。

 レンジは、前の世界の聖書の人類最初の殺人を思い出していた。
 優れた才能を持つアベルが、無能な兄カインを邪魔に思い、選民意識から兄を殺害していた。

 前の世界で大厄災を起こそうとしていたブライ・アジ・ダハーカは自己顕示欲や承認欲求の塊のような男であったが、彼は同時に高い選民意識から神になろうとしていた。

 レンジたちはそれを止めた。
 だが、大厄災は起きてしまった。

 レンジの父が起こしてしまった。

「2000年前にはアンフィス・バエナ・イポトリルが、1000年前にはアベノ・セーメーが、ピノアと共に世界規模の戦争を終結させたけれど」

 ピノアが? アンフィスやアベノ・セーメーと共に?
 レンジは驚かされた。

 ピノアの顔を見ると得意気にしていた。

「おそらく近々起きる第三次世界魔法大戦こそが、」

「今回の世界の大厄災……」

 ステラは顔を青ざめさせながら、その言葉を口にした。

「そうだね。そして、カインズとアベルズをどうにかしない限り、大厄災を止めることができても、この世界の不毛な戦争は永遠に続くだろうね」

 フォラスは、そして他の精霊たちも、皆寂しそうで悲しそうだった。
 彼らは、ピノアと同じで精霊でありながら人なのだ。

 だが、本当にそうだろうか?
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