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情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア #01
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村戸イルマ(むらと いるま)は、姉のエミリに付き添われ、市内にある病院に来ていた。
A県厩戸見市にあるK病院という市内で一番大きな病院だ。
霧がかかったように霞む視界の中で、イルマは杖をついた老人をたくさん見た。
それは病院だからではなく、この街でよく見かける光景だった。
足腰が悪いわけではなく、目の見えない老人たちだった。だからその杖は白杖と呼ぶものらしい。
ドラマで見て覚えたと姉は言った。何年か前にイルマもそのドラマを見ていたから、あぁあれかと思った。確か、目が不自由な子が心優しい不良と恋に落ちるドラマだった。
最近の不良は、ただ喧嘩をするだけじゃなく、恋をしたり、タイムリープをしたり忙しいなと思ったものだった。そのうち超能力バトルとかも始めるんだろうなとも。
白杖の老人たちは皆揃ってフード付きのローブを身に纏っており、まるで魔法使いか何かのようだった。
イルマはふと、あのフード付きのローブの正式名称はなんだろうと思った。
だから、隣に座る姉に尋ねてみることにした。
姉は、まだ10月だというのに、真冬に着るようなコートを着ており、左手をポケットにいれていた。左手をポケットにいれるのは、姉の癖だった。
「なんだろうね。パーカーやフーディーではないと思うけど。あ、フーディーっていうのは、パーカーのことね」
「何を言ってるのかよくわからないんだけど?」
「だから~、パーカーはフーディーで、フーディーはバーカーなの!」
外国だと、パーカーのことはフーディーって呼ぶらしいということはなんとなくわかった。
「外国の大学の卒業式?とかで着てるアカデミックドレスとも何か違うし、ナイトガウンだっけ、ああいうのとも違うよね。ほんとに何なんだろう、わたしも気になってきた」
立ち上がった姉をイルマは引き留めた。
姉は気になることがあれば、見知らぬ老人であろうが、見た目が明らかに反社会的な人であろうが、平気で声をかけて訊こうとするような人だったからだ。
老人たちが着ているのは、「フード付きローブ」としか呼びようのないものだということがわかったから、イルマはそれでよかった。
エミリは少しムッとしていたが、他人に迷惑をかけてまでする質問ではなかった。
「知ってた?この街は日本で一番点字ブロックが多い街なんだって。それだけ目が不自由な人が多いんだろね」
そんな風に姉の興味がすぐ他のものに移るだろうということも、イルマは知っていた。
この街とは厩戸見市(うまやどみし)のことだ。
A県の西部にあり、県庁所在地であるN市のベッドタウンだ。かつてはベッドタウンだったというべきかもしれない。現在では市内に住む大半の人が、市内にある企業で働いていた。
西の端にある川を橋を渡れば、その向こうはもうM県になる。
「それって、足切村があるからだよね」
イルマは姉にそう返す。
足切村(あしきりむら)。
厩戸見市の南に位置する村のことだった。平成の市町村合併により村はなくなり、今は厩戸見市の一部になっている。
旧・足切村は、イルマやエミリの家がある土地だった。
厩戸見市は、情報過多の都会での生活に疲れた両親が、ふたりを連れてデジタルデトックスのために度々訪れていた街だった。当時は駅前近くはそれなりに栄えてはいるが、田んぼや金魚を養殖するための池に囲まれた何もない土地だった。
その中でも旧・足切村は特に両親のお気に入りだった。
両親が何故そこまで旧・足切村を気に入ったかといえば、「足切様(あしきりさま)」というおかしな土地神を奉った神社と祭りがあったからだった。
旧・足切村だけでなく、厩戸見市の大半が、江戸時代にT藩によって作られた埋め立て地であった。
当時の藩主である出井素雲(でい そうん)は、罪人の首を切ることを嫌い、罪人は首ではなく足を切り落とされたという。
罪人を殺さず、簡単には逃げられなくした上で旧・足切村に集め、強制労働をさせていたと伝えられている。
また、罪人とはいえその首を切れば、たとえ自分が直接命を下していなかったとしても、極楽浄土に行けないと考えたからという説や、藩主の座を息子である出井素雲に早々に明け渡し出家した父がそうするよう指示したという説もある。
300年以上も前のことであるため、真相はわからないが、旧・足切村に神社が作られ、足切様が奉られるようになったのは、江戸時代の中期かららしい。
罪人たちは、足切様を崇めることによって失った足を取り戻したかったのもしれなかった。
国や地方自治体が、田舎への移住者に支援金を出す政策を始めたのは2017年のことだった。
厩戸見市は、そのタイミングで保育士や看護士といった人々の賃金が倍に跳ね上がる条例を可決し、同時に市内の最低賃金を東京よりも引き上げることを決めた。
税金を使いきるためだけに毎年行っていた無駄な道路工事をやめ、市内で働く人の賃金の一部として税金をまわし、何もない街を市民が裕福になるようにしたのだ。
それだけでなく、厩戸見市に早期に移住した村戸家には、空き家をリノベーションした古民家が無償で与えられてもいた。
「イルマは、まだ東京に帰りたいと思ってるんだ?」
「思うよ。あの村になんて住まなければ、姉ちゃんもぼくもこんな病気にならずにすんだんだから」
イルマは16歳で白内障を発症した。若年性白内障だった。
正確には若年性白内障とは違う病名になるのだが、治療法は同じであり、白内障の専門医にかかれば治すことができる病だった。
だから市内の病院の眼科に来ていた。
だから視界が霧がかかったように霞んでいた。
8つ年上の姉のエミリも、7年前、この街に移住した翌年に同じ病気になっていた。同時期にまだ若い両親も白内障を患った。
「まぁ、そう思うのは仕方がないけどね。でも、わたしは良かったよ。元々目が悪かったから、レーシックしようかどうか悩んでたし。手術のおかげでメガネもコンタクトもいらなくなったからね」
「眼内レンズってやつだっけ?」
そうそう、とエミリは自分の瞳の黒目を指差して笑った。
とても綺麗な瞳だった。
吸い込まれそうな気がした。
弟のイルマから見ても、姉のエミリは、まるで日本人形のようで、本当にかわいらしく美しい人だった。
A県厩戸見市にあるK病院という市内で一番大きな病院だ。
霧がかかったように霞む視界の中で、イルマは杖をついた老人をたくさん見た。
それは病院だからではなく、この街でよく見かける光景だった。
足腰が悪いわけではなく、目の見えない老人たちだった。だからその杖は白杖と呼ぶものらしい。
ドラマで見て覚えたと姉は言った。何年か前にイルマもそのドラマを見ていたから、あぁあれかと思った。確か、目が不自由な子が心優しい不良と恋に落ちるドラマだった。
最近の不良は、ただ喧嘩をするだけじゃなく、恋をしたり、タイムリープをしたり忙しいなと思ったものだった。そのうち超能力バトルとかも始めるんだろうなとも。
白杖の老人たちは皆揃ってフード付きのローブを身に纏っており、まるで魔法使いか何かのようだった。
イルマはふと、あのフード付きのローブの正式名称はなんだろうと思った。
だから、隣に座る姉に尋ねてみることにした。
姉は、まだ10月だというのに、真冬に着るようなコートを着ており、左手をポケットにいれていた。左手をポケットにいれるのは、姉の癖だった。
「なんだろうね。パーカーやフーディーではないと思うけど。あ、フーディーっていうのは、パーカーのことね」
「何を言ってるのかよくわからないんだけど?」
「だから~、パーカーはフーディーで、フーディーはバーカーなの!」
外国だと、パーカーのことはフーディーって呼ぶらしいということはなんとなくわかった。
「外国の大学の卒業式?とかで着てるアカデミックドレスとも何か違うし、ナイトガウンだっけ、ああいうのとも違うよね。ほんとに何なんだろう、わたしも気になってきた」
立ち上がった姉をイルマは引き留めた。
姉は気になることがあれば、見知らぬ老人であろうが、見た目が明らかに反社会的な人であろうが、平気で声をかけて訊こうとするような人だったからだ。
老人たちが着ているのは、「フード付きローブ」としか呼びようのないものだということがわかったから、イルマはそれでよかった。
エミリは少しムッとしていたが、他人に迷惑をかけてまでする質問ではなかった。
「知ってた?この街は日本で一番点字ブロックが多い街なんだって。それだけ目が不自由な人が多いんだろね」
そんな風に姉の興味がすぐ他のものに移るだろうということも、イルマは知っていた。
この街とは厩戸見市(うまやどみし)のことだ。
A県の西部にあり、県庁所在地であるN市のベッドタウンだ。かつてはベッドタウンだったというべきかもしれない。現在では市内に住む大半の人が、市内にある企業で働いていた。
西の端にある川を橋を渡れば、その向こうはもうM県になる。
「それって、足切村があるからだよね」
イルマは姉にそう返す。
足切村(あしきりむら)。
厩戸見市の南に位置する村のことだった。平成の市町村合併により村はなくなり、今は厩戸見市の一部になっている。
旧・足切村は、イルマやエミリの家がある土地だった。
厩戸見市は、情報過多の都会での生活に疲れた両親が、ふたりを連れてデジタルデトックスのために度々訪れていた街だった。当時は駅前近くはそれなりに栄えてはいるが、田んぼや金魚を養殖するための池に囲まれた何もない土地だった。
その中でも旧・足切村は特に両親のお気に入りだった。
両親が何故そこまで旧・足切村を気に入ったかといえば、「足切様(あしきりさま)」というおかしな土地神を奉った神社と祭りがあったからだった。
旧・足切村だけでなく、厩戸見市の大半が、江戸時代にT藩によって作られた埋め立て地であった。
当時の藩主である出井素雲(でい そうん)は、罪人の首を切ることを嫌い、罪人は首ではなく足を切り落とされたという。
罪人を殺さず、簡単には逃げられなくした上で旧・足切村に集め、強制労働をさせていたと伝えられている。
また、罪人とはいえその首を切れば、たとえ自分が直接命を下していなかったとしても、極楽浄土に行けないと考えたからという説や、藩主の座を息子である出井素雲に早々に明け渡し出家した父がそうするよう指示したという説もある。
300年以上も前のことであるため、真相はわからないが、旧・足切村に神社が作られ、足切様が奉られるようになったのは、江戸時代の中期かららしい。
罪人たちは、足切様を崇めることによって失った足を取り戻したかったのもしれなかった。
国や地方自治体が、田舎への移住者に支援金を出す政策を始めたのは2017年のことだった。
厩戸見市は、そのタイミングで保育士や看護士といった人々の賃金が倍に跳ね上がる条例を可決し、同時に市内の最低賃金を東京よりも引き上げることを決めた。
税金を使いきるためだけに毎年行っていた無駄な道路工事をやめ、市内で働く人の賃金の一部として税金をまわし、何もない街を市民が裕福になるようにしたのだ。
それだけでなく、厩戸見市に早期に移住した村戸家には、空き家をリノベーションした古民家が無償で与えられてもいた。
「イルマは、まだ東京に帰りたいと思ってるんだ?」
「思うよ。あの村になんて住まなければ、姉ちゃんもぼくもこんな病気にならずにすんだんだから」
イルマは16歳で白内障を発症した。若年性白内障だった。
正確には若年性白内障とは違う病名になるのだが、治療法は同じであり、白内障の専門医にかかれば治すことができる病だった。
だから市内の病院の眼科に来ていた。
だから視界が霧がかかったように霞んでいた。
8つ年上の姉のエミリも、7年前、この街に移住した翌年に同じ病気になっていた。同時期にまだ若い両親も白内障を患った。
「まぁ、そう思うのは仕方がないけどね。でも、わたしは良かったよ。元々目が悪かったから、レーシックしようかどうか悩んでたし。手術のおかげでメガネもコンタクトもいらなくなったからね」
「眼内レンズってやつだっけ?」
そうそう、とエミリは自分の瞳の黒目を指差して笑った。
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