ドリーワン ~夢を見たとき、その夢からひとつだけ現実世界に持ち帰ることができる。夢を見なかった場合、現実世界の大切なものをひとつずつ失う。~

あめの みかな

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第15話

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「もしもし? もしもし?」 

 受話器から事務の女の声が聞こえる。 

「何すんだよ」 

 ドリーの手が、受話器を下ろした。 

「仕事を探すつもりだったら、やめた方がいいよ」 

 もう一度、そう言った。 

 仕事を探すなだって? 意味がわからない。 

「仕事さがさなきゃ、ずっと今のままなんだぞ。
 父さんも母さんもいない。家だってない。
 使い物にならないモザイクの入った札束を何千万も持ってたって生きていけないんだ。
 コンビニのゴミ置き場から弁当をあさって、毎日下痢をして、こんな生活長く続けられないだろ」 

「お兄ちゃん、ドリーワンのことがまだわかってないんだね」 

 また、ためいきをつかれてしまった。 

「仕事を見つけてお金をもらうようになったら、生活のためにお兄ちゃんはたぶん仕事が大切になる。
 仕事を好きになれるかどうかは別としてね。
 大切なものは夢を見なかったらなくなってしまう。
 なくなったものは二度と取り戻せなくなる。
 そしたらお兄ちゃんは仕事をもう見付けられなくなるの」 

 ドリーは、諭すように説明した。 

 ドリーの言うことは正しいのだろう。 

「何だよ。ひとがせっかくやる気出してるのに」 

 だけど、電話ボックスの中で、ぼくは力なく崩れ落ちた。 

「お兄ちゃん」 

 天気と同じくらいひさしぶりに晴れやかだった気持ちはどこかへ行ってしまった。 
 もう何もしたくない。 
 返事をする気力も起こらなかった。 

「お兄ちゃんさ、病院に行った日に麻衣ちゃんと約束したよね。
 明日から学校に行くって」 

 病院から帰る途中のバスの中で、ぼくは妹と約束をした。 
 明日から学校へ行く。高校を卒業したら、どこでもいいから働く。
 だから、だから結婚しよう。 

 そして、ぼくたちははじめてキスをした。 

「でも、行かなかったよね。学校。
 お兄ちゃんは麻衣ちゃんを裏切ったんだ」 

 妹は、ぼくの顔を見たらきっと言えないからと、部屋のドアの向こうからぼくに別れを告げた。 

「学校へなんか行けるわけないじゃないか。ぼくは居場所をなくしたんだ」 

「居場所をなくしたことを知ったのは、ずっとあとのことでしょう?
 それに居場所がなくったって、学校へ行くことくらいできたはずだよ」 

「それとぼくが仕事を探さない方がいいっていうのと何の関係があるんだよ」 

「一晩で簡単に変わっちゃうような軽い気持ちで仕事を探したって、どうせお兄ちゃんは仕事なんて行かないよ。
 当日になったらやっぱりやめたって言うんでしょう?」 

 きっとそうだ。 

 働いたってどうにもならない、月数万くらい稼いだところでどうにもならない、働かなくても生きていけるじゃないか、ぼくならきっとそう言うだろう。

 ドリーはいつも正しい。 
 妹もいつも正しかった。 
 そして、ぼくはいつも間違っていた。 

 何も言い返せない。 

 ぼくはだめな人間だ。 
 涙が、こみあげてきた。 

「ごめんね、お兄ちゃん、泣かないで」 

 歯を食いしばっても、嗚咽をこらえきれなかった。 
 ドリーは、そんなぼくを抱きしめてくれた。 

「お兄ちゃん、ごめんね」 

 頭を撫でてくれた。 

「仕事もね、お兄ちゃん、仕事も、ほしいものは、大切になってしまうものは、全部ドリーワンで手に入れるの。
 そしたらお兄ちゃんはもう何も失わなくてすむんだよ」 

 ドリーは優しい。 

 ぼくはずっとこの優しさに甘えていくのだろうか。 
 妹にそうしてきたように。 

 今日は太陽がとても眩しかった。 



 双子の姉妹が、砂場で砂遊びをしている。 

 姉妹は砂で、半球型のかたまりをひとつずつ作り、足元にあった金属製の箱の中に置いた。 

 白い服の妹が、スカートのポケットから取り出した接着剤で砂のかたまりを箱に固定する。 
 黒い服の姉が、何かの粉を色のついた粘土といっしょにそのまわりにつめこむ。 
姉妹の足元には分解されたラジコンと、リモコンがある。 

 妹は無線の制御装置を、姉はプランジャーを、粘土にあけたくぼみに埋め込み、最後に、姉妹はふたりで仲良く、起爆剤のふたを接着剤で固定した。 

「できたー」 

 姉妹が遊ぶ砂場のすぐそばには、プルトニウムと書かれた看板が立っており、砂場のある公園は有刺鉄線の巻きついた高いフェンスに囲まれている。 

 フェンスにも看板がかかっており、見覚えのある記号と、見慣れた英単語が見えた。 

 バイオハザード。 

「雪。夜子」 

 神戸のおじさんは姉妹の名前を呼んだ。 

「お父さん」 

「パパ」 

 姉妹は、シンクロニシティのように同時に顔を上げて呼び、フェンスの外側にいるおじさんに駆け寄ってきた。 

 妹がスカートの中からニッパーを取り出して、ぶちっ、ぶちっ、とフェンスに箱と同じ大きさの穴をあける。 

 姉がその穴から、箱をおじさんに差し出した。 

 腰をかがめて、おじさんはその箱を受け取った。 

「偉いね、ふたりとも。ちゃんと言う通りにできたね」 

 妹は少しはずかしそうに、プルトニウムの付着した指で鼻の頭をかいた。 

 姉は誉められたくてしかたなさそうに、頭を穴に向ける。 
 おじさんは、白い防護服に包まれた手で、その頭をなでてあげた。 

「ご褒美に、ふたりにいいことを教えてあげるよ」 

 姉妹が顔を上げて、目を輝かせる。 

「ふたりの手についてるその砂ね、とっても甘いんだ」 

 姉妹は目を丸くして両手を広げて見る。 

「うそだー」 

「本当?」 

 言葉とは裏腹に、姉妹はふたりとも、指についた砂をなめてみたくて仕方がないという顔をしている。 

「本当だよ。舐めてみてごらん?」 

 姉妹は顔を見合わせて、同時に指をなめると、すぐに昏倒した。 



 昼寝から目を覚ましたぼくは、喉の渇きを覚えてバスを降りた。 

 自動演奏のピアノが少し悲しい曲を奏で、ドリーが鉄棒でさかあがりの練習をしている。
 ジャングルジムの鉄片の日の丸には、下手糞なうさぎの顔が書かれている。 

 ピアノの前の椅子に座り、自動販売機で買ったポカリスエットで喉の渇きを潤しながら、ぼくはドリーのさかあがりを眺めていた。 

 十何度目かの挑戦で、ドリーがようやくさかあがりをしてみせる。 
 ぼくは惜しみない拍手をドリーに贈った。 
 とびっきりの笑顔で、ぼくを振り返り、 

「何それ?」 

 ドリーが、ぼくが大切そうに持っていた箱を指差した。 
 箱には縁取りがあり、見覚えのある記号にはモザイクがかかっている。 

 ぼくは言った。 

「核だよ」 



 ぼくは箱を抱いて1日を過ごすようになった。 

 箱から目をはなすわけにはいかなかった。 
 廃バスの中に置いておけば、誰かが持ち去ってしまうかもしれない。 

 土の下に埋めてしまえば、野良犬が掘り返してどこかへ隠してしまうかもしれない。 

 核、なのだ。 

 一度起爆すれば、小さな街は一瞬で消しとんでしまう。 

 だけどぼくが核から街を守ろうとすればするほど、夢を見なかった朝に街を失ってしまうかもしれない。 
 どうすればいいのか、わからなかった。 

 金属製の箱は、ただずしりと重かった。 

 夢の中で幼いぼくのいとこたちは、プルトニウムの固まりを接着剤でしっかりと固定していた。
 TNT火薬は粘土に混ぜて、プルトニウムのまわりに埋め込んだ。 
 振動で起爆してしまわないように。 


 核の作り方は図書館の蔵書にあったアメリカの古い雑誌から見つけた。
 どうやら核の作り方らしいとわかっても、中学英語しか知らないぼくにはむずかしく、ドリーがおたくっぽい大学生を捕まえて和訳をさせた。 

 あの人の手、べたべたしてて気持ちが悪かった、とドリーは言った。
 それを聞いたぼくはジーパンで手を拭い、箱を落としそうになった。 

 核の作り方はおおよそぼくが夢に見たとおりだった。なぜ知りもしない作り方を夢に見たのかはわからないけれど、幼い頃、神戸のおじさんから聞いたことがあったのかもしれない。 
 正しく作られてはいたが、それでもこどもが作ったものだ。 
 なるべく振動を与えないように、自転車に乗るのをぼくたちはやめた。
 図書館の往復もバスに乗ることにした。 

 バスは1日に数本しかない。 
 図書館の前の停留所で、ぼくは膝の上に借りた文庫を置いて読みながら、バスを待った。 

「ドリーワンが暴走しはじめてるのかもしれない」 

 ドリーも絵本のページをめくりながら、ぽつりと言った。
 わすれられないおくりものという絵本だった。 

「ドリーワンを与えられてから数ヵ月間、お兄ちゃんは契約者としての自覚がなかったよね」 

 ぽと。 

「ドリーワン自体も不安定で、夢を見て手に入れたり夢を見なくて失ったり、ドリーワンの基本になっていることが起きたり起きなかったり、お兄ちゃんは何を手に入れて何をなくしたのかさえわかっていなかった」 

 ぽと、ぽと。 

 最初は夢遊病だと思った。妹もそう言った。 
 だけどそれはまだ二ヶ月前のことだ。 
 拳銃を手にするまで、ぼくは何の違和感すら覚えてはいなかった。 

「ドリーワンには、夢から持ち帰れるものと持ち帰れないものがあるの」 

 ぼとぼとぼと。 

「大切なものをなくすとき、命までは奪えないように、世界を滅ぼしかねないような力は持ち帰れない」 

 ドリーの言葉はほとんど耳に入ってこなかった。 

「その箱が本当に核なのだとしたら、それは持ち帰ることができないはずのものなの」 

 文庫に、箱に、血が垂れていた。 

「お兄ちゃん、鼻血」 

 ドリーに言われてはじめてぼくは、その血がぼくのものなのだと気付いた。
 手で、鼻を拭う。
 血が手の甲をすべり落ちていく。 

 ドリーがあわてて鞄からティッシュを取り出した。
 顔を上に向けて、鼻に詰めてくれた。
 ドリーが心配そうにぼくを見つめる。 

 その顔がぼやけて見えた。 

 意識がとおのいていく。 

 たいしたことない、心配ない、ぼくはドリーに笑いかけた。 

「歯茎からも血が出てる」 

 ドリーの顔がひきつっていた。

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