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ーー君の言うとおり、ぼくは認知症の母を殺した。この手で首を絞めてね。そして、死体をあの池に沈めた。そのときにギフトにも目覚めたんだよ。でも、君のように白目病の手術は受けていないんだ。白目病自体にはかかってるけどね。もう何年も目が霞んだままだけど、手術は受けていないんだ。
ーー早く手術しないと失明しますよ。
ーー弟さんと同じことを言うんだね。君たち姉弟は顔から何もかも本当によく似ている。でもね、ぼくはそれでもいいと思っているんだよ。足切村の老人たちがそうであるように、白杖をつき、フード付きローブを身にまとうのも悪くはない。もう母はいないからね。ぼくが母を殺したことを知っている人間をすべて始末した後は、足切村の因習の一部になってもいい。
ーー失明してもいいなんて、目の見えない人が聞いたら怒るでしょうね。
ーー足切萌衣さんのような、かい?
佐伯のその言葉を聞いて、イルマのそばで萌衣が奥歯を強く噛む音がした。噛むというより歯ぎしりに近かった。
イルマは子どもの頃からそういう萌衣の姿を何度か見たことがあった。
彼女がイルマの面倒を見に来てくれていたころ、ふたりが好きで一緒に見ていた特撮ヒーロー番組で、本筋とはまったく関係ない「お仕事五番勝負」なる話がワンクールも続いたときや、名作と誉れだかいアニメのDVDをレンタルしてきたら「エンドレスエイト」なる話が8話もかけて、DVD4枚分続いたときだった。
その頃からきっと萌衣の癖なのだろうと思っていた。
「だめだよ、萌衣さん。そんなに強く噛んだら、奥歯が割れちゃう。歯ってね、意外と簡単に割れちゃうんだよ」
イルマは大きく口を開けて、もう何年も前に失った奥歯を見せた。萌衣には見えないとわかっていながらも、あえてそうした。フィクションなんかでよくある「心にも目がある」、あれが本当だったならその心の目で見てほしかったからだ。
「もしかして、イルマくん、奥歯がないの?」
萌衣に見えたかどうかはわからない。たぶん見えなかっただろう。だが、わかってくれた。だからそれでよかった。
「下の奥歯が両方、1本ずつね。姉さんには内緒だよ。うちの親がいなくなったあと、ぼくは毎日奥歯を噛んで過ごしてたんだ。萌衣さんみたいに、歯ぎしりするみたいに」
イルマがまだ小学5年の頃のことだった。「お仕事五番勝負」や「エンドレスエイト」を萌衣と一緒に見た翌年のことだった。
「そしたら、ある日、奥歯が割れる音がしたんだよね。しばらくはグラグラしてて、姉さんか萌衣さんに話して、歯医者に行かなきゃなって思ってたけど、なかに言い出せなかった」
ふたりに心配をかけたくなかったからだった。
「ふたりに隠れて毎日いじってたら、そのうち取れたんだ。抜けたっていったほうがいいのかな。もう片方の奥歯もそれから何ヵ月してからおんなじようにダメになった。別に喋ったりとか食べたりするのが不便になったわけじゃないから問題ないし、むしろ顎のラインがちょっとだけシュッとしたならいいんだけどね。ほら、役作りで奥歯を抜く俳優が昔いたみたいな。あんな感じ」
イルマは笑ってそう言ったあと、
「萌衣さんは姉さんよりもきれいでかわいいんだから、奥歯をそんな風に噛んで割ったりしちゃだめだよ」
イルマは無意識にそんなセリフを言ってしまい、顔を耳まで真っ赤にした。
「もしかして、イルマくん、自分が言ったキザなセリフに照れてるの?」
「そんなんじゃないよ」
「ねぇ、8個も年上で、エミリちゃんと同い年のわたしは、イルマくんの恋愛対象にはならないかな?」
萌衣のその言葉に、イルマの顔はますます赤くなった。
「萌衣さんには、木島さんがいるでしょ?」
「玲くんは、因習村の昔からのしきたりで決まった許嫁だから。足切池みたいにもうなくしてもいいかなって思ってるんだよね。それに、彼は高校生の頃からずっとエミリちゃんが好きなんだ。エミリちゃんは全然気づいてないけどね。友達としてしか見てないから」
「萌衣さんのことは、昔から大好きだよ。でも……」
「イルマくんにとってわたしは、もうひとりのお姉さんって感じなのかな?」
そうとも言えるし、そうでないとも言えた。
もうひとりの姉のような存在であったが、初恋の人でもあったからだった。
萌衣は大人だから自分のような子どものことなど相手にはしてくれないと思っていた。
ーー次、萌衣のことを馬鹿にするようなことを言ったら、わたしがあんたを殺すよ。
イルマと萌衣が甘酸っぱいラブコメを演じている間に、亜空間では姉の殺意が剥き出しになっていた。
ーーこの生徒指導室の中では、君はぼくに攻撃することはできないよ。君がどんなギフトを持っていようとね。それに、さっきのようなセリフは君以外に話すつもりはない。足切さんに言うこともない。どうせ君もすぐに忘れる。
ーー忘れる、ね。確かにイルマもここでのことは全部忘れてたみたいだもんね。わたし以外に言うつもりはないって言ったけど、どうせイルマにも同じことを言ったんでしょ?
ーーさぁ、どうだったかな?
きっと言われたのだろう。イルマにはそんな記憶はなかったが、そうなんだろうなと思った。
ーーこの部屋に入った時点で、君はすでにぼくのギフトにかかっているからね。君もイルマくんのように全部忘れる。
ーーあんたのギフトってこの部屋に一緒にいる相手を認知症にするギフトだったっけ?わたしは、全然認知症にならないんだけど?
ーー効果には個人差があるからね。それと、いい加減口には気を付けたまえ。ぼくは一応君の恩師だよ。仰げば尊し我が師の恩って言うだろ?
ーーあんたを恩師だと思ったことはないし、生徒だった記憶もないんだけど?
「ねぇ、イルマくん、わたしもエミリちゃんと同じでこの佐伯って人が担任だった記憶が全然ないの。不思議だと思わない?」
確かに、萌衣の言う通り、そこまで人の記憶に残らないというのは、もはやギフトの領域だとイルマは思った。
「そうだね。白目病によって後天的に与えられるギフト以外にも、天性のギフトのようなものがあるのかもしれないね」
だから萌衣にそう言ってみることにした。
萌衣は否定しなかった。
神話や伝説に登場する人物は、皆不思議な力を持っているからだそうだ。それらはもちろん、脚色されて後世に伝わっている可能性があると彼女は言ったが、近代や現代でもそういう力を持つ者がいなければ、納得できない事例があるのだという。
ーー早く手術しないと失明しますよ。
ーー弟さんと同じことを言うんだね。君たち姉弟は顔から何もかも本当によく似ている。でもね、ぼくはそれでもいいと思っているんだよ。足切村の老人たちがそうであるように、白杖をつき、フード付きローブを身にまとうのも悪くはない。もう母はいないからね。ぼくが母を殺したことを知っている人間をすべて始末した後は、足切村の因習の一部になってもいい。
ーー失明してもいいなんて、目の見えない人が聞いたら怒るでしょうね。
ーー足切萌衣さんのような、かい?
佐伯のその言葉を聞いて、イルマのそばで萌衣が奥歯を強く噛む音がした。噛むというより歯ぎしりに近かった。
イルマは子どもの頃からそういう萌衣の姿を何度か見たことがあった。
彼女がイルマの面倒を見に来てくれていたころ、ふたりが好きで一緒に見ていた特撮ヒーロー番組で、本筋とはまったく関係ない「お仕事五番勝負」なる話がワンクールも続いたときや、名作と誉れだかいアニメのDVDをレンタルしてきたら「エンドレスエイト」なる話が8話もかけて、DVD4枚分続いたときだった。
その頃からきっと萌衣の癖なのだろうと思っていた。
「だめだよ、萌衣さん。そんなに強く噛んだら、奥歯が割れちゃう。歯ってね、意外と簡単に割れちゃうんだよ」
イルマは大きく口を開けて、もう何年も前に失った奥歯を見せた。萌衣には見えないとわかっていながらも、あえてそうした。フィクションなんかでよくある「心にも目がある」、あれが本当だったならその心の目で見てほしかったからだ。
「もしかして、イルマくん、奥歯がないの?」
萌衣に見えたかどうかはわからない。たぶん見えなかっただろう。だが、わかってくれた。だからそれでよかった。
「下の奥歯が両方、1本ずつね。姉さんには内緒だよ。うちの親がいなくなったあと、ぼくは毎日奥歯を噛んで過ごしてたんだ。萌衣さんみたいに、歯ぎしりするみたいに」
イルマがまだ小学5年の頃のことだった。「お仕事五番勝負」や「エンドレスエイト」を萌衣と一緒に見た翌年のことだった。
「そしたら、ある日、奥歯が割れる音がしたんだよね。しばらくはグラグラしてて、姉さんか萌衣さんに話して、歯医者に行かなきゃなって思ってたけど、なかに言い出せなかった」
ふたりに心配をかけたくなかったからだった。
「ふたりに隠れて毎日いじってたら、そのうち取れたんだ。抜けたっていったほうがいいのかな。もう片方の奥歯もそれから何ヵ月してからおんなじようにダメになった。別に喋ったりとか食べたりするのが不便になったわけじゃないから問題ないし、むしろ顎のラインがちょっとだけシュッとしたならいいんだけどね。ほら、役作りで奥歯を抜く俳優が昔いたみたいな。あんな感じ」
イルマは笑ってそう言ったあと、
「萌衣さんは姉さんよりもきれいでかわいいんだから、奥歯をそんな風に噛んで割ったりしちゃだめだよ」
イルマは無意識にそんなセリフを言ってしまい、顔を耳まで真っ赤にした。
「もしかして、イルマくん、自分が言ったキザなセリフに照れてるの?」
「そんなんじゃないよ」
「ねぇ、8個も年上で、エミリちゃんと同い年のわたしは、イルマくんの恋愛対象にはならないかな?」
萌衣のその言葉に、イルマの顔はますます赤くなった。
「萌衣さんには、木島さんがいるでしょ?」
「玲くんは、因習村の昔からのしきたりで決まった許嫁だから。足切池みたいにもうなくしてもいいかなって思ってるんだよね。それに、彼は高校生の頃からずっとエミリちゃんが好きなんだ。エミリちゃんは全然気づいてないけどね。友達としてしか見てないから」
「萌衣さんのことは、昔から大好きだよ。でも……」
「イルマくんにとってわたしは、もうひとりのお姉さんって感じなのかな?」
そうとも言えるし、そうでないとも言えた。
もうひとりの姉のような存在であったが、初恋の人でもあったからだった。
萌衣は大人だから自分のような子どものことなど相手にはしてくれないと思っていた。
ーー次、萌衣のことを馬鹿にするようなことを言ったら、わたしがあんたを殺すよ。
イルマと萌衣が甘酸っぱいラブコメを演じている間に、亜空間では姉の殺意が剥き出しになっていた。
ーーこの生徒指導室の中では、君はぼくに攻撃することはできないよ。君がどんなギフトを持っていようとね。それに、さっきのようなセリフは君以外に話すつもりはない。足切さんに言うこともない。どうせ君もすぐに忘れる。
ーー忘れる、ね。確かにイルマもここでのことは全部忘れてたみたいだもんね。わたし以外に言うつもりはないって言ったけど、どうせイルマにも同じことを言ったんでしょ?
ーーさぁ、どうだったかな?
きっと言われたのだろう。イルマにはそんな記憶はなかったが、そうなんだろうなと思った。
ーーこの部屋に入った時点で、君はすでにぼくのギフトにかかっているからね。君もイルマくんのように全部忘れる。
ーーあんたのギフトってこの部屋に一緒にいる相手を認知症にするギフトだったっけ?わたしは、全然認知症にならないんだけど?
ーー効果には個人差があるからね。それと、いい加減口には気を付けたまえ。ぼくは一応君の恩師だよ。仰げば尊し我が師の恩って言うだろ?
ーーあんたを恩師だと思ったことはないし、生徒だった記憶もないんだけど?
「ねぇ、イルマくん、わたしもエミリちゃんと同じでこの佐伯って人が担任だった記憶が全然ないの。不思議だと思わない?」
確かに、萌衣の言う通り、そこまで人の記憶に残らないというのは、もはやギフトの領域だとイルマは思った。
「そうだね。白目病によって後天的に与えられるギフト以外にも、天性のギフトのようなものがあるのかもしれないね」
だから萌衣にそう言ってみることにした。
萌衣は否定しなかった。
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