情報迷宮≪実験≫都市アルゴリア -THE NEW WORLD MAKER-

あめの みかな

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#30

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ーー田山順子さんはあなたのお母さんですよね?田山治さん。

姉は佐伯に向かってはっきりとそう言った。
探偵漫画のように指を指している姉の姿が目に浮かぶようだった。

「田山順子が佐伯の母親?」

「エミリちゃんの目には、遺体が死後3年ほどが経過していることが見えてた。だから、生きていれば68歳。ねぇイルマくん、佐伯の年齢はいくつくらいかな?」

姉だけでなく、萌衣も本当に佐伯のことは記憶にないようだった。
記憶に残っていれば佐伯の当時の年齢に6を足すだけでいいからだ。

「佐伯は四十代前半か半ばくらいだと思う。田山順子が佐伯の母親だったとしたら、産んだのは二十代かな」

「母親だとしてもまったくおかしくない年齢だね。エミリちゃんの目には、きっと家系図か戸籍謄本が見えてるから、間違いないと思うけど」

E.O.P.レンズの手術を受けなくてよかったかも、と萌衣は呟いた。
姉のように見えすぎてしまうどころか、あらゆるものが見えてしまうくらいなら、何も見えない方がいいと考えたのかもしれない。
旧・足切村の住人は、情報迷宮都市の住人となるか、光すらない世界の住人となるか、そのどちらかしかないのだ。

ーーそうだよ。ぼくが殺して足切池に棄てたんだ。

佐伯は、いや、田山治ははっきりとそう認めた。

ーーさすがは神の目の持ち主だ。日本中だけじゃなく、世界中の指名手配犯の居場所を突き止めたスーパー女子高生の目は伊達じゃないね。

そして、姉を褒め称えた。

ーーわたしはあなたのお母さんの死体を見ました。だから認知症を患っていたことも知っています。今朝イルマをこの部屋に閉じ込めたのは、あなたが介護疲れから母親を殺したことに、イルマが気づいているかも知れないと思ったからですね。

ーー君の言うとおり、ぼくは認知症の母を殺した。この手で首を絞めてね。そして、死体をあの池に沈めた。

ーーよく母親を殺すなんてまねができましたね。

ーーまだ若い君にはわからないだろうね。いや、君の両親は、七年前に失踪して行方不明になっていたか。日に日に変わっていく母を見るのがどれだけつらいか、一生知らずにすむのは幸せかもしれない。

ーーわたしやイルマの苦労も知らないくせに。

ーー君だって、ぼくの苦労は知らないだろ?母はね、誰がどう見ても認知症だった。だけど、車の免許を返納していなかった。返納させることがぼくにはできなかった。だから母は毎日のようにスーパーに行き、その度に行く前に書いたメモを見ず、目についたものを次々とカゴにいれ、醤油や砂糖、サラダ油、箱ティッシュのような、本当に必要なものを買い忘れて帰ってくる。結局買うのはぼくだ。アマゾンで置き配にしたら、それを母は回収はしてくれるけど、ぼくが帰宅する頃にはなくしてしまうんだ。母はアマゾンのダンボールをお風呂の湯船に入れてたよ。箱ティッシュがベッドの下から出てきたこともあったな。そのくせ、冷蔵庫や冷凍庫に入りきらないくらい、食材ばかり買ってくるんだ。刺身をパーシャルに入れるなと何度言っても入れる。張り紙をしても入れるんだよ。張り紙を食べようとしたことさえあった。ぼくはそれを寝る前に見つけてひとりで食べていた。母は買ってきたものを冷蔵庫の手前に置く癖があった。母は買ったことを忘れ、ぼくも存在を把握してないものが冷蔵庫の中で腐っていき、冷蔵庫を開けたら、腐った刺身にウジが湧いてたこともあった。コバエが大量発生したこともあった。

ーーそこまで認知症が進んでたなら、老人ホームに入れればよかったんじゃないの?

ーー君は親を老人ホームにいれるのにいくらかかるかを知らないだろう?もよりの老人ホームの金額を見て驚いたよ。月15万もかかるんだ。

公的施設である特別養護老人ホームは初期費用が無料のことが多く、月額費用は5万円~15万円程度だという。
一方、民間の介護付き有料老人ホームは初期費用が数百万円もし、月額利用料が15万円~30万円程度になる場合があるそうだった。

ーー母には貯金がなかった。年金は月7万程度だ。ぼくの給料から8万以上も出さなくちゃいけない。ぼくの家は賃貸でね、家賃もそれなりにある。

ーーあなたの年なら給料はそこそこもらってるんじゃないの?

ーー年収は700万円ある。だけど、手取りは560万円だ。母を扶養に入れているけど、年間で8万円しかプラスされない。高いと思うかい?給料明細を見たら驚くだろうね。総支給44万8千円、手取りは34万2千円。家賃と生活費をここから引いたら半分になる。残りはほとんど母の施設代で消えるんだよ。

だから、ぼくが母の面倒を見るしかなかったんだと佐伯は言った。

ーー洗濯をして干せば、翌日には洗濯物が盗まれたと大騒ぎし、そんなはずはないと探させてみれば家の中から見つかる。でも、その翌日にはまた盗まれたと騒ぎ出す。そんなことが毎日続くんだ。干したパンツが、母の部屋のベッドの下から出てきたときは呆れたよ。1日に何度も同じ話をするのはまだいい。数分前にしたばかりの話をするんだよ。一緒にいるだけで気が狂いそうになるんだよ。病院に連れていったこともあった。医者の前では自分が認知症だということは認めても、家に帰るとわたしは認知症じゃないと騒ぎ出す。認知症の薬はね、飲み始めたら最後、車の運転が出来なくなるんだよ。だから母は、絶対にその薬を飲もうとはしなかった。この街は田舎だからね。車がなければスーパーに行くだけで歩いて小一時間かかる。一番近いコンビニだって30分はかかるんだ。

ーーだからお母さんを殺したんですか?

ーーぼくはいいことをしたんだよ。この10年くらい、高齢の運転手が毎日事故を起こしてるだろう?いつかぼくの母もきっと事故を起こす。ぼくの家の近くには小学生の通学路がある。母はいつかきっと小学生の通学団に車で突っ込むんだ。母の人生の最後が交通刑務所になるなんて寂しいじゃないか。ぼくも人殺しの子どもにはなりたくなかったしね。君たちがいけないんだよ。足切池の水を抜くようなことをするから、母はずっと行方不明のままでよかったんだ。

生き地獄とはこういうことを言うんだろうか。イルマはそう思った。
自分もいずれそうなるのかもしれないと思うだけで、膝が笑うように震えた。
だが、それが人を殺して他人の家の敷地内にある池に遺棄していい理由にはならないということくらい、イルマにもわかっていた。


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