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#02
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「イルマがこれから手術するやつ。全然怖くないよ。全身麻酔だし、寝てるうちに手術終わっちゃうもん」
若年性白内障は、アトピー性皮膚炎、糖尿病などの全身疾患、ステロイド薬の使用、目の外傷や炎症などが原因として挙げられる。
通常の白内障の原因は、加齢や角膜の混濁、眼底の白斑、まぶたのマイボーム腺の詰まりなどだ。
だが、イルマやエミリの場合はそうではなかった。
彼が住む旧・足切村の風土病であり、厳密にいえば病名も異なる。
足切村では、「白目病(しろめやまい)」と呼ばれていた。
黒目が白濁し眼球が真っ白になり、失明する病気として、古くからそう呼ばれてきたらしい。
目のレンズの役割をする水晶体が濁る病気であるという点だけは、白内障と同じだった。
「原因不明の病気って今でもあるんだね」
白目病は原因不明の病であり、足切様という足首から下だけの、つまり「足だけの姿の土地神」に黒目を捧げたからだと言われていた。
「不思議だよね。これだけ医学が発達しててもわからないものがあるんだから。だから昔の人たちは病気を神様が与えた試練って考えたりしたんだろね」
「なんだっけ?それ。北方仁先生?神は乗り越えられる試練しか与えないだっけ?なんかそんなこと言ってたよね。遊郭に売られて、遊女になるしかなかった人とか、思いっきり梅毒で死んでたけど。乗り越えられてなかったよね。馬に蹴られて死んだ人もいたよね」
「あー、言ってた言ってた。あれ、原作にはない、ドラマだけのセリフらしいね。たぶん、千のコスモの会的な考え方だと思うんだけど、マザー・テレス?アリス・T・テレスだっけ?あの人とか、病人にはそう言う風に言っておいてろくな治療も受けさせずに、自分は晩年にめちゃくちゃ最先端の医療を受けてたらしいね」
「やばすぎでしょ、それ。なんでそんな人が伝記とか出てて、すごい人扱いされてるの?ぼく、小学生のときに、その人の伝記で作文書いたんだけど?」
「あー、あったあった。確か文部科学大臣賞か何かもらってたよね」
「ううん、もらってない。確か、学校からひとりだけ選ばれる代表みたいなののひとりになっただけ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。姉さんはちょっと、ぼくの子どもの頃の記憶が適当すぎると思うよ」
「イルマだって、わたしが子どもの頃のこと何にも知らないでしょ?」
「8つ年が離れてるんだから、当たり前だと思うけど……」
仮にそのような神がいたとしても、試練を与えられたのではなく、奪われているだけじゃないのかとイルマは思った。
「神様なんているわけないのにね」
「宇宙を作った上位次元の存在はいるかもしれないけどね」
「また始まった。姉ちゃんの『神は上位次元のこどおじ弱男理論』」
姉は別にフェミニストでもツイフェミと呼ばれる人でもなかったが、わかりやすい言葉でそんな仮説を考えており、イルマによく話していた。
この宇宙を作ったとされる神は、聖書によればあまりにも傲慢すぎる。目に余る。
気に入らなければすぐに人間を滅ぼそうとし、人が神の世界にたどり着きかねないほど高い塔を作った際には、言語を分けたりもした。
「神はいつ引っ越したんだろうね。楽園を追放されたとき、アダムとイブは天界から落とされたのかな?テレポーテーションさせられたのかな?」
聖書における「エデンの園」と「バベルの塔」は、別の場所・別の出来事として描かれており、失楽園の際には門が閉じられたとあるだけだという。
「祇園や遊郭の大門みたいなものだったのかなぁ?門以外は高い壁に覆われてたとか」
「そんなのわかるわけないよ。どうせ全部作り話なんだから」
姉には聖書にある神の行いが、まるで癇癪を起こした子どものようにしか見えなかったという。
この世界にとっては唯一神であるかもしれないが、その神のような上位次元の存在は、上位次元においてはこども部屋おじさんや弱者男性、チー牛と呼ばれる層の存在ではないのだろうかと姉は考えていた。
「男のことを馬鹿にする言葉ってなんでこんなに多いんだろ。身長が170cmない男には人権がないって言った女の人もいたね」
イルマの身長はまだ164cmしかなかった。これから伸びるかもしれないが、記憶の中にある父親の身長は既に追い越してしまっていた。
父は160cmもなく、母親も150cmないような小柄な人だったが、姉は一応160cmあり、イルマは今年ようやく姉の身長を追い越せたばかりだった。
「そんなの気にする必要なんてないよ。SNSでいろんな言葉が飛び交ってるけど、あんなのどうせ男に相手にされない女か、自分より下の存在を作りたい男が作っただけの言葉なんだから。あと、もてるのかどうかしらないけど、調子に乗っちゃった女ね。それに、イルマにそれ以上大きくなられたら、ますますわたしが妹扱いされちゃうし」
姉は148cmしかなく、顔も童顔で、24歳の社会人であるにも関わらず、ファンデーションやリップくらいしか化粧をしないため、イルマから見ても中学生くらいにしか見えなかった。
8つも離れているのに、最近はよく兄妹だと勘違いされる。
「あとね、イルマに彼女とかできたら、わたしはきっとあの言葉を言っちゃう」
「もしかして泥棒猫ってやつ?」
「そうそう。わたしの人生で一回言ってみたい台詞のひとつなんだよね」
他にはどんな台詞を言ってみたいのかは訊かないことにした。どうせろくでもない台詞だと思ったからだった。
「イルマの彼女は、わたしがこの子なら任せてもいいかなって思った子じゃなきゃダメだからね」
「でも、その子にも泥棒猫って言うんでしょ?」
「言う。言いたいから」
困った姉だなとイルマは苦笑した。
そんな姉には、身長180cm以上の彼氏がいるらしいのだが、姉にとっては別問題なのだろう。
ちなみに、その彼氏は一回り年上のため、父娘と勘違いされるという。
「わたしはいつでもイルマの味方だよ」
姉はそう言って、イルマの手を握った。
目の手術を間近に控え、彼の手が震えていたからだろう。
「怖いかもしれないけど、大丈夫だからね。手術してくれるのはわたしのときと同じ先生だし」
ふたりの目の前をまた白杖とフード付きローブの男が通りすぎていった。
若年性白内障は、アトピー性皮膚炎、糖尿病などの全身疾患、ステロイド薬の使用、目の外傷や炎症などが原因として挙げられる。
通常の白内障の原因は、加齢や角膜の混濁、眼底の白斑、まぶたのマイボーム腺の詰まりなどだ。
だが、イルマやエミリの場合はそうではなかった。
彼が住む旧・足切村の風土病であり、厳密にいえば病名も異なる。
足切村では、「白目病(しろめやまい)」と呼ばれていた。
黒目が白濁し眼球が真っ白になり、失明する病気として、古くからそう呼ばれてきたらしい。
目のレンズの役割をする水晶体が濁る病気であるという点だけは、白内障と同じだった。
「原因不明の病気って今でもあるんだね」
白目病は原因不明の病であり、足切様という足首から下だけの、つまり「足だけの姿の土地神」に黒目を捧げたからだと言われていた。
「不思議だよね。これだけ医学が発達しててもわからないものがあるんだから。だから昔の人たちは病気を神様が与えた試練って考えたりしたんだろね」
「なんだっけ?それ。北方仁先生?神は乗り越えられる試練しか与えないだっけ?なんかそんなこと言ってたよね。遊郭に売られて、遊女になるしかなかった人とか、思いっきり梅毒で死んでたけど。乗り越えられてなかったよね。馬に蹴られて死んだ人もいたよね」
「あー、言ってた言ってた。あれ、原作にはない、ドラマだけのセリフらしいね。たぶん、千のコスモの会的な考え方だと思うんだけど、マザー・テレス?アリス・T・テレスだっけ?あの人とか、病人にはそう言う風に言っておいてろくな治療も受けさせずに、自分は晩年にめちゃくちゃ最先端の医療を受けてたらしいね」
「やばすぎでしょ、それ。なんでそんな人が伝記とか出てて、すごい人扱いされてるの?ぼく、小学生のときに、その人の伝記で作文書いたんだけど?」
「あー、あったあった。確か文部科学大臣賞か何かもらってたよね」
「ううん、もらってない。確か、学校からひとりだけ選ばれる代表みたいなののひとりになっただけ」
「そうだっけ?」
「そうだよ。姉さんはちょっと、ぼくの子どもの頃の記憶が適当すぎると思うよ」
「イルマだって、わたしが子どもの頃のこと何にも知らないでしょ?」
「8つ年が離れてるんだから、当たり前だと思うけど……」
仮にそのような神がいたとしても、試練を与えられたのではなく、奪われているだけじゃないのかとイルマは思った。
「神様なんているわけないのにね」
「宇宙を作った上位次元の存在はいるかもしれないけどね」
「また始まった。姉ちゃんの『神は上位次元のこどおじ弱男理論』」
姉は別にフェミニストでもツイフェミと呼ばれる人でもなかったが、わかりやすい言葉でそんな仮説を考えており、イルマによく話していた。
この宇宙を作ったとされる神は、聖書によればあまりにも傲慢すぎる。目に余る。
気に入らなければすぐに人間を滅ぼそうとし、人が神の世界にたどり着きかねないほど高い塔を作った際には、言語を分けたりもした。
「神はいつ引っ越したんだろうね。楽園を追放されたとき、アダムとイブは天界から落とされたのかな?テレポーテーションさせられたのかな?」
聖書における「エデンの園」と「バベルの塔」は、別の場所・別の出来事として描かれており、失楽園の際には門が閉じられたとあるだけだという。
「祇園や遊郭の大門みたいなものだったのかなぁ?門以外は高い壁に覆われてたとか」
「そんなのわかるわけないよ。どうせ全部作り話なんだから」
姉には聖書にある神の行いが、まるで癇癪を起こした子どものようにしか見えなかったという。
この世界にとっては唯一神であるかもしれないが、その神のような上位次元の存在は、上位次元においてはこども部屋おじさんや弱者男性、チー牛と呼ばれる層の存在ではないのだろうかと姉は考えていた。
「男のことを馬鹿にする言葉ってなんでこんなに多いんだろ。身長が170cmない男には人権がないって言った女の人もいたね」
イルマの身長はまだ164cmしかなかった。これから伸びるかもしれないが、記憶の中にある父親の身長は既に追い越してしまっていた。
父は160cmもなく、母親も150cmないような小柄な人だったが、姉は一応160cmあり、イルマは今年ようやく姉の身長を追い越せたばかりだった。
「そんなの気にする必要なんてないよ。SNSでいろんな言葉が飛び交ってるけど、あんなのどうせ男に相手にされない女か、自分より下の存在を作りたい男が作っただけの言葉なんだから。あと、もてるのかどうかしらないけど、調子に乗っちゃった女ね。それに、イルマにそれ以上大きくなられたら、ますますわたしが妹扱いされちゃうし」
姉は148cmしかなく、顔も童顔で、24歳の社会人であるにも関わらず、ファンデーションやリップくらいしか化粧をしないため、イルマから見ても中学生くらいにしか見えなかった。
8つも離れているのに、最近はよく兄妹だと勘違いされる。
「あとね、イルマに彼女とかできたら、わたしはきっとあの言葉を言っちゃう」
「もしかして泥棒猫ってやつ?」
「そうそう。わたしの人生で一回言ってみたい台詞のひとつなんだよね」
他にはどんな台詞を言ってみたいのかは訊かないことにした。どうせろくでもない台詞だと思ったからだった。
「イルマの彼女は、わたしがこの子なら任せてもいいかなって思った子じゃなきゃダメだからね」
「でも、その子にも泥棒猫って言うんでしょ?」
「言う。言いたいから」
困った姉だなとイルマは苦笑した。
そんな姉には、身長180cm以上の彼氏がいるらしいのだが、姉にとっては別問題なのだろう。
ちなみに、その彼氏は一回り年上のため、父娘と勘違いされるという。
「わたしはいつでもイルマの味方だよ」
姉はそう言って、イルマの手を握った。
目の手術を間近に控え、彼の手が震えていたからだろう。
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