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【第二部 異世界転移奇譚 RENJI 2 】「気づいたらまた異世界にいた。異世界転移、通算一万人目と10001人目の冒険者。」

第152話 ふたりの名前の由来

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 レンジはふたふりの剣を握ると、自らの身体にそれを突き刺した。

「ぼくが今、ここでいなくなれば、それで解決する」

 魔装具の持つ力によって、誰も彼を止めるどころか、その動きを目で追うことさえできなかった。

 レンジはさらに背中の大剣を自らの身体に突き刺した。

 ステラとピノアが大きな悲鳴を上げた。


 しかし、次の瞬間には、

「話の途中にごめん。
 タカミがあのとき切り離したふたつの世界って、結局なんだったのかな?」

 レンジが精霊たちに問いかけていた。

 ステラもピノアも、あっ、と声を上げていた。

 精霊たちは気づいていたようだが、三人とも気づいていないことに、時を巻き戻したオロバスは安堵した。

「ごめん、それはぼくたちにもわからないんだ」

 オロバスは、横目でフォラスを見つつそう言った。

 自分がしたことが許されないことだということはわかっていた。
 そして、これからも、ピノアやステラやレンジを騙し続けていくこともまた、許されることではなかった。

「フォラスやオロバスちゃんがタカミに頼んだんだとばっかり思ってたんだけど、違うんだね」

 ピノアはいつものようにかわいく笑ってそう言った。

「うん……ぼくたちもなぜタカミがそうしようとしたのかわからないんだ」

 その目をオロバスはまっすぐに見つめることはできなかった。

「いつか、わかるときがくるのかなぁ」

 そのいつかは来ない。
 自分がした過ちは、自分の命を持って償おう。
 オロバスはそう決めていた。

「じゃあ最後に、わたしから、もうひとりいいかしら?」

「どうぞ」

「ブライ・アジ・ダハーカをお願いできる?」

「ステラ……?」

「できれば、わたしやピノアを知らない、そして、自分が人工的に産み出された魔人であることも知らない頃の彼がいいわ」

「……わかった」

「ぼくからもいいかな?」

 レンジは、

「テラを産み出した最初の神である秋月レンジを呼んでほしい」

 そう言った。



 レンジたちが、精霊たちと共にフロアを出るとエテメンアンキに囚われていた人々の姿はなく、その代わりに無数の黄金の蝶が舞っていた。
 彼らは屋上に戻り、そして飛空艇へと戻った。

 甲板にフォラスが作ったゲートからは、次々と前の世界の仲間たちが、オロバスに連れられてやってきており、レンジとの再会を喜んでいた。


 ステラとピノアは、そんな気にはなれず、ゲートがある場所とは逆の甲板にいた。

 ブライ・アジ・ダハーカをオロバスが連れてくるまで、ふたりきりにしてほしいとイルルに頼み、人払いをしてもらった。

 エテメンアンキに収容されていた人々は皆、イルルが飛空艇を使わずとも瞬間移動魔法によって、エウロペへと運んでくれていた。
 皆、彼女が放ったゴールデン・バタフライ・エフェクトによってカインズやアベルズという、しがらみから解き放たれていた。
 イルルは、カインズに属するエウロペの民が、アベルズを襲撃しないよう、城や城下町にも、ゴールデン・バタフライ・エフェクトを放ったという。


 間もなく夜が明けようとしていた。
 ふたりはぼんやりと空を眺めていた。

「イルルはすごいわね。もうわたしたちの時代じゃないって感じるわ」

 ステラは地平線の彼方を眺めながらそう言った後で、

「ピノアが時を戻したの?」

 隣で同じように地平線の彼方を眺めていたピノアにそう尋ねた。

 彼女は自分が精霊たちと決裂してしまった結果、レンジが自害してしまったことを覚えていた。

「ステラじゃなかったんだ?」

 ピノアもまた、同様にその記憶があった。
 だから、彼女はステラが時を巻き戻したのだと思っていた。

 時を戻された後で、ステラもピノアも、あっ、と声を上げた。
 それは一度目のときのように、雨野タカミが切り離した世界とはなんだったのかというレンジの問いに対してではなく、時を巻き戻されたことに対する反応だった。

「じゃあ、オロバスちゃんがやったんだね」

「レンジがあんなことをしてしまうなんて……
 わたしは彼をわかっているつもりになってただけみたい」

「レンジはまだこの世界に来て1日も経ってないから……
 止めたはずの大厄災が起きてしまったことだけでも相当ショックだったはずなのに、それをリバーステラに帰したはずのお父さんが起こしてた……
 信じてたお父さんに裏切られただけじゃなくて、ショウゴもその仲間だった……
 それに覚えていなくても自分がしたことがきっかけで、テラが産まれただけじゃなくて、リバーステラも大変なことになってる……
 レンジは1日でいろんなことを抱えすぎちゃってたんだね……」


 確かにレンジは相当に追い詰められていた。
 ステラがエテメンアンキに囚われていたことや、目の前でピノアが死んでしまったことも彼を追い詰めたことだろう。

 だが本当にそれだけだろうか、とステラは思った。

 レンジは、オロバスが時を巻き戻すことを見越して、自害をしてみせたのではないだろうか。
 自分がした質問がきっかけになり、本来なら共に「我々」と戦うべきの精霊たちと、ステラもピノアが決裂してしまった。
 そのことに責任を感じた彼は、あの場をなんとかおさめる方法を考えた。
その結果、あのような手段しか思い付かなかった。

 なんとなくそんな気がした。


「二度とレンジにあんなまねはさせないようにしないといけないわね」

「ステラの中にいる赤ちゃんのためにもね」

 ピノアの言葉に、そうね、とステラは言ってお腹を撫でた。

「男の子かな? 女の子かな?」

「どうかしら」

「名前はわたしが考えるね」

「それは遠慮しておくわ」

 ふたりは、いつもどおりの会話をして、ようやくいつものように笑った。

「名前かぁ。
 ステラは、どうしてわたしたちのお父さんがステラに、ステラ・リヴァイアサンって名前をつけたか知ってる?」

 ピノアにそう尋ねられて、

「考えたこともなかった。
 ダハーカって苗字じゃないのは、わたしたちが娘だということを隠さないといけない理由があったんだとは思ってたけど」

 ステラは自分の名前の由来を知らないことにはじめて気づいた。

「お父さんは、レンジのお父さんのことが本当は大好きだったでしょ」

「そうね……」

「リバーステラから取ったんだよ。ステラの名前は。
 それから、これはアンフィスから聞いたんだけど、わたしたちは行かなかったけど、アンフィスの時代に行ったわたしたちがいるでしょ」

「えぇ」

「そのわたしたちじゃないわたしたちのステラが、アンフィスの時代よりも何百年か前に行って、聖書の編纂をした人に、預言を書き換えてもらってたよね」

「そうだったわね」

「リヴァイアサンっていう苗字は、その預言者の苗字なんだって。
 イポス・リヴァイアサン。
 リバーステラから、まずステラをとって、残ったリバーをリヴァにして、救厄の聖者の預言をした人と同じ苗字をつけたの。
 お父さんはね、ステラに預言にある救厄の聖者になって欲しかったんだよ。
 ステラにテラとリバーステラを繋ぐ架け橋になって欲しかったんだよ」


 そうだったらいいな、きっと本当にそうなんだろうな、とステラは思った。


 ピノアは知らなかったが、ピノアの名前にも意味があった。

 ブライがピノアの名前をどうしようか悩んでいたときに、レンジの父・サトシがリバーステラにある漫画に出てくる女の子のことを話したのだ。
 双子の姉の体にあった奇形腫というコブの中に、脳や手足、内臓等がばらばらに収まった状態で入っていたその女の子は、無免許医の男に体を与えられた。
 その女の子の名前と、どちらの世界にもあった楽器・ピアノをもとに、ピノアの名前はつけられていた。


「連れてきたよ、ステラ」

 オロバスの声がふたりの後ろから聞こえた。

「ご希望の時代のブライ・アジ・ダハーカだよ」

 オロバスの隣に立っていたステラとピノアの父は、穏やかな顔をした青年だった。
 ダークマターに魅了され、自己顕示欲や承認欲求、選民意識、野心の塊となる前の父は、こんなにも優しい顔をしていたのか、とふたりは驚かされた。
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