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生徒指導室?姉は今、そんなところにいるのだろうか。
「イルマくん、スマホに録音アプリいれてる?」
「いれてますけど」
スマホの録画機能や録音アプリは、現代では生活必需品のひとつだ。
一昔前まではボイスレコーダーが高額だったし、持ち歩く習慣などなかった。そのため言った言わないで揉める時代がずっと続いていたが、スマホの登場によって録画や録音は簡単にできるようになった。
そして、それは今の時代、弱い立場のものが強い立場の者と戦う場合、強力な証拠になる。
そのことを姉から教わっていたから、イルマのスマホには小学生の頃から必ず録音アプリが必ず入っていた。
「すぐに録音して。エミリちゃんが今話してる相手は、たぶん今朝イルマくんを襲った犠巫徒(ぎふと)だよ」
イルマは慌てて録音アプリを開き、姉のコピーの膝の上にスマホを置いた。
ーー覚えてないか。君や足切萌衣さん、茶川ひよりさん、それから花野くんや木島くんが3年生だったときの担任だったんだけどね。
「萌衣さん、姉さんや萌衣さんの担任だった人、覚えてる?」
イルマの問いに萌衣は首を横に振った。1年、2年のときの担任は覚えているが、3年のときの担任だけは名前も顔も覚えていないという。そんなことがあるだろうか。
いや、案外そういうものかもしれない。姉も萌衣も高校卒業から6年も経っているのだ。
姉のコピーが発する男の声は、イルマもどこかで聞いたことがある気がしたが、それが誰の声かまでは思い出せなかった。
「この声は、その人の声なのかな?」
「覚えてないけどそうだと思う。エミリちゃんの左手の薬指から生まれるリモート・ワーカーズは奥の手なの」
「奥の手?」
「他の指は、みんなエミリちゃんそのものになる。見た目だけじゃなくて、記憶も人格もすべて彼女そのもの。だから、エミリちゃんの代わりに仕事に行ったりできるし、彼氏とデートだってできる。パーマンのコピーロボットみたいに後からじゃなくて、感情や記憶をリアルタイムで共有もできる。わたしや玲くんはもちろん、きっとイルマくんですら本物だと見間違う。でも、左手の薬指だけは、エミリちゃんが今体験していることを再現する子なの」
だから、奥の手ということなのだろう。
ーー田山治なんて名前の人、わたしは知りませんけど。
男は姉にまだ名前を名乗ってはいなかった。
だが、姉の目の前にいる男の名前は神の目の視界の中にあるはずだ。
きっと姉はその映画のテロップのように表示される名前を読んだのだのだろう。
ーー佐伯治と言えばわかるかな?
佐伯と聞いてようやくイルマはそれが誰だか思い出した。イルマの担任教師の名前だった。太っていて、多汗症なのか対人恐怖症なのかはわからないが、いつも体や手に脂汗をかいている男だった。板書の際にはチョークで書いた字が汗で消えてしまうほどだった。
ーー佐伯……あぁ、イルマの担任の先生ですね。あなたがわたしたちの担任の先生だったかどうかは覚えてないんですけど。どうして苗字が違うんですか?
ーーぼくはね、以前婿養子だったんことがあるんだ。君がまだ高校生で、ぼくの教え子だったときだよ。そのときの苗字が佐伯だった。離婚後も職場ではそのまま佐伯と名乗っている。だから君の目には田山と見えるんだよ。
姉と同じ顔をしたリモート・ワーカーズが発する男の声は確かに佐伯のもののように聞こえた。
「どうして佐伯は姉さんの目のことを知ってるんだろ」
高校生の頃に木島や萌衣と共に指名手配犯の潜伏先を次々と通報していたからだろうか。
やりすぎて、警察だけでなくFBIやインターポールからも目をつけられたと言っていたから、当然警察は学校にも来ただろう。
だが、E.O.P.レンズのことはイルマがスマホでいくら検索しても出てこなかった。ナノマシン入りのワクチンのこともだ。国家レベルで隠蔽されているワクチンの秘密と同じくらい、足切村とK病院の間では情報統制が徹底されているということだった。
顔写真を見ただけで名前や潜伏先などの情報が見えると言ったところで、そんなことを信じる者などいないだろう。
「ギフトを持ってるってことは、足切村の出身ってことだから。だから目のことを知っていても何もおかしくはないわ」
萌衣の言葉にイルマはなるほどと思った。
佐伯が白目病にかかっているとしたら、E.O.P.レンズの手術を受けていてもおかしくはなかったし、神の目のことを知っていてもおかしくはなかった。
ーーどうやらぼくは人の記憶に残らない教師みたいでね。卒業するとみんなぼくのことを忘れてしまうんだ。
ーーそれはたぶん、適当な仕事しかしてないからじゃないですか?あなたのことはよく知りませんけど。
ーー傷つくなぁ。でも、確かにそうかもしれないね。ぼくには教育者としての信念のようなものがないし、出世にも興味がないから。サラリーマンの大半と同じだよ。お金さえもらえればそれでいいと思ってる。大切なのは生徒の将来でも成績や進学率でもない。ぼくのプライベートが充実しているかどうかだからね。
ーー最低ですね。あなたは教育者になるべきじゃなかった。今すぐ教師をやめてください。うちの弟の担任にあなたは相応しくない。
ーーまるでモンスターペアレントだな。いや、モンスターシスターか。今の時代、金八や鬼塚みたいな教師はどこにもいないよ。仮にああいう教師に憧れていたとしても、実際に教師になれば、現実とのギャップに絶望し、徐々に型にはめられていくだけだ。SNS時代になってからは教師は皆、生徒に怯え、言葉を選んで行動してる。不自由きわまりない存在だ。
ーーそれは、あなただけが誰からも忘れられていく理由にはならないですよね?ほとんどの教師は良くも悪くも皆、生徒の記憶に残るはずです。あなたは生徒のことを工場で作ってる部品か何かくらいにしか思ってないんじゃないですか?
ーー社会の歯車を作るのが学校という教育機関だろう?ぼくの仕事は検品だよ。それの何がいけない?
ーー工場で作られてる部品は、流れ作業の作業員の顔までは覚えないでしょ?
姉の口調は、イルマや萌衣、木島に対するものとまるで違っていた。初めて聞く声色だった。姉のコピーの表情は能面のように変わっていなかったが、その声は怒りに満ちていた。
「イルマくん、スマホに録音アプリいれてる?」
「いれてますけど」
スマホの録画機能や録音アプリは、現代では生活必需品のひとつだ。
一昔前まではボイスレコーダーが高額だったし、持ち歩く習慣などなかった。そのため言った言わないで揉める時代がずっと続いていたが、スマホの登場によって録画や録音は簡単にできるようになった。
そして、それは今の時代、弱い立場のものが強い立場の者と戦う場合、強力な証拠になる。
そのことを姉から教わっていたから、イルマのスマホには小学生の頃から必ず録音アプリが必ず入っていた。
「すぐに録音して。エミリちゃんが今話してる相手は、たぶん今朝イルマくんを襲った犠巫徒(ぎふと)だよ」
イルマは慌てて録音アプリを開き、姉のコピーの膝の上にスマホを置いた。
ーー覚えてないか。君や足切萌衣さん、茶川ひよりさん、それから花野くんや木島くんが3年生だったときの担任だったんだけどね。
「萌衣さん、姉さんや萌衣さんの担任だった人、覚えてる?」
イルマの問いに萌衣は首を横に振った。1年、2年のときの担任は覚えているが、3年のときの担任だけは名前も顔も覚えていないという。そんなことがあるだろうか。
いや、案外そういうものかもしれない。姉も萌衣も高校卒業から6年も経っているのだ。
姉のコピーが発する男の声は、イルマもどこかで聞いたことがある気がしたが、それが誰の声かまでは思い出せなかった。
「この声は、その人の声なのかな?」
「覚えてないけどそうだと思う。エミリちゃんの左手の薬指から生まれるリモート・ワーカーズは奥の手なの」
「奥の手?」
「他の指は、みんなエミリちゃんそのものになる。見た目だけじゃなくて、記憶も人格もすべて彼女そのもの。だから、エミリちゃんの代わりに仕事に行ったりできるし、彼氏とデートだってできる。パーマンのコピーロボットみたいに後からじゃなくて、感情や記憶をリアルタイムで共有もできる。わたしや玲くんはもちろん、きっとイルマくんですら本物だと見間違う。でも、左手の薬指だけは、エミリちゃんが今体験していることを再現する子なの」
だから、奥の手ということなのだろう。
ーー田山治なんて名前の人、わたしは知りませんけど。
男は姉にまだ名前を名乗ってはいなかった。
だが、姉の目の前にいる男の名前は神の目の視界の中にあるはずだ。
きっと姉はその映画のテロップのように表示される名前を読んだのだのだろう。
ーー佐伯治と言えばわかるかな?
佐伯と聞いてようやくイルマはそれが誰だか思い出した。イルマの担任教師の名前だった。太っていて、多汗症なのか対人恐怖症なのかはわからないが、いつも体や手に脂汗をかいている男だった。板書の際にはチョークで書いた字が汗で消えてしまうほどだった。
ーー佐伯……あぁ、イルマの担任の先生ですね。あなたがわたしたちの担任の先生だったかどうかは覚えてないんですけど。どうして苗字が違うんですか?
ーーぼくはね、以前婿養子だったんことがあるんだ。君がまだ高校生で、ぼくの教え子だったときだよ。そのときの苗字が佐伯だった。離婚後も職場ではそのまま佐伯と名乗っている。だから君の目には田山と見えるんだよ。
姉と同じ顔をしたリモート・ワーカーズが発する男の声は確かに佐伯のもののように聞こえた。
「どうして佐伯は姉さんの目のことを知ってるんだろ」
高校生の頃に木島や萌衣と共に指名手配犯の潜伏先を次々と通報していたからだろうか。
やりすぎて、警察だけでなくFBIやインターポールからも目をつけられたと言っていたから、当然警察は学校にも来ただろう。
だが、E.O.P.レンズのことはイルマがスマホでいくら検索しても出てこなかった。ナノマシン入りのワクチンのこともだ。国家レベルで隠蔽されているワクチンの秘密と同じくらい、足切村とK病院の間では情報統制が徹底されているということだった。
顔写真を見ただけで名前や潜伏先などの情報が見えると言ったところで、そんなことを信じる者などいないだろう。
「ギフトを持ってるってことは、足切村の出身ってことだから。だから目のことを知っていても何もおかしくはないわ」
萌衣の言葉にイルマはなるほどと思った。
佐伯が白目病にかかっているとしたら、E.O.P.レンズの手術を受けていてもおかしくはなかったし、神の目のことを知っていてもおかしくはなかった。
ーーどうやらぼくは人の記憶に残らない教師みたいでね。卒業するとみんなぼくのことを忘れてしまうんだ。
ーーそれはたぶん、適当な仕事しかしてないからじゃないですか?あなたのことはよく知りませんけど。
ーー傷つくなぁ。でも、確かにそうかもしれないね。ぼくには教育者としての信念のようなものがないし、出世にも興味がないから。サラリーマンの大半と同じだよ。お金さえもらえればそれでいいと思ってる。大切なのは生徒の将来でも成績や進学率でもない。ぼくのプライベートが充実しているかどうかだからね。
ーー最低ですね。あなたは教育者になるべきじゃなかった。今すぐ教師をやめてください。うちの弟の担任にあなたは相応しくない。
ーーまるでモンスターペアレントだな。いや、モンスターシスターか。今の時代、金八や鬼塚みたいな教師はどこにもいないよ。仮にああいう教師に憧れていたとしても、実際に教師になれば、現実とのギャップに絶望し、徐々に型にはめられていくだけだ。SNS時代になってからは教師は皆、生徒に怯え、言葉を選んで行動してる。不自由きわまりない存在だ。
ーーそれは、あなただけが誰からも忘れられていく理由にはならないですよね?ほとんどの教師は良くも悪くも皆、生徒の記憶に残るはずです。あなたは生徒のことを工場で作ってる部品か何かくらいにしか思ってないんじゃないですか?
ーー社会の歯車を作るのが学校という教育機関だろう?ぼくの仕事は検品だよ。それの何がいけない?
ーー工場で作られてる部品は、流れ作業の作業員の顔までは覚えないでしょ?
姉の口調は、イルマや萌衣、木島に対するものとまるで違っていた。初めて聞く声色だった。姉のコピーの表情は能面のように変わっていなかったが、その声は怒りに満ちていた。
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